1 2-19 召喚された者
……馬鹿な。
私の隣に居た筈の、マノクズコの姿が向こうにある。
あいつにそんな速さはなかったぞ。あったなら、私と戦った時に現わしていた筈。
クオンの前にマノクズコが現れたのは突然。どういう事か。召喚と使役が関係しているとしか……今の時点ではそれしか察する事は出来ん。
「てめえ、こいつを殺ろうとしたな」
主の危機だ。そこに力が発生したとしか。そしてマノクズコは、
「殺す」
今までになかった勢いで、奴に対する。
だが向こうには銃がある。まともにやり合うと、得物の餌食になる。案の定、奴は銃口をマノクズコに――。
「やめろ!」があん!
同時。私の声と、銃声が重なる。
その時に、あいつは、マノクズコは、
拳を、真正面に突き出して、
その先に、小さな黒い塊があって。
やがてそれがぽとりと地面に落ちた。
……味方が思うのもなんだが、その時思った。馬鹿なと。
まともに考えて、高速で放たれる銃弾を殴り落とすなど。
――その事に驚きを表したのは、奴も一緒のようで。
「……馬鹿な」
私の感想と一緒の事を、奴は口に出した。
そう。これは出鱈目。あり得ない事が現実にここにあった。
「く――」
があん、があんと銃を連射する。二度も幸運などないと言いたげに。
だがそれも、
「はあっ!」
マノクズコは、またも両の拳によって止め切っていた。
――動揺。
奴は銃を放り捨て、両の手に刃物を。
その二つの刃物を投げ放つ。
が、それも、
「遅え!」
側面から殴り落としながら、マノクズコは奴に跳び掛かる。
「っ!」
怯んだ。マノクズコの動きを警戒し過ぎて、後ろに跳び下がる形に。
「逃げてんじゃ、ねえ!」
マノクズコが追い打ちに動く。剣と拳。本来なら勝ち負けなど論ずるのも馬鹿らしい事なのに、剣を持つ方が怯えている。
――そして気付く。奴の意識が、目の前のマノクズコのみに向いている。目の前の脅威から、意識を離せないでいる。
つまり、私の動きを見る余裕がなくなったのだ。
その隙。今度こそ貰う。
「爆音、実行」
こちらからもう一度、爆音を奴に放つ。先程と同じ、当たりようによっては、そこで勝負は決まる。私が決めずとも、マノクズコがやってくれる。
「く――」
私の動きに、やっと気付いた。だがもう遅い。
「同じ手など通じるか」
そう奴は言った。言葉が届いた時には、奴は両手で耳を塞いでいた。
が、
「同じ手など使うものか馬鹿め」
そう、掛かった。奴は、動きを止めて受け身にならざるを得なくなった。
だからこれで絶対仕留める。そして戒める。
こんな子供騙しを信じるな。
一度通じれば御の字だ。タネの割れた手品など二度も騙されてくれるものか。だから一度だけ、騙して騙されてくれた、今は唯一の必殺の機会。逃しては駄目だ。
そう。奴は私の奥の手を知らない。
左手に振動を込めて、ぶち当てる。触れれば只では済まない。なぜなら、
“じりじり”
その手は――、
すうっと、銃を持つ奴の右腕を通り過ぎた。
そう思えた筈だ。奴にとっては。
私にも、触れた感触はあった。僅かな間の事ではあるが。それは、感覚としては流れる川に逆らい、手を突っ込んで撫でるかのように。
ず、っと。
「……なに」
奴が、銃のある自分の右腕を見る。凝視したそこに、
「腕が、」
なくなっている。なくさせた。ぼとんと、右腕の先が地面に落ちる。
これは、振動の更に上位。
揺らぎ。
そう。触れた部分は、大きく揺らぎ、繋ぎ止める力をなくさせる。物の結合を解くのがこの力。
つまり、揺らぎを込めた手で触れた部分は、
「な、なぜ――」
霧散し、消えるだけ。
「お前には、冥途の土産も要らんな」
腕の繋ぎ目を揺らし消したのだ。もう戦える状態ではない。現に、そこから血がどばどばと流れ落ちていっている。
「あ、あ、うあああ――!!」
悲鳴。絶望と恐怖、痛みの色に塗られた悲鳴が響く。
だって、それはもう戻せない。腕の繋ぎ目、肘辺りを霧散させたのだ。もうくっ付く筈がない。
「さて、今ならまだ治療の余地はあるが」
片腕となった奴の前に、私とマノクズコは迫る。そう、くっ付く余地はなくとも、命はまだ繋ぎ留められよう。
「それとも、懺悔の言葉でも聞こうか?」
そうだ。奴はまだ“この国”で罪を犯した訳ではない。人を傷付けたにせよ、命まで取ったとは聞いていない。故の提案だった。が、
「……、まだだ」
……まだ?
「まだ死ねん」
満身創痍となった奴に、もうまともに私達とやり合う手段はなかろうに。
まだ、と言った。
「道連れだ異教徒共」
何を。こうまでなって、今更何を言い出す。道連れなどと――。
「エン君逃げろ!」
そこで、サキの大声が聞こえた。
自滅、いや自爆でもするつもりか。馬鹿な、そうまでして何を守るか。
逆に。
今度こそ奴を止める。“何か”をする前に、
「爆音――」
奴に突っ込み、手のひらに込めた爆音の種を間近で爆発させれば、
「実行!」
先程のものも、一応は効いていたのだ。接近して、確実な当たりで奴を倒せば。
――どおん!
……。爆音と、静寂。
――奴が倒れ伏す。そう、もうじきこいつは死ぬのだろう。右の腕からの血は止まる事を知らずに流れ続けている。だがそれも自分の考えに準じた結果だ。この国の人間を手に掛けんとした、そこに同情の余地はないが、見合う裁きは受けた筈だ。
「……地獄に落ちるぞ、外道共」
口だけを動かして、奴が呟く。
……何を馬鹿な。
地獄というものなんて、何度もくぐって来たというのに。
「天国なんて所、聞いた事もないがな」
あの世自体が天国なのかどうか、それも知らん事だが。
人の世に居る以上、天国――或いは極楽浄土なんて所はない。あったとするなら、多分そこには大きな裏があるのに決まっているのだから。
「お前はここに、天国を作りたかったのか」
……。
「それとも天国に行きたかったのか。神に準じて」
……。奴がゆっくり、左腕を上げる。その手が、天を掴もうとするような動きを見せた。
「……そうあれかし」
一言。
それだけ言って、こいつは、終わった。