1 1-10 寺院
寺院の中。
それは入口で言われた通り、一般には入る事は出来ない。なぜならば、ここは機密情報の塊なのだから。
私も寺院の本部にまで赴いた事はないが……大きな町には必ずある支部でさえ、機密を守る為に厳重な警備を敷いている。
私達が入っていいと言われた所も、入口から少しだけ。通路に入るその前までの事だった。そこで少し待てと言われたのだ。キセクラという一般の者を連れて入っている以上、警戒をする事も解る事だが。
「はえー……」
そのキセクラは物珍しそうに、寺院(の一部)をきょろきょろと見回していた。
「あまり目立つ事はするなよ。攻撃されるぞ」
そこには椅子が幾つかあった。待てと言われたのだから、立っていても疲れるだけだろうし、遠慮なく二人で座る。
「攻撃って、そんな物騒なの?」
「試してみるか? 私は関わるのはご免だが」
「いやいいわ。大人しく待ってる」
そうしてキセクラは、大人しく……というにはそわそわしていたが、律儀に待っていた。
少しして、奥の方から一人の若い男が。
「貴方達が、狂気病を?」
言葉は短く、だがどこか鼻につくような――もっと言えば小馬鹿にするような喋り方だった。
「私が倒したんだ。こいつはおまけ程度だな」
「んなっ、何よおまけって」
キセクラが抗議の言葉を発する。
「あのですね。ここは一般人が――」
「だが最初から事の次第を見ている。証人としては充分ではないかね」
これもまあ、筋が通っている筈の事。極力情報は収集するべき、という事でキセクラが語る事は重要な意味を持つ、筈だ。
それに言葉を返す余地もないだろう。男はそれ以上の言葉を詰まらせる。
「まずは外法使いの件についてだ」
私の知る始まりはここからだ。そいつを追っていたキセクラに巻き込まれなければ、こんな面倒に関わる事もなかっただろう。
「この町の近くに外法を使う者が現れた。符を使ったごろつきだ。しかもかなりの威力を込めた、な」
「かなりの威力を込めた……符術ですか?」
「場所から見て、まずここに居る者が疑わしい。金の為か、理由は知らんが、ここの誰かが術符を売り渡した事、その考えに至るのは道理ではないかね」
法術師の男は、少し考えるそぶりをして。
「根拠はあるんですか」
そんな事を訊いて来た。
「四言単位」
只一言。親指以外の指四本を立てて、顔の前まで上げる。だがそれが答えに等しい事であるにも拘わらず、法術師の男はそれだけでは察する事も出来なかったようで。
勉強不足だなあ。お陰で解説を入れねばならないではないか。
「法術師が通常で術を現す為の最小単位だ。それだけの時間を掛けてそいつは符術を現した。本来の意味付けは既に符に記されているにも拘わらずだ。これ以上の簡単な解説は出来んぞ」
そう。その意味付け分の時間は短縮されて然りな筈だ。威力が強かろうが、複雑な効果が付加されていようが、そうした意味付けは全て符に記されていれば、時間を掛ける意味がない。あいつはその使い方を完全には把握出来ていなかった訳だ。
法術師の男もやっと考えが至ったようで、少し苦い顔をしてこちらを見やった。
「素人だったのだよ要は。それを与えた法術師もそうなのか、敢えて教えなかったのかまでは解らんが」
「成程。それで貴方は、ここが疑わしいと」
「それだけではないのだがね」
思う所は多々ある。今まで語った理由は、その序で程度に過ぎない事。
相手の法術師は訳が解っていない様子で、少し首を傾げた。それもそう、私も重要な事全てを語っている訳ではないのだ。
「……まあいいでしょう。で? 貴方はどんな情報を提供して頂けるので?」
提供ね。貰う事前提なのかよ。ぎぶあんどていく、とかいう西方の言葉は知らないのかね。
「その事に追加したいんだが、ここの責任者に会わせてくれないか」
……私の言葉に、露骨に嫌な顔をしてくれた。
この分だと責任者の質も知れるな……。
「どういう用件で?」
「それを言いたいのだよ」
「狂気病に関する事ですか?」
「それ以外に用件があると?」
「……お待ちを」
物凄く不機嫌そうに立ち上がり、奥へと引っ込む。
だからこういう組織とは苦手なんだ。見栄ばかり強くて、動きが遅い。
ちょっとした時間が過ぎて、男が戻って来る。
「貴方は法術師という事でしたが」
「ああ、そう言っているが」
「調べた所、貴方のような法術師は記録されていません」
「はあ?」
初耳。私が法術師として記録されていない?
法術関連の情報は基本的に共有されている筈だ。それこそ法術を使った情報伝達機で。この国全ての法術師の情報は、この国の首都にある本部を中心として保管、管理されている筈。
なのに私の記録がない?
そんな馬鹿な。私は先生の直弟子だぞ。その記録がないとは――。
……先生が何かしたとか?
あり得ない話と、言い切る事は出来ないなあ。どんな思惑や気紛れで何をしてくれるか解らない人だもの。
「何か、身分を証明出来るものは?」
……あるにはある。あまり使いたくはないが、使わせて貰う。
「寺院所属の源法術師、“風位”リーレイア・クアウルの弟子だ」
“風位”――それが先生の持っている肩書。或いは称号。源法術師とは、法術師の中でも特に力のある、或いは功績を残した者に与えられる、最高位に値する力の証明。
私は、その下で学んでいた者。
ほんの少し、周囲が何かざわめいた気がした。恐らく聞き耳を立てていた連中のものだろう。
「信じられないか? 印が欲しいか? どちらも無意味だろう。寺院は建前以外は表に出したがらないからな。判断は貴方次第だよ。何もなければ師の名を出した私に責任が及ぶだけ。だが、何かがあれば私はこの旨、源法術師に申し立てる事になるが、いいか?」
その時は、対処をしなかったこの男が、全ての責任を追及される事になる。
ハッタリではあった。私は師の所在を知らないのだから、申し立ても何も出来よう筈がない。だが信じるか信じないか。それは秤に掛けるまでもない賭けだ。それを読めないこいつは馬鹿ではない。と思う。
「……それを証明出来るものは?」
「ツヅカ サキという者が居る。この国の諜報員だ。あいつに問い合わせれば身の証明もやってくれるだろう」
第二の切札投入。こちらの方はあまり、どころか本当に使いたくはなかった。こんな状況でさえなければ。
「む……」
男が思考する。口頭とはいえ、二つも証拠を渡したのだ。これでも強情な態度を取られるなら、実質私に打つ手はないが……。
「……解りました。一応伺いを立ててみましょう」
そうして男は、通路の奥へと。
「ねえ、どういう事なの?」
今までだんまりだったキセクラが、状況が解っていない様子で私に問う。
「意外と私は顔が利くのだよ」
そう答えるに留めた。