1 2-18 狂信者
「目的はなんなのかね。只暴れる為に海を越えて来た訳ではなかろう」
「私は力、神罰の代行者だ。神への冒涜があるならば潰す。それ以上でも以下でもない」
無茶苦茶な理屈が返って来た。
「そんなもの、今の時代には流行らんと思うのだがな。神の代理だ?」
「神の、ではない。神罰のだ」
「そんな訂正で誤魔化すとはな。物騒な主なのだな、という感想しか出ないぞ」
す――っと。奴がまた得物を上げる。少し離れた距離だが、奴は私に剣を向けた。
「哀れな神の子。だが、許せん」
「確かに私は神に仕える者の遠い子だが、神に許しを乞うた事など一度もないぞ」
「……尚更許せんな。主への冒涜など」
「お前の中の神様像がどんなものなのかは知らんが、自ら信仰を押し付ける神など大層なものではないとな」
「……」
沈黙が。なぜだか代行者とやらが黙りこくってしまった。
「……哀れな」
目線が向けられる。そいつは、涙を一筋流しながら私を見据えていた。
「……なんなのかねお前は。哀れまれる理由がないと思うんだがな」
「だが、殺す」
突然、長物を投げ放って来る。両手の短刀で弾き、なんとか身を守る。
……どうやら怒らせてしまったらしい。
「危ない奴め。私でなければ死んでいたぞ」
だが、こいつは殺す事に躊躇しないという事は解った。こいつの信仰する神とやらが、どんな性質なのかもな。
「……加減して倒せる相手ではないか」
それは、殺さないように手を抜いてでは無理だという意味で。
「何か言ったか、小僧」
奴が、憎々しげな言葉で問う。戦力として、私よりも優位にあるという表れか。
「いや、言った事は言ったがね」
奴はもう臨戦態勢だ。私の言葉など、無駄な事と薄々思ってはいたが。
「一つ問う。今素直に降参し、捕まってはくれないか。今ならばそう罪は重くあるまい」
その男は、私の問いになんの答えもしなかった。
……成程、問答無用か。
「サキよ。こういう場合、法などは意味を成さないものと考えていいのかね」
どこぞで様子を見ているであろう、サキに問う。
はっきりとは言わなかったが。私はサキにこう訊いているのだ。“殺してでも止めていいか”と。
「この展開も予想通りさ。君は君の出来る範囲で対してくれていい。手段は問わないよ」
いい、とサキは言った。ならば指令通りに。
「という訳だ。依頼人の許しが出た。
お前を、あらゆる手で止めてやる」
両の手で、小刀を構える。得物を取ったならば、あとは相手を取るだけだ。
だが奴は目線を外さない。じっと私を見据えて、恐らくは私を殺すつもりでいる。
だからこそ隙がない。如何なる状況でも、私の姿を見逃さないという事だ。
――ならば。隙がないのならば、隙を作ってしまえばいい。
「爆音、実行」
左手を奴に向け、指向性のある爆音を放つ。その耳に届けば、誰であろうと怯むだろう。最悪衝撃に耐えられずに卒倒する。
しかも最速の二言単位。解っていてもかわせまい。
「っ!」
どおん! と奴に当たった爆音が反響する。
奴の動きが止まる。脳を揺らす程の爆音だ。しばらくまともに動けまい。そして卒倒する。
……筈が。
「う、う……」
喰らった筈。なのに奴は、ふらつきながらも地に足を付けたまま。足を踏ん張り耐え切っていた。
――当たりが弱かった? 或いは対法術の手段でも持っていたか?
「く――」
声が漏れ出る。それが私のものか、奴のものかなどはどうでもいい。
どうあれ隙には違いない。その時間、逃しはしない。
短刀を手に、奴に迫る。
「な――めるな!」
奴が後ろに跳び下がる。その上また刃物を投げ飛ばして来た。
うっとうしい。隙が短いとなるとこうなるものか。
「くそっ」
キイン、と短刀と刃物が重なる音。
気付けば、距離の差は変わらず。その上奴はどれだけの刃物を仕込んでいるのか、また両手に同じ刃物が現れていた。
「まったく、埒が明かんではないか」
どうあっても近寄らせないつもりだな。小賢しい事だが、戦いを心得ているではないか。
「お前は――」
剣を構え、奴は今度は手に小さな得物を抜き出した。
何かは解らんが、奴はまだ手を残していると考える方がいい。
「殺す」
――宣言。奴の恨みを買った覚えなどないのだがな。
けっけっけ――。
後ろからの笑い声。聞いた事のあるその声に、目線をやると。
「手こずってやがるじゃねえか、先生よお」
マノクズコが、いつの間にやら私の隣に顕現していた。
「どうしてここに?」
「なあに、クオンの“お願い”さあ。先生がやべえから、手を貸してやれってよお」
手を貸す、“お願い”か。信用しない訳ではないが、この魔物――いや妖怪というべきか、並んでならともかくまだ背中を預ける気にはなれんな。
「それにまあ、合法的に人間を喰える機会じゃねえか。なあそうだろ?」
また物騒な事を言い出すなあ。敵とはいえ人が喰われる過程など見たくはないぞ。
