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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
九話目 a Sleeping Time
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1 2-24 対決前

 日が暮れ掛けている、黄昏時の町にて。怪盗がまたここに現れる事を考慮して、クオンに小屋の留守を任せる事にし、遅い時間に町にやって来た訳だが。

 指定の時間まではまだ間がある。少し早くに来てしまったが故に、どこかで時間を潰そうと思っていた。目に付いたのは、私が町に来る際にいつも世話になっている茶屋だった。

「まだ、やっているのかね」

 店の暖簾をくぐる。すると、

「あ、いらっしゃいませいつもの人!」

 どうやらまだやっているらしい。卓を拭いていた看板娘の明るい声が響く。しかし、いつもの人、か。それは名乗った事がないから、そう呼ばれる事も詮無い事だが。

「今日は遅かったですねー。そろそろ閉めようかと思っていたところなんですよー」

「そうか、邪魔になるかも知れんが、まだいいのか?」

「勿論ですよー。今日はお一人なんですねえ。いつものでいいですか?」

「ああ、茶と茶菓子を一緒に」

「はい。少々お待ちをー」

 言って、娘は奥に引っ込んでいく。……こんな時間まで開いているとは知らなかったが、まあまだ町中も明るい事だし、いいのか。

 店の外にある椅子に座り、少し待つ。ここには今、他の客は居ない。まあ、こんな時まで茶を飲みたがる奴なんてな。

「お待ちどおですー」

 娘が、所望したものを持って来てくれた。やや熱めの渋い茶と、甘味たっぷりのみたらし団子を。

「うむ、頂戴する」

 甘いものと、渋めの茶との相性はいいものだ。私のお気に入り、故に“いつもの”の一言で注文が通ってしまう。

「そういえば、聞きました? お客さん」

 娘が話し掛けて来る。聞いてはいないが、ある程度解る。こうも町中がぴりぴりとしていればな。

「流行っている、怪盗の事か?」

 みたらしをもくもくと食いながら、話をする。

「はいです。もう朝から店でも持ちきりの話でしてー」

 何やら大いに盛り上がっているようで。しかしそうまで人の気を引いてどうするんだろうね。信心でも集めようというのか。義賊もまあ、大変なものだな。本名も素性も解らないまま、目立ってはならない立場だろうに、逆に目立たないといけないなんてな。

「どうやら役所に予告状が届いたらしいんですよー。なんでも今日の夜中に、教会の女神像を頂く、と」

「教会の女神像……」

「はいです。余程高価な物なんですかねー」

「どうかね。高価な物と言っても――」

 盗めたところで、どうやって金に換えるつもりなのだろうか。女神像とやらの素材がなんであれ、そのまま売り飛ばそうにもかなり目立つ筈。その上ご丁寧に予告状まで出しているのだ。役所側も相当な警戒をしている筈だ。その中で盗み出して、なんだろう、勲章みたいに飾ったりするのかね。

「……まあ、どう出るかは面白そうだがな」

「ええ。大っぴらには言えませんが、興味を持っている町民は結構居るでしょうねえ」

「だろうな」

 ずずっと茶をすする。

「明日の朝を楽しみにしている連中も多いだろう」

 みたらし団子も、今日は四本食う事にしよう。今日は長い夜になりそう故にな。




 茶屋での話を終え、私は役人の詰め所の前に居た。今回サキに呼び出された、指定の場所だ。

 日は既に暮れているが、この町は夜中でも街灯があるお陰で、そこそこの明るさがある。それ故に夜の犯罪数は少なくなったと言われているが、その為に明る過ぎる町中では星空が見えにくくなってしまったという欠点もある。

 安全と風情。どちらが優先されるべきかどうかは解らない。あちらを立てればこちらが立たず、とはよく言ったものだ。役人の仕事が減ったというのは、本来良い事の筈なんだがな。

 だが、世の中にはそれさえもものともしない奴が居るようで。

 それこそ私が追う事になった、怪盗の事。世の静まる真夜中に動く者。

 そして今回、件の怪盗から予告が来たという。馬鹿なのか律儀なのか、或いは信条なのだろうか。怪盗と名乗っている以上、盗むという事に絶対の自信がなければいけないのか。

「……解らんな、怪盗のやる事とは」

 もしかすると、神様の信仰心、みたいなものなのかね。信仰心が広まれば、その分力を得られるとか? どちらかと言うと妖怪みたいなものかもな。妖怪は恐怖心から力を得る。只、どちらも人の思いを糧にしている、その点で言うなら似ているのだ。神と妖怪は。

