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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
八話目 神に仕えた者の子
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1 2-19 召喚された者

 ……馬鹿な。

 私の隣に居た筈の、マノクズコの姿が向こうにある。

 あいつにそんな速さはなかったぞ。あったなら、私と戦った時に現わしていた筈。

 クオンの前にマノクズコが現れたのは突然。どういう事か。召喚と使役が関係しているとしか……今の時点ではそれしか察する事は出来ん。

「てめえ、こいつを殺ろうとしたな」

 主の危機だ。そこに力が発生したとしか。そしてマノクズコは、

「殺す」

 今までになかった勢いで、奴に対する。

 だが向こうには銃がある。まともにやり合うと、得物の餌食になる。案の定、奴は銃口をマノクズコに――。

「やめろ!」があん!

 同時。私の声と、銃声が重なる。

 その時に、あいつは、マノクズコは、

 拳を、真正面に突き出して、

 その先に、小さな黒い塊があって。

 やがてそれがぽとりと地面に落ちた。

 ……味方が思うのもなんだが、その時思った。馬鹿なと。

 まともに考えて、高速で放たれる銃弾を殴り落とすなど。

 ――その事に驚きを表したのは、奴も一緒のようで。

「……馬鹿な」

 私の感想と一緒の事を、奴は口に出した。

 そう。これは出鱈目。あり得ない事が現実にここにあった。

「く――」

 があん、があんと銃を連射する。二度も幸運などないと言いたげに。

 だがそれも、

「はあっ!」

 マノクズコは、またも両の拳によって止め切っていた。

 ――動揺。

 奴は銃を放り捨て、両の手に刃物を。

 その二つの刃物を投げ放つ。

 が、それも、

「遅え!」

 側面から殴り落としながら、マノクズコは奴に跳び掛かる。

「っ!」

 怯んだ。マノクズコの動きを警戒し過ぎて、後ろに跳び下がる形に。

「逃げてんじゃ、ねえ!」

 マノクズコが追い打ちに動く。剣と拳。本来なら勝ち負けなど論ずるのも馬鹿らしい事なのに、剣を持つ方が怯えている。

 ――そして気付く。奴の意識が、目の前のマノクズコのみに向いている。目の前の脅威から、意識を離せないでいる。

 つまり、私の動きを見る余裕がなくなったのだ。

 その隙。今度こそ貰う。

「爆音、実行」

 こちらからもう一度、爆音を奴に放つ。先程と同じ、当たりようによっては、そこで勝負は決まる。私が決めずとも、マノクズコがやってくれる。

「く――」

 私の動きに、やっと気付いた。だがもう遅い。

「同じ手など通じるか」

 そう奴は言った。言葉が届いた時には、奴は両手で耳を塞いでいた。

 が、

「同じ手など使うものか馬鹿め」

 そう、掛かった。奴は、動きを止めて受け身にならざるを得なくなった。

 だからこれで絶対仕留める。そして戒める。

 こんな子供騙しを信じるな。

 一度通じれば御の字だ。タネの割れた手品など二度も騙されてくれるものか。だから一度だけ、騙して騙されてくれた、今は唯一の必殺の機会。逃しては駄目だ。

 そう。奴は私の奥の手を知らない。

 左手に振動を込めて、ぶち当てる。触れれば只では済まない。なぜなら、

“じりじり”

 その手は――、

 すうっと、銃を持つ奴の右腕を通り過ぎた。

 そう思えた筈だ。奴にとっては。

 私にも、触れた感触はあった。僅かな間の事ではあるが。それは、感覚としては流れる川に逆らい、手を突っ込んで撫でるかのように。

 ず、っと。

「……なに」

 奴が、銃のある自分の右腕を見る。凝視したそこに、

「腕が、」

 なくなっている。なくさせた。ぼとんと、右腕の先が地面に落ちる。

 これは、振動の更に上位。

 揺らぎ。

 そう。触れた部分は、大きく揺らぎ、繋ぎ止める力をなくさせる。物の結合を解くのがこの力。

 つまり、揺らぎを込めた手で触れた部分は、

「な、なぜ――」

 霧散し、消えるだけ。

「お前には、冥途の土産も要らんな」

 腕の繋ぎ目を揺らし消したのだ。もう戦える状態ではない。現に、そこから血がどばどばと流れ落ちていっている。

「あ、あ、うあああ――!!」

 悲鳴。絶望と恐怖、痛みの色に塗られた悲鳴が響く。

 だって、それはもう戻せない。腕の繋ぎ目、肘辺りを霧散させたのだ。もうくっ付く筈がない。

「さて、今ならまだ治療の余地はあるが」

 片腕となった奴の前に、私とマノクズコは迫る。そう、くっ付く余地はなくとも、命はまだ繋ぎ留められよう。

「それとも、懺悔の言葉でも聞こうか?」

 そうだ。奴はまだ“この国”で罪を犯した訳ではない。人を傷付けたにせよ、命まで取ったとは聞いていない。故の提案だった。が、

「……、まだだ」

 ……まだ?

「まだ死ねん」

 満身創痍となった奴に、もうまともに私達とやり合う手段はなかろうに。

 まだ、と言った。

「道連れだ異教徒共」

 何を。こうまでなって、今更何を言い出す。道連れなどと――。

「エン君逃げろ!」

 そこで、サキの大声が聞こえた。

 自滅、いや自爆でもするつもりか。馬鹿な、そうまでして何を守るか。

 逆に。

 今度こそ奴を止める。“何か”をする前に、

「爆音――」

 奴に突っ込み、手のひらに込めた爆音の種を間近で爆発させれば、

「実行!」

 先程のものも、一応は効いていたのだ。接近して、確実な当たりで奴を倒せば。

 ――どおん!

 ……。爆音と、静寂。

 ――奴が倒れ伏す。そう、もうじきこいつは死ぬのだろう。右の腕からの血は止まる事を知らずに流れ続けている。だがそれも自分の考えに準じた結果だ。この国の人間を手に掛けんとした、そこに同情の余地はないが、見合う裁きは受けた筈だ。

「……地獄に落ちるぞ、外道共」

 口だけを動かして、奴が呟く。

 ……何を馬鹿な。

 地獄というものなんて、何度もくぐって来たというのに。

「天国なんて所、聞いた事もないがな」

 あの世自体が天国なのかどうか、それも知らん事だが。

 人の世に居る以上、天国――或いは極楽浄土なんて所はない。あったとするなら、多分そこには大きな裏があるのに決まっているのだから。

「お前はここに、天国を作りたかったのか」

 ……。

「それとも天国に行きたかったのか。神に準じて」

 ……。奴がゆっくり、左腕を上げる。その手が、天を掴もうとするような動きを見せた。

「……そうあれかし」

 一言。

 それだけ言って、こいつは、終わった。

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