1 2-27 カンナとサキ
「目が覚めたか」
「僕としては、君をこれ以上傷付けるのは、本意ではないからね」
ふらふらとしたまま、“ツヅカ サキ”は私の言葉に応える。
「それは良かった。お前が元に戻らないとなれば、これ以上の力技に打って出るしかなかったぞ」
「それは怖いなあ。一応これも僕の体なんだけど」
くつくつ、と笑いを零すサキ。うむ確かにこの物言いや笑い声はサキのものと考えていいだろう。
「では、今のうちに解説して貰おうか。お前達の絡繰りはどうなっている?」
「手短に話そうか。キリュウ カンナはそこの怪盗、ナツバナ ミミコに対する者として作られた人格だよ」
「対する者?」
「追い駆け、捕らえる者という意味さ。だから所属も役人側に居る。思考の方もね。今現在、僕の中での優先順位はミミコを捕らえる事にある。カンナの意識が戻れば、この場に現れるのはカンナの方だ」
二重人格が、どういう理屈となっているかは解らないが。
当人の言葉を信じるなら、今はあのキリュウ カンナの意識が弱く、その代わりとして意識の強いサキが表に出て来られている、という事。
ではもし、カンナの意識が強く戻れば。
そこで優先順位が逆転するという事か。
「今なら僕も抵抗する事はない。僕を簀巻きにでもしておけば、カンナもそこから動けないよ」
「――成程。ではそれは却下だ」
「ん? なぜだいエン君?」
「優先順位で、キリュウ カンナが上なら、いつそれが出て来てもおかしくない。お前には近寄りたくないな」
「……へえ?」
「お前を観察して、サキである限りはここで休めて策も練れる。お前はそこで黙って見ていろ」
――っははは!!
「――流石はエン君。やっぱり君は最高だ。そこまで頭が回るなら、僕がとやかく言うべきではないね。
いいだろう。可能な限り、僕はここから動かない。動いたなら、それは僕ではなくキリュウ カンナだ」
約束だ。“こいつ”なら、そこは絶対変える事はない。
「もっとも、そこまで時間を与えられたら、カンナは絶対に君には勝てないだろうね。で――頭は冷えたかよ? アサカエ エン?」
声色が変わった。同じ姿なのに、雰囲気がまるで違うものになる。
「……早過ぎるぞ、キリュウ カンナ」
「てめえのが弱過ぎたんだよ。元が同じだってんなら、サキがまともならあたしもまともって事だ」
それはそうか。同じ体に居る訳なのだから。先程サキが表に出て来れたのは、カンナの時に弱らせる一撃を与えたから、と考えればいいのか。
「その割には、素直に代わってくれたな」
「あいつは筋金入りの変態だからな。あたしも敵にはしたくねえ」
「言っている事が違う気がするが……」
サキは決してまともな奴ではないぞ。即ち根っこを同じくするこいつも。
「自覚はあるんだな。私は変態好みではないんだが」
「へえ。なんならいっそ、あたしと代わるか? 担当」
「それは困るな」
「へえ?」
「変人がいきなり別のまともなのになったら、対応に戸惑う」
――っきひひ!!
