1 2-21 裏側の事情
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――二人、正確にはもう一人を送り出し、去っていく背を見ながら。
「さて」
一つ、諜報員は呟く。
彼のすべき仕事は終わった。だが、サキの仕事という意味ではまだこれは終わっていない。
「君、いつまで死んだふりをしているのかな」
出血多量。もはや死体となった筈の“彼”に語り掛ける。
少しの間を置いて、サキは首だけを向ける。すると男は、ぴくりと一つ動いて、それから左手を支えにしてゆっくりと身を起こした。
そう。彼もまた殺しに長けている者。逆に言うなら、“死に慣れている”と言えなくもないのだ。
つまり。死への対処も出来ない事ではない。死ぬと解っているのならば、対処は出来る。“そうなるように”男は一人で動いて来た訳だから。
「……なんだ。解っているのに、とどめも刺さないのか」
地面に座る格好の彼は、サキに言葉を返す。そう。男はまだ死んではいない。その事実を、サキは“彼ら”に言わなかった。倒して欲しいと仕事を依頼しておきながら、サキは男が“死んでいる”事を良しとしなかった。
「君はワヅチ言葉が使える。君の言葉を借りるならば、神を侮辱する者達の言葉をね。つまりは君は、エクスキューショナーとしての役割ではなくその他、別の役割を持ってこちらに来た。そう考えるのは不自然な事かな?」
――そう。只異国で暴れるだけならば、この国の言葉を覚える必要もない。つまり、男には何かしら、“ワヅチという国に来る明確な理由”があったという事。
「“誰か”と接触するつもりだったかな? ああそれとも、もう“誰か”への接触は終わったあととかかな?」
男の目が、鋭さを現す。目を細めて、目の前の女、サキの顔をじっと見据える。
「君には空白の時間がある。君を見張る間者の存在には早くから気付いていた筈だ。只、君はこの町に来てからその間者を排除しようとした。一時的な事だけど、その排除している時間だけ、僕らは君の動きを把握出来なくなっていた。僕が知りたいのはその合間の話だよ。その間だけ、君は第三者に知られては困る“何か”をしていたんじゃないかとね」
男は何も言わない。しかしサキにとっては、それこそが質問に対する答えとなると、解っているように思う。彼女もまた、この国の裏に居る者。諜報員にとって、そこまで察する事は息をする事のように簡単な事だった。
「さて、話を聞かせて貰おうか。今ならば温情をやってもいいよ。まあ、君の目論見とは違う、強制送還という形になるだろうけどね」
「……わざわざ、」
「ん?」
「あいつらを帰してまで、訊く事か」
男を止められる力を持つ者は、ここに居ない。彼らを帰したという事は、サキには男を止める手駒が居ない事を意味している。
「考え方の違いだなあ。僕は“彼”と、その次にこの国に関わる脅威に対する為に動いているんだよ。つまり僕は、君がここに来た真相を知りたいと思っている。それが後々、この国の為になる事だと確信しているからだ。この国に危険人物を引き入れた売国奴が上に居るとするならば、それは断罪しなければならないだろう。
それに、今片腕の君、万全でない君ならば、僕でも充分に対処は出来るしね」
男が立ち上がる。失くした右腕からはもう血は出ていなかった。簡単な癒しの魔術だけを掛けたのか。そしてもう片方の無事な左腕、その手から刃物を一本、どこからか抜き出す。
邪魔となる敵は、排除する。男にとって今の状況は、至極簡単な話に思えた。
「さて、こうまで来たら僕は優しくはないよ。君の知る裏の話、洗いざらい吐いて貰おうか」
対するサキは、暗い笑みを見せた。男がどういう手に出ようと、彼女は――。
――。
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