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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
九話目 a Sleeping Time
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1 2-28 カンナの思惑

「お前の思惑はなんだ。本当にこいつを捕まえたかっただけか?」

「“カンナ”としてならそういう事だけどね」

 気配が、立ち上がる。その方を向く。

 うむいつも通りのにやけ顔を見せる女が一人。間違いなく今はサキだ。

「サキとしてならどうなんだ。依頼を持って来たのはお前なんだぞ」

「僕か。そうなるとまた話は変わって来るね」

「お為ごかしなら要らんぞ。何が目的か、はっきりと言え」

「うん。はっきり言うとだね、僕としてはナツバナ ミミコに協力を仰ぎたいと思っている」

「協力だ?」

 ミミコが、疑いを込めた言葉で訊き返す。

「ああ、要するにさ、僕は君の能力を買いたいのさ。僕の下で、働いてみる気はないかとね」

「はあ!? あたしに?」

「そこに居るエン君と同じさ。君の自由を奪うつもりはない。だけど肝心な時に、有能に動いてくれる人間が居ればいいとね。西方言葉でスカウトというやつさ」

「お前の組織に、誘うって事か?」

「そう。僕は君を陣営に加えたいと思っている。勿論強制するつもりはないけれど、いざという時には君の能力は凄まじく好ましい。僕ら向きの仕事が出来ると思うけどね」

「まあ、普通に断るけどさ」

「うん。理由を聞いても?」

「お前もカンナとして動いたんなら解るだろ。あたしは野良猫気質なんだよ。誰かの下に付くとか考えてねえ。ましてや役人の側なんてな、がらじゃねえんだよ」

「だろうね。君には単独主義が似合っている。僕の下にも手練れは居るが、君と単独で張り得る連中は、まあ珍しいだろうね」

「解ってんなら――」

「ああ。強制手段だね」

「……何?」

 と、その時になって解った。周囲に只ならない気配が集まっている。恐らくは、爆発を処理した役人が、全員ここに集まって来たのだ。――それはまるで、この場を取り囲んでいくように。

「てめえ、さっき強制するつもりはねえって」

「“僕”はそうだね。だけどまあ、今ここは完全に囲まれている」

 ――確かに。奴らの包囲に穴はないだろう。あったところで、逃げ出すとするにはとても目立つ筈。

 そう。こいつはこの場に長く居過ぎたのだ。役人共も馬鹿の集まりではない。確証が得られたのならば、地の利も人の利も生かしてやって来る。

「ねえ。君は僕らの恩を買うしかないんだよ。役人の目当ては全て君だ。僕らの下に来るならば、取り敢えずここでの危機は回避出来るだろう。奴らに引き渡す事もしない。代わりに、いざという時には君の力を貸して貰う。それだけの事さ」

「……てんめえ――」

 ミミコの声に、怒りが篭っていた。だがそれでも、現状把握するにそれしか道はない。

 つまりは私達は、見事にサキに嵌められたのだと。

「さあぐずぐずしてはいられないよ。まもなく役人達は突入して来る。それに、キリュウ カンナも只黙って気絶してはいないだろう。事が起これば、キリュウ カンナ(君の天敵)も目を覚まして襲い掛かるだろうさ。

 僕が言っているのは、その折衷案なんだよ」

 ……折衷も何も。殆ど脅しではないのかこれは。

「……ちくしょうが。あんたはどうなんだよ。こいつの味方か?」

 ミミコが、私の方を見やって言う。

「私はどちらとも。というかなぜに巻き込まれたのか未だによく解らんのだがな」

「ああ安心し給え。君も立派なファクターなんだからさ」

 ……ふぁくたー?

