1 2-31 幽霊船への搭乗
五金剛――エアウラ。それは名前が由来する通り、陰陽五行の全ての源素を高純度で含んでいるという、術師と名が付けば知らない者は居ないだろうとまで言われる希鉱物。
実際手にした事はないが、法術としての媒体として扱っても、その他の素材とは桁違いの相性、または効率を有するという。物が物だけに、この業界では異様な高値で取引もされていたという。メサという国が消えるまでは。
「さて、こうなると先程の船がどういう意味を持つか、おおよそ理解出来たんじゃあないかな? 金塊以上の価値がある鉱物を産出する異国の船が、そのままの形でここに現れたんだ。メサは共和国に攻め落とされる直前、自国の鉱山を全て爆破し崩落させた。自国の宝を害敵に奪われるくらいなら、とね。実に立派な愛国精神だよ。お陰で五金剛の価値は更に上昇してしまった。共和国の連中は今尚必死に地下を探っているが、六十年の間、未だに欠片も掘り出せていない。滑稽だね、屑に幾ら金を注ぎ込み、代わりに世界からのひんしゅくを買い占めたのだと思うと」
はっはっは。
「回りくど過ぎる。用件だけを言え」
「解ったよ。単刀直入に言うとね、僕と一緒にその船に潜って欲しいんだ」
それが結論。今度は私に探検家をさせたいらしい。
「まだどこにも確認されていない船だからね。損傷も少ないらしいし、もしかすると五金剛が眠っている可能性も否定出来ないだろう。
もし見付かれば、それは我々が頂く。
船の発見からもう二刻が経っている。情報封鎖には最善の注意を払ってはいるが、これ以上の放置は非常に危険だ。万一他国に話が――最悪共和国に漏れればかなりの緊張状態になるだろうね。それは我が国の物だ――と。そうなったら外交的にどうなるか、てんで見当も付かないよ、っはははは」
……笑えやしないんだがこちらは。だが、サキの物言いに一つ引っ掛かりを覚えた。
「ならなぜ私なんだ。どうして今この時間を浪費してまで私にやらせようとする?」
こいつの親玉には時間がない。調査だけが目的ならば諜報員達で勝手にすればいいのだ。他国に気付かれれば大事になる以上、わざわざ私――どこぞの一般人などを巻き込む暇なんてない筈だ。切れる尻尾がなかっただけ? 馬鹿な。五金剛の価値を知っている者ならば、それこそ最速で行動すべきだと、解る筈。
「その疑問はもっともだね。勿論それにも然るべき理由があるよ。
だが説明するには時間がない。今は答えだけが聞きたいんだ。今すぐ僕と来るか否か。理由は道中話す。大丈夫だよ、君の信頼は裏切らないからさ」
元よりこいつの事を信頼はしていない。信用出来るのは金の件だけだ。そして仕事においては、それが絶対で確実の真理。
「……報酬は?」
気乗りはしないが受ける事にする。金の話は――なんというか通過儀礼のようなものだ。勿論、あればいいに越した事はないが、そうそう価値のあるものに使う予定はない。金が必要なふりをしている、それだけだ。
「いつもの通りだよ。場合によっては四割程は増すかな」
場合とは勿論、五金剛が発見されて、それを持ち帰れれば、という事だろう。四割増し程度とは少ない気もするが、元より金稼ぎにはあまり興味はない。最低限生活出来ている、その事実があるだけで充分だ。
「解った、すぐに出る。だが理由によっては即刻破棄させて貰うぞ」
「それは困るな」
言いながら、私は戸のある方を見やる。出掛けるとなれば――。
「もしかすると話さない方がいいかな?」
「その場合も契約破棄だ」
「了解したよ。走れるかい? 森の外に足を停めてあるからさ」
まったく、何もかも準備のいい話だな。
「せめて着替えさせろ。寝間着姿のままで仕事をさせるつもりか」
「ああいいよ。存分に着替えてくれ給え」
……。
「とっとと外に出て行け、変態が!」
「はっはっは、残念。君の裸体を間近で見られる折角の機会だったがね」
小屋の戸を引き、サキは表に出ていく。
……まったく。どうしてあんな変態が世に生まれ出てしまったのかね。私が望んだ訳でもなしなのに。
・
二頭の馬に引かれる馬車は速い。それは結構な事だが、今はちょっと速過ぎる。馬車と言うよりは乗馬の速度だ。野を駆ける馬に引かれる車の中は、乗り心地の悪い事この上ない。勿論、時間があまりない故に、という事は理解は出来るが、安全面は無視されているのか。
がたんがたんと揺れる車の中、後部席で私の隣に座るサキは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべてけろりとしていた。なんだか腹が立って来る。私だけが酷い目に遭っているみたいで。
「慣れだよ要は。例えば一日中をこんな激しく動く馬車の中で過ごしてみるといい。不快も退屈になって来るさ。君はいいね、存分に新鮮な刺激を味わえる。僕にはもう理解出来ない刺激だけどね」
ああむかっ腹が立つ。だがそれ以上に胃がむかむかとして来た。頭も揺られて気持ち悪くなって来る。理不尽にも程がある。ここには私以外に苦しむ者など居ないと。
そうして乗り心地最悪の馬車にしばらく揺られ、その途中に仕事の詳細を聞き終わった頃に、ちらりと海が目に映った。そしてその海岸線の向こうに、黒っぽい塊、それらしいものを見付けた。
「……あれが? うえっ」
完全に気持ちが悪い。喋ると少し吐き気がして来た。その気持ちを汲み取ってくれた訳では断じてないだろうが、馬車は速度を落とし、やがてやや開けた海の傍で止まった。
「そう、あれが、だよ。件の幽霊船だ」
私に対してサキは、平気な顔で馬車の扉を開けて、地面に降りた。そうして遠く海の方を見やる。
続いて私も降りる。足元がおぼつかず、ふらふらになった。この差はなんだ。経験か。
胸がむかむかする。頭がぐらんぐらんする。好き好んでこうなりたい訳ではなかったのに、どうしてこうなった。これを止める薬が欲しい。
大きく息を吸い、そして深く吐く。少しでも気持ち悪さを抑えたいところだった。
それを繰り返しながら、私も沖合の方を見やる。
それは思ったよりも近くにある。浜辺からでもはっきりとその形は見て取れた。
「……これで、情報封鎖が出来るのか。うえっ」
「今なら修正範囲内だよ。重要なのは船じゃあないんだ」
解っている。あの船の存在を知る誰にとっても、真に重要なのはその中に眠っているだろう“物”だ。
「そう、重要なのは殻じゃあない。空っぽである事なんだよ」
言ってサキはけらけらと笑う。今更ながらこいつはおかしい。全てがおかしい。
「……今すぐ引き返、してくれないか。嫌になって来た、上に気持ちが悪い」
「それは困るね。何をそうかりかりしてるんだい」
「……自分の頭を修理、してから考えろ」
「おかしな事を言うね。僕の頭脳にこれ以上改良の余地はないと思うんだよ」
駄目だ。皮肉も全然通じない。そもそもろくな皮肉も言える余裕はないのだけど。
「では行くよ。すぐそこに小船を隠しているんだ」
「……待て。少し息を、うえっ」
船酔いとかしない体質だと思うのだが。流石に今乗ったら吐く、自信がある。