「最高の褒め言葉だぜあいつにゃあ!」
狂ったように笑い出す“カンナ”。まったく、これで同一人物だとは思えんな。サキがまともではないのは充分承知しているが、見ている限りこいつも大概ではないか。
「ならあたしとは敵同士って事だな。あたしはサキ程優しくねえぜえ?」
それも充分承知の事。こいつの素自体がまともでないのなら、誰に変わろうがまともにはなるまい。
「行くぜえ?」
そしてカンナは、両手の中に私と同じような小刀を現す。
戦わざるを得ないか。一応知り合いの身なのだから、派手な傷など付けたくはないが、向こうはお構いなしの様子。
私と対する、両手に小刀を抜き出して迫るカンナ。その身を、低く構えて、
「うらあっ!」
飛んで来るような急接近。私の小刀も、カンナの得物をはじくようにぶつけるが。
「く――」
それでもサキとは動きが違う。いや正確にはサキよりも速い。
通常の対処は厳しい。ならば、
爆音――、
「実行!」
音の衝撃を飛ばし、カンナにぶつける。
「来ると思ったぜ」
その、見えない筈の爆音の弾を、カンナは小刀ではじいてみせる。どおん! と爆音はしたが、
「てめえの術は、見切ってんだよ。“サキ”の時からな」
爆音の術が、効かない。いや二度も同じ手は通じないというべきか。カンナに直接当たった訳ではない。ならばそれは只のでかい音だ。指向性を持たせているとはいえ、良くても耳鳴りがするとか、その程度の事だろう。
――だが今の対処で解った。カンナの動きには、僅かながらサキの動きが混じっているように見える。爆音を防いだのがその証明だ。
そういう事ならば、組み伏せられる機会もあろうかというところだが。
「はっはあ!」
笑い混じりに剣戟を迫らせるカンナ。――次第に押される。それは向こうが遠慮なく攻撃して来るのに、私はある程度加減をしながら戦っているが故に。
その剣戟も激しいもので。尚且つ私の後ろにはミミコが居る。奴は狙いをミミコとしている故に、それをかばいながらだ。逃げ出す隙も見付からない。制約という意味で、対するにはつら過ぎる。
それでもカンナの小刀をさばき、大きく跳び退く事で僅かながら間合いが出来た。
「参ったな。これでは千日手ではないか」
こいつを無事に居させる、という点を守れば、こちらには制約があり過ぎる。
かと言って加減を解けば、こいつは五体満足では居られなくなるぞ。一応知り合いなのだから、あとに引きずるような真似は避けたい。
「なら――」
ならばこちらも、奥の手を。
「逝ねやアサカエ!」
――冗談。私は――、
そう簡単には、くたばるたちではないのだと。解っている筈だ、“サキ”を知っているならば。
剣戟を受け止める。やはり思った以上に重みがあるが、その程度だ。
こいつを、止める手段はもうこれしか。
「サキぃ!」
切札の名を呼ぶ。二度も効くものかと思っていたが、その名に反応してか、
「ぐっ――」
カンナの体が、僅かながら止まる。内側からの抵抗か、一秒にもならない程の隙だったが、
その一秒、貰った。勢いのままカンナに突っ込み、抱き付くような格好に。
「てめ――」
「私の術を、見切ったと言ったな」
密着状態だ。勿論私は小刀を使うつもりはない。だが、
「これでもか?」
耳元に、ふうっと息を吹き掛けるように。
ただしそれは――、
「ぎぁっ!!」
カンナの体が、びくんと跳ねて、そしてその身がぐったりとなる。
息に交えて、爆音の種を仕込みまくったものだ。
それを耳元で聞かされたのだから、それは堪ったものではなかろう。
「さて」
カンナは倒した。一応は傷を付けずに。あとは――。
「出て来るがいいぞ。ナツバナ ミミコよ」
私の後ろ、聖堂の隅の方で身を隠していたミミコを呼ぶ。
「――終わったのかよ」
「ああ。こいつはしばらく起きんだろうよ。お前はどうする?」
「どうするも何も。あんた、あたしを捕まえに来たんじゃないのかよ」
「別に役人に売り渡そうなど考えていないぞ。それで得られる得もない」
「いいのかよ」
「うむ。お前はお前の信じた事をするがいい。私もそれを止めるつもりはないしな。ああ一つ訊きたい事があってな」
「訊きたい事だ?」
「お前、昨日の夜に山のある森の方に行かなかったか」
「は?」
「怪しい人物が行ったと聞いてな。それをお前と疑っていたのだが」
「んな暇なんてなかったよ。あたしは獲物を吟味するのに忙しかったからな」
……やはりか。義賊とはいえ盗人、犯罪者の言葉を簡単に信じるのはいかがかとは思うが――。
「だとさ。どうなのかねサキ、いやカンナよ」
そちらの方を見ないまま、私は彼女に呼び掛ける。
「……、はあ」
ゆっくりと、背後で人が動き出す気配がする。
「気付いていたんだねエン君」
そうだ。あの夜の時の不審者、あれはミミコでもこいつでもない。こいつが擬態したカ
ンナだったのだと。あの笑いを見て、合致したに過ぎないが。