「ミミコ君、君は彼にかばわれたんだろう? つまりは彼は君の恩人だ。それをないがしろにしていいのかな? “義賊さん”?」

「っ――!」

 サキの方を、じっと睨み付けるミミコ。その最中、何か私の方をちらりと見て。

「あーもう解ったよ! 恩は返せって事だろ!」

 もうやけくそといった感じで、ミミコは諸手を上げた。

「宜しい。ではあとは頼むよエン君」

「は?」

「彼女に恩を売ったのは君だ。僕じゃない。故に逃がすところまでは引き受けて欲しいとね」

「なぜに私が。ふぁくたーってそういう事か?」

「そう。僕はこの件、君が適任だと思った。この流れの最後、彼女との約束を取り付け、そして逃がすところまでね」

 無茶苦茶な事を言う。なんでもありなんだなこの女は。

「という訳で時間がない。僕が役人を引き付けて穴を作るから、君達はそこから包囲を突破してくれ給え」

 それが本心か? どうにも今回、こいつらの立ち位置がよく解らん。私さえも。私をミミコと引き合わせた、そこにどんな意味があったのだろうか。

「ああミミコ君」

「んだよ。時間がねえって言ってたろ」

 ちょいちょいと、サキがミミコの方を指差す。

 そこには――。

「返せってのか、これを」

 ミミコの持つ、銀の女神像が。そしてサキは笑みながら一つ頷く。

「嫌だぞ。これはあたしの獲物だ」

「違うね。ああ違うのは獲物ではないというところだけど。ちょっと貸して欲しいだけさ」

「貸す?」

「うん。君達を効果的に逃がす為には、それが僕の所にあった方が確実だ」

 なんの事やら。解るような解らんような。

「それに、君はエン君に恩がある。エン君の行動もそうだけど、二人揃って役人に捕まるのも嫌なものだろう?」

 ……女神像に目線を落とし、ミミコは少し考え込む。

「取り戻したければ、僕の下に来る事だね」

「……、わあったよ。ちくしょうめ」

 ミミコがサキに女神像を放る。受け取って、サキは悪そうな笑みを浮かべる。

「さあ、これで準備は整った。僕は行くが、君らが無事に脱出する事を願っているよ」

 サキが顔の横で手を振って、そしてゆっくりと歩き出していく。どこへ行くのか、信じるならば、この包囲に穴を作りに行ったとしか。

「行くぞミミコよ」

 サキが作れる時間の穴は、良くても一分程度だろうと思う。役人だって馬鹿ではない。この穴を使うしか、私達の逃げ場はないだろう。

「ちっ。ああ」

 ミミコが頷き、私と共に駆ける。狙いどころは、サキの向かった方向、そこをほんの少し逸れた所。

 つまりは、サキが役人の目を引いている、すぐ傍。その場所だけ、役人達はサキの近くに集まって、注目している筈。即ちそこが唯一の穴だ。

 サキから距離を離し、それでいて様子が解るように追い駆ける。やがてサキが、役人達の包囲する場へと辿り着いた。

「やあやあみんな。見給え、これが恐らく、怪盗ナイトナイトが狙っていた獲物の筈さ」

 その声を聞いて、役人達がサキの下に集まって来る。集まった、という事はやはりそこだけ包囲が薄くなったのだ。

(今だぞ)

 小声でミミコに告げる。役人の消えた、穴となった場所に忍び足で進んでいく。

「おお、という事は、怪盗の目論見は失敗したという事ですね!」

 ちっ――っと、後ろに居たミミコの方から舌打ちのような音が聞こえた。

 役人の言葉のすぐあと――屈辱からだろうか。だが、捕まるよりはましな筈だ。

 音を立てず、役人達の背後を進んでいく。もうすぐ彼らはあの教会に向かう事だろう、が。

 ――その時。

 離れてはいたが、見逃さなかった。きひひ――と、サキが異様な笑みを浮かべていたのを。

 ……まさか。

 あれはサキの仕草ではない。今この状態すらも、キリュウ カンナの筋書き通りだったのか。サキを使ったのも、私を巻き込んだのも。……私がミミコの側に付いた事も。結果的にナツバナ ミミコを取り入れる事が出来れば良かった訳で。

 まあ、奴の思惑なんぞどうでもいい。私は私に割り振られた仕事を全うするだけの事だ。

 ……最初の依頼からは結構外れた形になったがな。

「さて、これからどうするかね、ナツバナ ミミコよ」

 言って振り返ったその時、後ろに居た筈のミミコの姿は既になく、

 彼女が居たであろう所、その地面に紙切れが一枚置かれていた。

「……行ったか」

 紙切れを拾い上げる。表面には文字が書かれていて、

“礼は言っとく”

 それだけ、素っ気ないものだった。

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