1 2-17 エクスキューショナー
結局私は、全ての自問に“はい”と自答した。
一番悩んだのは、クオンを危険な場に立ち会わせていいものかと。場合によっては血を見るかも知れない。だがそれも、法術師を目指す者として慣れていて貰わねば困るだろう。それにマノクズコが居るならば、守りは問題はなかろうという結論に至った。
「うん。奴の居場所が解ったよ。覚悟が出来たなら付いて来給え」
と、サキがどんな手段か間者と連絡を取れたらしく。
という事で、サキの先導の元で、標的の潜伏先と思われる場所に。
だが問題は。
「……町中に堂々とか」
そこは本当、町中の寂れた小宿のある所。寂しい所とはいえ、普通の宿を取って、そこに潜んでいるとは。危機意識がないのか、それとも自分が追われる身――犯罪者という自覚がないのかも知れん。
「そう。ワヅチの常識なんて、奴には通じないと思ってくれ給え」
違う考えだからと、見境なく人を殺そうとする奴を野放しには出来ん。理屈も解らんし、理解しようとまでも思わん。
「自然にしていればね。そっちの方が目立たないというのもあるんだよ。それに人に紛れて動く事も出来る」
「だが今回、そいつはまだお尋ね者として公表もされていないのだろう?」
一つの疑問を問う。わざわざ私をぶつけずとも、この辺りには私よりも強い奴は幾らと居る。私は、頑張ったところで端役程度だ。
「民の安全を思えば、さ。捕物となってしまえば、捕まえて銭を得ようと動く連中も居るだろう。だが、奴は強い。殺しを躊躇しないという点でね。そういう事で被害が出る前に押さえておきたい訳なんだよ」
「成程。確かに私向きだ」
私は、“私”であった頃から死の実感がない者だった。死の近くに身を置く事をしながら、それでも淡々と、生き延びる事だけしか考えず、サキの無理難題とも言える依頼をこなして来ただけだ。
死は、考えた事がない。“私の記録”にある、あの時。姉にずたずたに身を裂かれたあの日以外には。
……いや。もしかしたらあの日でさえも――。
「さて行こうか。ああ事前に言っておくが、僕の事は単なる見届け人程度に思ってくれ給え。僕はひ弱い女の子だからさ。対決するとなれば、その殆どは君に任せるよ」
「了解だ。序でに訊いておきたいが、クオンの守り程度ならば任せてもいいか」
ここまで連れて来ている身としてもなんだが、クオン自身はまだ己を守る手段に乏しい。とばっちりを受けて怪我を負ったり、それ以上に殺されてしまう事になってしまっては非常にまずい。いやある意味それも先生の依頼通りとなるのかもだが、私としては大きく責任を感じてしまう。
「うん。まあ無茶をしなければ大丈夫だろうが。君の動き次第だろうね。期待に添えるよう努力はするけれど」
「なら突入する。後ろは任せた」
宿へと入る。相手がどう出るかは解らんが、この時点ではどちらとも只の一般客だ。故に得物を持つ事もしない。
「ようこそ、いらっしゃいました」
入ってすぐ、宿の女将さんと思われる婆さんに話し掛けられる。簡素な着物を着た、しわがれた声をした老婆に出迎えられた。
その老婆に、サキが前に出て、
「失礼。ここで待ち合わせをしている者なのだけど。西方国から来た客を待たせていてね、案内を頼みたいんだが」
まあ嘘も方便と、もっともらしい言葉を吐く。
「西方国のお客様、ですか?」
「ああ。ちょいとした商売の一環と思ってくれ。勿論銭も置いていくが」
「左様ですか。でしたらご案内致しましょう」
懐柔までするか……目的達成の為とはいえ、こうも上手く事を運べるのはある意味怖いわ。
「さあ行くよエン君。今更だが、心構えくらいはしておいてくれ給え」
部屋へと続く廊下にて。女将さんに聞こえない程度の声で、サキから語られる。
「クオン、お前は少し後ろに下がっているといい。巻き込まれたくなければだが」
「あ、はい」
返事と共に、クオンは素直に後ろに下がっていく。まあ最悪でもマノクズコを呼び出せれば安心度も増すのだが。
「お客様、お待ちの方がいらっしゃいましたが」
老婆が部屋に入ろうと、障子に手を掛けた、直後。
「離れろ!」
殺気と共に、長い刃物が障子を突き破って来た。老婆の襟首を引っ掴んで、そこを狙っていた刃物を短刀で受け弾く。それらは力を失う事なく、廊下の壁などいろんな所に突き刺さっていった。
「ひええ――!」
老婆が悲鳴を上げ、腰を抜かしているが、怪我はなさそうだ。それを確認して、破れた障子の向こう、部屋の中を覗き込む。
男が居た。黒い異国の服を纏い、髪は透けるような銀色。そして胸元に十字の装飾がある、若い男だった。
「西方の教えとは物騒だな。いきなり刃物を投げ付けて来るなど」
「……×××――」
謎の言葉――西の国の言葉なのだろうが、勿論そんなものが通じる筈もなく。
「馬鹿者め。郷に入っては郷に従えという言葉を知らんのか。この国の言葉も喋れずに何をしに――」
「異教徒への対処としては充分だ」
喋れるのかい。馬鹿ではないではないか。
「話が通じるなら、聞く耳持って貰えるとありがたいのだがな」
「語るに及ばん。どうせお前は敵だろう」
まあ、仕事的に言うならば確かに敵ではあるが。
「殺し合いまでしたいとは思わんのだよ。物騒な得物も仕舞ってくれるといいんだが」
答えは――、
「死ね」
駄目。成程これでは戦わざるを得ないではないか。
奴が両の手に持つ剣。それがどれ程の脅威か、先程の投てきを見るに、遠距離近距離両用に扱える物と解る。厄介そうな武器だ。
「サキ! 二人を頼む」
すっかり腰を抜かした老婆と、どうしていいか解らない様子のクオン、二人をここに居させるのは非常にまずい。特に老婆は格好の的だ。奴が狙う意味などない、と思うが、逆に狙われたら一巻の終わりだ。折角ここまで長生き出来たのに、理不尽な死に目に合わせる事はない。
「了解するよエン君。流石にこいつは分が悪過ぎる」
という訳で、サキに二人を任せて殺し屋と対する。こちらにあるのは短刀二つと、幾つかの術符。あとは法術。短刀を両手に構え、奴の剣に対抗する。
「――ふっ」
息一つ。足が動いたと見えた次には、瞬間的に私の直前に。
「く――」
キインという音。短刀で、正面に振り下ろされた奴の剣を受け止める。片方だけ。
もう片方は――。
「せいっ!」
下段から、すくい上げる剣げき。それもまた、もう片方の短刀を以て受け止める、が。
「っ!」
奴はそれ以上の追い打ちはせず、距離を離す。
重畳だ。奴が動かなければ、少しは落ち着ける。