1 2-26 もう一人の
「なんなんだよお前はっ」
手を引かれ、後ろを共に走る怪盗が抗議の声を上げる。
「言った通り。私は只の一般人。役人でもその駒でもない。お前を捕まえる理由もないのだから、その逆になってやろうとな」
「はあ?」
「怪盗、なんてな。解りやすいではないか」
走りながら、怪訝な顔をする怪盗。だけどもまあ、それがまた面白い。
「お前はまあ、悪人なんだろう。だが、真っすぐな悪人だ」
「っ……」
「捻じ曲がった善人よりも、ずっといい」
「お前は……」
「さてな。私は事が面白ければなんでもいい」
そうして言うなら、多分これは捻じ曲がった常人、とでも言うか。
「それよりも、一つ質問がある」
「……なんだよ」
「お前、“あいつの顔に見覚えが”?」
……。
考え込む。沈黙が答えとして返って来た。
「思い詰まるというなら、ない事もないらしい」
「いや、まさか」
背後を見やる。追手が居ない事を確認し、ゆっくりと足を止めた。
「お前に繋がる者が居るのなら、それはあいつだ」
少し、驚くような顔をして、そしてまた考え込む。
「……カンナ」
「どうやら、見当違いでもなかったか」
カンナ、と言った。それが誰とかはどうでもいい。
“あいつ”を知っている、そこだ。そこが問題。
「とにかく身を隠す。あいつは私の思考を予測出来るから、お前に連れていって貰う事になるが――」
……いやそれもまずいか。もしもこのナツバナ ミミコが言っていたカンナという者が、サキと同様の変態的能力を持っていたとしたら。
それは、このミミコの思考も予測出来るという事だ。どこに逃げるか、どこに身を隠すか、なんて事も読み切れてしまうに決まっている。その二つが合わさったとしたなら、それは厄介極まりないな。
……どうしようかね。せめてどこぞの物陰に身を隠して、少しでも考える余地を――。
「……誰か来るぜ」
とんとん――とん。
――建物の、壁を叩く音が。もう来たか。速過ぎる。
「こんばんは、だなあ。ミミコよ」
聞き覚えのある声。
だがその口調が、全くの別人に思えた。
「サキに聞いた通りだぜ。“初めまして”だなあ、アサカエ エン」
「……“初めまして”だな。サキ以外の“お前”を見るのは初めてだ」
きひひ。
「随分と冷静じゃねえか。ぎりぎり思い至ったってとこか?」
「だな。お前が完璧主義で良かった」
そう、その通り。そいつは完璧、そうしていた。だから私がここで会ったそいつは“ツヅカ サキ”になったそいつでなくて、“ツヅカ サキ”の物真似をしていたそいつだった。そう見えた。
だから違うと思ったのだ。これが、“サキ”のままで、全く異なる思惑を持っていた、となればまんまと引っ掛かっていたかも知れん。
「成程成程、騙そうってのも浅はかだったな。だったら、これからどんな展開になるかも、大体想像付いたかい?」
――きひひ、と笑う。それは凶悪な笑顔だった。
その顔は、やはり見覚えがあった。私の小屋にて、昨日の夜に。
「あたしはサキじゃねえ。あいつはてめえにぞっこんみてえだが、あたしにゃそんなの関係ねえ。邪魔されても困るんだ」
まったく、本当に多重人格かい。本物と相まみえるのは初めてだぞ。
「黙って見てなよアサカエ エン」
「そうはいかないなあサキよ」
「あたしはキリュウ カンナだ。間違えて貰っちゃあ困るな」
だろうな。こいつは仕事には完璧に対する性質だ。故にその点においては非常に厄介な相手となろう。
だが、こいつには、サキとの接点がある。見た目が同じならば――。
「お前がサキの知り合いならば、一つ言伝を頼みたいんだが」
にや、と笑みを浮かべて、言う。
「“私はサキを、愛している”とな」
「なっ――!」
掛かった。駆け出す。動揺した今の内にねじ伏せる!
「――なんてな」
げ。
どかり。とそいつの蹴りが腹部に。
「ぐは――」
「精神的動揺ってか? その手にゃ乗らねえ」
うぐう……きつい蹴り。衝撃の強さで、その場でうずくまってしまう。対するサキ――いやカンナと言ったか、そいつがまた、きひひと笑う。攻撃的というか。体の動きまで他人になっていないか? ……或いはこれが、こいつの本気だったりするのかも。
「今はもうてめえに用はねえ。黙って見てろや」
……そうだ。
こいつはそう仕込まれたんだ。その点においては完璧だ。
そうとも確かに完璧だ。どちらの意味においても。
だが、付け入る隙がそこにあるとすれば。
「サキぃっ!! どうせそこらで見ているんだろう!!」
「っ!?」
私の大声に、キリュウ カンナは少なからずの動揺を見せた。
「姿を見せろ!」
符を飛ばす。
爆音を仕込んだ音の符。
それを真っすぐ、“あいつ”に向けて、飛ばす。
そいつは身を守ろうとするが、音はそれでも貫通する。
どおん! と衝撃が。
そしてカンナの体が、ふらつく。
だが弱い。いや敢えて弱くした。強過ぎては困る。完全に気絶して貰ってはいけない。
……。
「……力技過ぎるね。エン君」
声。
弱々しいものだったが、あいつのいつも通りの声が。