 ――さて、件の怪盗は、果たしてどちら側なのだろうね。


 詰め所の中に入ると、幾らかの役人が騒がしく動き回っていた。ご苦労な事だ。こんな夜中に右往左往と働かねばならんとは。

「おい、そこのお前!」

 入口に立っていると、一人の役人が私を見付け、詰め寄って来た。

「なんの用だ! ここは町民は立ち入り禁止だぞ!」

 うーむ、この如何にも「私は優秀、だから邪魔するな」とでも言いたげな、上から目線の物言い。

 町民の平和の為に動いているのは解るが。だが確かに不満もあろう。なぜに只一人の犯罪の為に大人数で夜中にまで働かねばならないのかと。

「そう言われてもだな、私も呼ばれたからここに来た訳なんだが」

 そうとでも答えるしかない。どうしたものかと、後ろ髪をかきかきしながら。

「お前みたいなガキがか? 冗談も大概に――」

「あ、おーいエン君ー!」

 と、遠くの詰め所から顔を出して手を振って来るサキの姿が。

「ツ、ツヅカ様!」

 突然の女の声に、役人が反応する。しかしツヅカ、様付けかい。一体サキはここでどんな独裁ぶりを発揮しているのやら。

 サキは小屋の方から笑顔で手を振り、こちらに駆けて来る。そうして、私の前ででかい態度を取っていた役人その一の前で止まる。

「あ、あの、ツヅカ様」

 少しの沈黙。

「……君さあ」

 サキが真顔で、役人その一に顔を近付けながら低い声を当てる。

「は、はい!」

 役人その一、直立不動でぎくしゃくがくぶる。

 真顔で睨むサキ。だがすぐに、その顔に笑みが出た。

「いやいいねいいね! こんなご時世、常に緊張感を持ってやっていかないと。危うく怪しい人物を見逃してしまったら大事だからね」

 手を叩き、あっははは――と笑いながら、役人その一を褒めている……のか? サキは。

「あ、は、はい。ありがとうございます」

 お褒めの言葉を受け、若干安堵した様子の役人その一。

「うん。――只、言わなかったかな? そろそろ僕の呼んだ客人が来る頃だって」

「はっ!」

 再び直立不動になる役人その一。

「エン君は僕の大事な思い人なんだ。その客人を手荒に扱うなんて、それはどういう了見なのかなあ」

「も、申し訳ございません!」

「うん。行っていいよ。只、次の物言いはないよ。君を許せるのは今回一度だけだ」

「は、はいい……」

 役人その一は、泣きそうな顔をしてこの場を離れていった。

「そんなあんまりいじめてやらずともいいだろうに」

 役人その一の姿が見えなくなって、小声で話す私に、サキは小さな笑みを漏らす。

「本気で言った事じゃないよ。それにさっきの奴はもう顔も名前も忘れちゃったからね。次があるも何もないんだよ元からさ」

 それこそ本当に意地が悪い。只単に怖がらせただけではないか。可哀そうに、周りに居る他の役人も、先程のやり取りを見ていて若干怯えているぞ。

「それよりどうしてここでふんぞり返っている。捕り物の手伝いでもしてくれるのか?」

「僕は留守番さ。怪盗の捕縛は、君か役人がやってくれる。そうだろう?」

「勝手な事を……」

 とは思ったが、こいつのお陰で助かった面もある。

「まあ、あまり気持ちのいい事ではないが、気は晴れた。済まんな」

「うん。そう素直に感謝されると後悔するじゃないか。あいつをもっといじめておいてやれば良かったかと」

「やめておけそういう加虐思考は」

 仮にも関係者として、私もどう対応すればいいのか解らんではないか。

「それよりも怪盗だ。予告がどうとか言っていたのなら、勿論守りは固めてあるんだろうな」

「勿論。準備は万端だよ。まあ、それは怪盗にも言える事だろうけどね」

「奴は女神像を盗みに?」

「あや、知っていたのかい。その通り、標的はとある教会の女神像さ。只、どこの教会にあるものなのか、そこまでは教えてはくれなかったけどね」

 成程、茶屋で言っていたのはそういう事か。異教の物を狙うとなれば、ワヅチに元々住まう人間としては充分に食い付いてくれる餌になり得るからな。

 ――しかし、この町のどこかまでは解らないか。単純に役人の分散、と考えるしか、明確な手とは思えんな今のところ。

「教会の事は詳しくはないんだが、女神像とやらは教会のどこにもあるものなのか?」

「そうさ。信仰の象徴、解りやすく信者の目を集められるものなんだ。母なる像、と呼ばれる事もあるね」

 解りやすい象徴か。まだこの国では新しい教えであるといえ、それがあるだけで人の目を集められる。

 なんとも羨ましい話ではないか。私の知る神社には、そんな便利な象徴なんてなかったぞ。

「その女神像、人が手に持てる程度の大きさなのか?」

「うん。教会の規模にもよるだろうが、大体は一人で持ち去れる程度の大きさだねえ」

 そんな物を、教会は崇める象徴としているのか。失礼ながら、随分お手軽な象徴だな。

「一応、今日一日は役人総出で各地の教会を張っているよ。事が起これば、その場で御用という寸法――の筈だけどねえ」

 言葉の後ろに行く程、自信のなさが強く表れて来ているんだが。それもそうか。今の今まで予告はされていても、捕まえる事は出来なかったというのだから。

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