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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
七話目 変わるいつも
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1 2-14 力試し

 屋敷を出て茶屋に向かうと、言い付け通り、茶屋の店先の椅子に座り、クオンは待っていた。

「待たせたなクオンよ」

 クオンに話し掛ける。私の声に気付いたクオンは、こちらを向いて「あ、お帰りなさい先生」と頭を下げた。

 クオンの座る長椅子の所には、茶碗や皿など、何か飲み食いした形跡がなかった。本当にここで待っていただけかい。

「なんだ。茶と茶菓子くらい頼んでいれば良かったのに」

 只で店に居ても、店員さんも困るだろうに。商売的な意味で。

「いえ、待っていろと言われたもので。言い付け通りに」

「馬鹿者。店に来ていて何も頼まん奴があるか」

 融通の利かないというか。まさかこうも自分の意思が弱いとは思わなんだ。好きなものを頼んでいろと付け加えて言っておけば良かったのかね。

「金ならある。心配されんでもな」

「でも、勝手にお金を使わせるのも」

「待たせたのは私だ。遠慮などせんでいいぞ」

「あ、いらっしゃいませー」

 その時、店員さんが店の中からのれんをのけて顔を見せに来た。

「ああ丁度いい。いつものものを三人分頼む」

「はーい、毎度ありがとうございますー」

 娘店員さんは、いつも通りの笑顔をして返事をした。

「済まないな。注文が遅れたようで」

「いえいえ。お得意様ですし、少し待つくらいなら構いませんよー」

 出来た子だなあ。接客というものを充分過ぎる程心得ている感じだ。

 店員さんが店中に引っ込む。

 けっけっけ。

 と、どこかから妙な笑い声が。

「おい先生よ。こいつに積極性なんてもんを求めるのが間違ってんだよ」

 突然、クオンの真後ろからマノクズコの姿が現れる。その指摘に、う……と、またへこんでしまうクオン。だがまあマノクズコの言う事は的を射ているのだろうな。何せクオンを一番近くで見続けていた訳だから。

「はっきりと言ってやるな。根っこの性格などそう簡単に変わりはせんよ」

「まだ解ってねえみてえだな。俺はまだこいつを認めてねえんだよ。序でにお前さんもな」

 不満たっぷりな様子でマノクズコが物申す。それはまあそうだろう。私も納得出来る力を見せた事はないしな。

「正論だが手厳しい事を言う。どうすればいいのかね」

「んなの、決まってんだろ?」

 言った直後、マノクズコが突然私の直前に飛び込んで、私の顔面に拳を突き出す。当たる直前で止まったそれを、私は軽く流す。

「へえ――避けねえのか、避けられなかったかどっちだろうな」

「避けるまでもない。そもそも争う理由がなかろう」

「俺にはあんだよ」

 拳を戻し、両腕を前に構える。戦闘狂――とでもいうのか。本当に私と戦うつもりらしい。

「いいよ。少し相手になってやる」

「先生!」

 クオンが、やめろと言わんばかりの大声を私に向ける。

「いいだろう、それが望みだ。手を出せない理由など、纏めてどうでもいいとな」

 そこまでやられるのなら、今この時に反逆してくれた方が安全だ。教え込むとしても、また同じ。

「いいからやらせろクオン」

 小鬼は、クオンの命令には逆らえないようになっている。

 逆に言うなら、命令さえ聞けば、小鬼はその範疇で自由に動けるという事だ。

「じゃ、じゃああんまり怪我させないように……」

「そりゃあ、こいつの腕次第だな!」

 戦闘態勢。マノクズコがまさに飛び掛かって来ようとする。

「お客様方っ」

 その直前、店員さんがのれんをめくって、私達の方を見やる。

「店の近くでの喧嘩は、」

 笑顔のまま、びしっと町の外の方を指差す店員さん。

「迷惑ですので、遠くでお願いしますね」

「お……おう」

 店員さんの迫力に、マノクズコが初めてうろたえたような表情を見せた。うーむ、この店員さん、多分だが怒らせると怖いたちだ。


 ――という訳で、私達は茶店から少し離れた町の外に。万一店に被害を出したりして出入り禁止にされるのも困るしな。

「さって、ちょいと邪魔が入っちまったが――」

 マノクズコが戦闘態勢を取る。本当、力を見せない事には収まりそうにない状況だ。

「相手して貰うぜ先生さんよお」

 まあ、いずれこうなる事は予想出来ていたが。どう見ても好戦的っぽいんだものこの小鬼。

 マノクズコが突っ込んで来る。接近戦を好んでやるようだが、わざわざ相手の優位な距離に入り込む事などない。こちらにはまともな得物があるにはあるが、それでは単なる殴り合いと変わらん距離だ。