「――魔の者まで従えるか。穢れた人間め」
「私のではないんだがな。まあ、頼りにさせて貰うぞ」
勝てるのかどうかは、また別の問題ではあるが。
「“神の名の下に”」
――それは、奴が放った力を持つ言葉。それを口にした際、奴の“何か”が強化された
ように見えた。
「厄介だぞ。あの悪党」
「構やしねえ。目の前に立つなら倒す。それだけだ」
にやけた顔で、マノクズコは両の拳を胸の前で軽く殴り合わせる。
「心外だな、お前」
奴は、私の顔をじっと見て、言葉を漏らす。
「心外だ?」
「変わりがあるか。お前も金の為に殺す、悪党ではないか」
ああそういう事か。
確かにこれは仕事だ。目の前の“奴”を殺して報酬を得るという。だが、
「私はお前とは違う。免罪符を掲げて気に入らずを殺し回る連中とはな」
「戯言だ。言葉遊びで人を惑わす異教徒が」
駄目だ。話なんてまるで通じない。自分絶対主義というのだこういうものは。
「神の名の下に」
奴が身を屈める。先程と同じく、高速で突撃して来るつもりか。
だが解る。同じ対応をしたのでは無理だ。次に捉えられれば、今度こそまずい。
……殺さず加減して戦える相手ではない。
解っている。こいつを野放しにしてしまうと、どこでどれ程の害を及ぼすか解ったものではないと。
故に、
「行くぞ」
マノクズコに顔を向けず、“奴”に対する言葉を。
「指図はすんなよ“先生”よ!」
マノクズコが先に奴に跳び掛かる。こいつもまだ“何か”を隠している節があるが、まあ、敵でなければそれもいい。
「うどらあっ!」
単純な、腕力に任せた拳の一撃。だがまだ。速かろうが強かろうが、一直線な攻撃など奴に通じるとは思えん。
案の定、奴は守りに入る。拳は剣によって阻まれ、力は拮抗している。……というか、剣で受け止められたのに拳は傷付いている様子がない。あれは、拳に何かの強化が入っているのか。
その上、
「せいやあ!」
空中で、拳を止められたままの回し蹴り。流石に防ぎ切れないと判断したのか、奴は拳をはじいて跳び下がる。
「ふっ」
一息。距離を開けた奴は、両手の刃物を投げ飛ばす。
「ふはは甘え甘え!」
マノクズコは、飛んで来る刃物を全て殴り落とした。というかやるではないか。マノクズコは只無暗に攻撃している訳では(多分)ない。広いとは言えない部屋の中で、マノクズコは奴を壁の方に追い詰めていっている。
――つまり逃げ道を塞ごうとしているのだ。接近戦に持ち込むとなれば、攻撃の分はマノクズコの方にあると。
「ち――」
奴もそれを察している。接近戦はまずいと。壁を背にして、奴はまた刃物を構える。
それを見て、マノクズコは正拳突きのように、まっすぐに拳を――。
いやそれはまずい。一点に絞った攻撃は。
「ふん」
奴はその拳を避ける。だけでなく、真横に飛び退いた奴はそのまま窓から外に飛び出していった。正拳突きは壁をぶち抜く程の力があったが、その拳が邪魔をして逃げる奴をすぐには追撃出来ない。
「しまっ――」
「追うぞマノクズコ!」
広い場に移動されるのはまずい。町人が多く居る所は、奴にとって人質の塊に過ぎない。一般人に被害が及ぶなど、誰も望まない形の筈。
――奴を除いては。
「サキ!」
ここには居ない、恐らく外で様子を見ている筈のサキを呼び、二人して窓を跳び抜け降りる。あの女ならば、状況を完全に把握して動いてくれる筈。
外に降りると、待っていたのは奴の追撃。降りた途端に刃物が飛んで来て、それをはじき返す。
その間に、サキは宿から出て来ていた。私とマノクズコの向かい。奴を挟む形に。
「奴を逃がすな!」
とにかく今は奴を囲む事。逃げ道をなくして、厄介な事が起こる前に奴を倒す。それしかない。
「……逃げる?」
奴は、刃物とは違う“何か”を右手に持っていて、それをこちらに向ける。
「お前ら相手にか?」
小さな、筒のような物体。それを、“敵”であるこちらに向けるとは――。
それは嫌な予感しかしない。
「避けろエン君!」
サキの大声に、私はその場から跳び退く。
があん!
でかい音が一つして。小さな筒から発射された“何か”が、避けた先の壁に突き刺さる。
「……まさか」
聞いた事がある。射軸の上にある者を、問答無用で倒せる必殺の武器。
――銃。
そんな物騒なものまで持ち出して来るか。本当にこいつ、一人で――。
「――先生!」
中性的な少年の声。その名で私を呼ぶ者は――。
「クオンっ!」
うかつに来てはまずい! 奴との直線状に、私もマノクズコも居ない。サキが近くに居たが、あの武器相手では守る手段は――。
「逃げ――!」
奴が、銃口を向ける。その狙いは、身を守る手のない、クオンに――。
「ひ――」
間に合わん。今駆け込んでいっても、盾にもなる事が出来ない。
があん!
銃が、撃たれた。
クオンが、へたり込む。が、倒れてはいなかった。
その前には、
「……てめえ」
マノクズコが、そこに立っていた。