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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
九話目 a Sleeping Time
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1 2-22 寝覚めの衝撃

 ……戸を叩く音がした。

 朝の目覚めの時、とんとんとんと、三回続けて叩く音が。それを来訪者は三回繰り返す。その最後の一回にはとんとん――とん、と微妙な間が置かれていた。

 ……あいつだ。

 来訪としてこんな変な真似をするのはあいつしか居ない。

 そして、あいつが来たという事は、またろくでもない仕事を持って来たのだという事。

「……まったくもう」

 無視を決め込むのも困る話だ。ろくでもないとはいえ、仕事は仕事。世話を焼かねばいかん者が居るが故に、金銭に関わる事は避けて通れない訳で。いや貯金はあるにはあるのだが、どのみちそれを引き出す為には金を預かって貰っているあいつを介さねばならないのだから、今ここであいつの呼び掛けに応じなければならないのは詮無い事と諦めるしかない。

「今開けてやる」

 寝床の向かいにある小屋の戸――別に鍵など掛かっていないそれを開けた途端、そいつ例えば、絵で見る見返り美人のように背中を向けながら、顎を上げた首上だけをこちらに向けていた。腰まで届く長い黒髪。西方風の、すらりと身が締まっている灰色をした服装のワヅチの人間。それは向こうの言葉でスーツというものだった。

「やあ、奇遇だねエン君」

 こちらの事だそれは。しかもどう考えても奇遇の使い方が違うし。またもひねた登場の仕方をしてくれているし。男性的な物言いも相変わらずで。

「朝一番から君の健やかな顔が見られて嬉しいよ。今日は実に幸先のいい一日になりそうだ」

 正面に向き直りながら、この女――ツヅカ サキは明らかに裏のありそうな妙な笑みを見せ付けて来る。

「……それは良かったな」

 朝一番から不幸な一日だ。この相違は、言うなら人としての性質が私と真逆な為だろう。こいつのような図太い神経は、私には備わっていない。

「なんだい眠気にまみれた寝起きの少年みたいに。まあ時間的には昼間に近いだろうけど、この森の中ではね。朝も昼も夜も感じなさそうだ」

「失礼な。夜くらいは感じるぞ」

 暗く深い森の中の住居とはいえ、ここは空き地のようになっている。故に日の光も多少は入るのだから、昼と夜の区別くらいは付く。

「ふーん……」

 その時、サキは顎に手をやって、何やら考え込む仕草をした。

「なんだその微妙にむかつく間は」

「いやなに、夜は感じる、というところで何やら官能的な響きを感じたものでね」

「お前は……」

 言葉に微妙な解釈を加えるな。いやでもそこだけを捉えたならば確かに変な意味にも取られるかも、とは思ったが。

「任せてくれればいいのに。僕はいつでも君を感じさせてあげるよ?」

「黙れこの変態が」

「それは誤解だね。一途と言ってくれ給え」

 行き過ぎた一途は異常と言うのだ。こいつの頭はどんななのか、一度開いて見てみたいものだ。もしやと思ったが、頭の中に変な化物でも入っていたりするのかもな。

「しかしまあ、解るだろう? 人の愛とは尊いものだけど、そこに介入する事が如何にくだらないものか」

「くだらない?」

 思いもしなかった言葉だ。こいつはいつも隙あらば私を狙おうと動いているというのに。

「くだらないものさ。一時の感情で流れ、暴発するなどまるで獣の名残を露呈しているようじゃあないか。知恵持つ人間も、所詮は理性を勝たせる事は難しい。本能が理性を上回るのもまた人間なんだよ」

「結局は、人も動物には変わらんという事か」

「そうとも、そうした認識の方が正しいのさ。人間が特別だという定義を作った奴の神経を疑うね僕は」

 人間という、定義があるとするのならば、人間とは皆――。

「成程。ならば確かに私は人でなしか」

 その呼び名の通り、私は自分を人間としては見られない。

 ではなんなのだろうか、と言われると、それもそれで妙な考えに行き着きそうだ。だから、そうした事はあまり深くは考えない。それよりも、

「だが茶や酒を嗜むのは人間だけだ。私はゆったりとそうしているさ」

 人でしか味わえないものという事も、世には確かにある。私は只、人としての楽しみを満喫させて貰いながら日々を過ごしていくだけだ。

「そうさ、人は器用になり過ぎたんだよ。そこまでを愚かしいものとまでは言わないけどね」

 ならばそれでいいんだろう。小難しい定義なんてものは、それをのたまえる程度に頭のいい連中に全て丸投げしてしまえばいいのだ。それが正しいものかなんて、どうせ誰にも解りはしないのだから。

