1 2-29 過ぎた話
――後日の事。
あの日以来、ナツバナ ミミコの姿は見ていない。村や町に行ってみても、目ぼしい話も聞いてはいない。サキ――いやカンナに協力しているのか、それともどこかに逃げていったのか、まあその辺りの事はあいつの管轄だ。私がまたミミコと出会う事があるのかどうか、それもまた今のところ私には関係ない。
日々、私は茶を飲んでいる生活に戻った。クオンに時たま教授を行いつつ、合間に小屋の外にもたれ掛かって、狭いながら空が見えるこの場所で、湯飲みを持ち茶をすすっているところに、
「やあやあ、相も変わらず暇を持て余しているねえエン君」
唐突なサキの声が。木々の隙間から、その姿が現れた。
「遅かったじゃないかサキよ。ミミコの方は壮健か」
何気ない言葉を掛けたのだが、サキは「うーん」と額に指を当て考え込んでしまった。
「どうした。何か問題でも?」
「いや、問題らしい問題はないと言っていいのかどうか、ねえ」
「ほう、お前が言葉に詰まるとは珍しい。そうまでされると気になるではないか」
「……、まあ、君も一応の関係者だから言っておこう。
引き込んだという意味では目的は達成したんだけどね」
「ならばいいではないか。なんの問題がある」
「それが、元気過ぎるんだよ彼女は。僕らという後ろ盾が出来たからか、怪盗活動までも活発になっている。お陰で役人側には非難轟々だってさ」
「つまりは、それを黙認している立場のお前も非難の対象だと」
「そう、それが問題なんだよ。こちらとしては彼女を大きく咎める事も出来ない。役人も捕まえられていない事は明白だからね。だから君に」
「キリュウ カンナでなんとかしろ。以上」
「出来たらしているよお。だから君に助けて欲しいと」
「自分で蒔いた種ではないか。受け入れてなんとかしろ。以上」
「後生だよエン君ー」
すがり寄る勢いで、サキが私の服にしがみ付いて来る。
「喧しい。あいつに関わる事なんてもうないと言っているんだ」
サキを引き剥がそうとする。怪盗がこちらに来た件がシロだった以上、あいつに関わる用事はない。それはこいつの役目だろうに。
「いや、それはそうだろうね。今の“彼女”に関わると、今の“君”には良くない結果になりそうだからさ」
……なんの事やら。サキは身を離してはくれたが、代わりに妙な物言いをしてくれる。
「因果律、というやつさ。今の君には難しい話かも知れないけどね」
「……何か、私を馬鹿にしていないかお前」
「とんでもない。本当に通じるのなら、専門用語を並べ立てて話をしてもいいんだけど」
「いや要らん」
訳の解らん言葉で煙に巻かれるのはご免だ。私は私の意思でこいつに関わっている訳であって、人に使われる事を嫌っている事はこいつがよく解っている筈だ。
「っふふ。まあ君のお陰で事が上手く運んだのは事実だ。ここはそれに免じて多少の不義は我慢しようじゃあないか。ではエン君、今後の良い眠りを祈っているよ」
はっはっは、とサキは森の出口の方に向かっていく。
「……なんだかやけにあっさりと引いたものだな」
どこかしら違和感を感じる。いつものようなしつこさが弱いというか。
「何か、変なところでも? いやいつも変だとは思いますが」
クオンも大分サキに対して辛辣な台詞を言うようになって来たなあ。間違ってはいないんだが。
「いいや、ありゃてめえと先生に一服盛ったんだよ」
第三の声。この場にて唐突に現れた姿が形を持ってクオンの後ろに現れる。
「どういう事? マノクズコ」
「あの女の仕業さ。少し前からこの小屋の中に睡眠作用の薬を仕込んでやがった」
「解ってたの?」
「当ったり前だっつーの。只危害って程でもねえし、クオンも寝てやがってたから出ようにも出れなかった訳だけどな。もどかしい思いしたぜ?」
成程な。奴は私達をまんまと利用して今の状況を作ったのだと。
「……今度会ったら絶対に仕返ししてやろう」
それがサキか、キリュウ カンナかは最早どちらでもいい。人格は違えど同じ体、連帯責任という事で、どちらであろうとお仕置きの対象だ。