「愚かしくともいいのかもな。取り敢えず私は茶や酒を呑んでいられればそれでいい。良ければ一つ淹れてやるが?」

「それは嬉しいお誘いだね。ならばもう少しだけ付き合わさせて貰おうかな」

 時の流れとはゆったりとしたもの。その中で皆己の出来る事をして生きているのだ。

 ならば私は、私の出来る事で日々を過ごす。それが茶を飲む事であれ、酒を呑む事であれ、楽しめるのならばそれでいい。それがいい。

「……ところで」

 茶を用意している最中、ふと気になった事があった。

「んあ?」

「お前はなぜにここに来たのかとな。仕事の話もまだ出ていないぞ」

 そう、どうしてサキは仕事の話なしにここに来たのか。何かを企んでいる可能性も否定出来ないが。

「そうだね。今回君の所に来たのは、一つは君の身体状況が心配になってね」

「……別に大病にも流行り病にもなった事はないぞ、私は」

 健康にだけは自信があるこの体。だが勿論、私が気になった所はそこではない。

「それが理由の一つか。他には?」

「いやいや、今すぐの要件という事じゃあないよ。伏線は色々と張っていた方が、お話はより面白くなるって事さ」

 なんの事やら。

「近く君に助力を求める事になるだろう。正式な話は、その時に」

「ではなんだ。今日の事だけを見れば、只遊びに来ただけだと?」

「不満かい? 僕は一応忙しい身ではあるが――」

「あ、お客さんですか先生」

 その時になって、外からクオンの声が。相も変わらず、私が起き出す前から外に出て、朝餉の準備などしてくれているのだ。

「おっと、クオン君にこの場を見られるのは少々まずいかな。朝餉は食べたかったけれどね、ここは一時退散させて貰おうか」

 そう言ってサキは、入口の戸を開けて、そそくさと出て行く。それと入れ替わるように、クオンが開けっ放しとなっていた戸から、室内に顔を覗き込ませるが――。

「あれ? ……先生、だけ?」

 怪訝な顔をするクオン。それもそう、サキが小屋を出てからクオンがここに現れるまで、一秒程度しか経っていない筈なのだ。普通ならば、サキはクオンと鉢合わせになっている――いやそうでないとおかしい筈なのに。

 ……なのにクオンは、今日はサキと会っていないと答える。

 ……本当、何しに来たのかねあの馬鹿女は。




 そんな来客が来てから数日経って。

 ――とんとんとん。と戸を叩く音が聞こえる。

 その音で目が覚めた。暗い森の中で、ここだけは日の光が届く場所だ。寝台の寝床の上にある小屋の小窓からは、うっすらと日の光が差し込んで来ていた。

 ――とんとんとん。

 戸を叩く音はまだ聞こえる。気にしてはいけないものと頭では解っているのだが、こうまでしつこく呼び出しをされると――。

 ――とんとん、とん。

 確定。またあの馬鹿者が来たのだ。戸を叩く最後に、一つ間を置く。これが奴の特徴なのだから。

 ならば居留守も意味がない。私が居る事を解っていて、あいつはここに来たのだろうからな。

 という訳で、身を起こす。寝台から、まだクオンが眠っている狭い室内を数歩で横断して、入口の戸を開ける。

「おはようエン君。見給え、今日はいい天気になりそうだ。洗濯物など溜まっていたならば、この機に全て日の光の下に差し出す事を進言しよう。良ければ僕も手伝うが?」

 ……目覚めた瞬間、思う。こいつが居なければ、今日もそのまま平穏でいい日になっていたかも知れんのに、と。

「どれ、とっとと出し給え。君がその体温で暖めた肌着で興奮してやろう」

「断固拒否する。それ以前に洗濯物はないし、お前に出してやる肌着もない」

「ふむ。洗濯は既に済ませてあったか。だが君の肌着はそこにあるだろう?」

 サキが“そこ”を指差す。それはつまり、私の着衣か。

「さあ脱ぎ給え。人肌に温まったその布着で僕を昇天させて貰おうか」

「昇天したいのならいつでも。永遠に地上に居られなくしてやる」

「君は激しいなあ」

「……絞めるぞ」

 望むなら肌着ででも。

「怖いなあ。ふむ、まあ今日のところは冗談という事にして許しを乞う事にしようか。ごめんよ」

 ……嫌に素直な。だが普段からそういう態度であるならば、私の苦労も軽減出来るのだというのに。

「で、そろそろだが本題はなんなのかね」

 適当な所で話を締めなければ、こいつの話はいつまで経っても終わらない。

「うん。まあその前に、そこで眠っている君の愛弟子、気にするところはないかな?」

「愛弟子……」

 後ろを見る。言われてみると確かに、いつも私よりも早くに起きて朝餉の準備をしている筈のクオンが、こうも深く眠っているとは――。

「まあ、疲れが出て来る時もあるだろうさ。少しは休みを優先させてもいいだろう」

「うん、まあ気にならないならばいいさ。では今回の依頼について話そうか――」

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