 という事で、正拳の形で殴り掛かって来るその拳を宙で受け止め、その勢いも利用して更に後ろへと跳ぶ。

「ちっ」

 マノクズコは何度も拳を繰り出すが、同じ事。殴る衝撃を受け止め利用して、何度も私は後ろに跳ぶ。

「けっ、ちょこまかとうっとうしい事を」

 だろうな。私も馬鹿正直に真ん前から戦おうなどとは思わん。そういうつもりで挑むならば、間違いなく相手の方が上手に決まっている。故に直線的でなく、変則的に。

「あー! もうクソうぜえ!」

 同じ事を繰り返した末、マノクズコは癇癪に近い状態に陥っている。それもそう。まだ私の方からは何も仕掛ける事をしていないのだから。

「だったらこっから、ぶっ飛ばしてやらあっ!」

 攻撃を切り替えるか。恐らく手の届かない中距離から仕掛けるのに決まっている。

 だがそれも思うつぼ。私だって法術師。中距離遠距離戦だとしても心得はある。

 マノクズコの手のひらに、妙な光が集まっていく。

 恐らくそれは妖気の塊。妖塊ようかいという力だ。

「おらあっ!」

 その妖塊を持った腕を振り被って、こちらに向かってぶん投げる。あれは直撃すれば、生き物を大きく疲れさせるという性質を持っている。疲れるだけ――と侮る事は出来ない。かつて妖怪は、この力を以て人間を動けなくさせて、喰らっていたという話も聞いた事がある。

 故に、あれに当たる訳にはいかない。疲れて動けなくなれば、当然相手の好きにされてしまう。対処は、避けるか止めるか。

 どちらでも良かった。左手に術力を込めて、

「術塊、実行」

 私の必殺、二言単位という短い時間での法術発現。それを以て――。

 対処は、両方。マノクズコの妖塊を横に跳び避けて、術力の塊を生成、ぶん投げる。

「へっ、そんなもん」

 向こうも、私の攻撃を軽く避けようとする、が。

「爆散っ」

 マノクズコに最も近くまで行ったその時に、術塊を爆発させる。

「ちっ、こんな小細工!」

 巻き込まれたとはいえ、大した痛手とはなってはいない。そう見える。

 だがそれでいい。一瞬でも、マノクズコの目を眩ます事は出来た。

 あとは――。

「遅いな」

 急速接近。マノクズコの目の前にまで跳び込んで、左手でその頭を掴む。

「て、てめ――」

 それだけだ。だがそれだけで、もうマノクズコの勝ちの目は消えた。

「しばらく、黙っていろ」

 触れている手から鬼に直接、音の波をお見舞いする。

 如何に鬼と言えども、頭に直接響く程の大音量を叩き込まれては、堪った事でなく、

 ――びくん。

 一度跳ねて、そのまま身が崩れ落ちた。

こわい鬼も、頭を揺らせば形なしか」

「マノクズコっ」

 意識の飛んだマノクズコに、クオンが駆け寄る。

「案ずるな。少し頭に衝撃を与えただけだ」

 だがしばらくは昏倒状態に変わりあるまい。

「大丈夫、なんですか」

「模擬戦のようなものだ。傷を付けるような事はしていないぞ」

「う、うおお……」

 思ったよりも早く、マノクズコの意識が戻ったらしい。とはいえ立ち上がっても、足はふらふらで、すぐに戦う事は無理だろう。

「油断した、などと言ってくれるなよ。力は見せてやったからな」

「……ちっくしょうめ」

 頭を振り、悪態付くが、まだ満足に動ける状態でないものは見れば解った。

「さて、一応物言いがあれば聞いてやるが。何事かあるかね」

「あー、解ったよねえよんなもん」

 座り込んだまま、マノクズコは仰向けに大の字になるように後ろに身を倒す。

「それは重畳。ゆっくり休むがいい」

「クソが……」

 悪態付くが、体は正直だ。自力で満足に動ける状態には、少し時間が掛かろう。

 それを支えたのは、クオンだ。自分に牙を剥こうとしている相手を、介抱しようとしている。

「まったく無茶をする。取り敢えず帰るぞクオンよ。マノクズコの方は自分の中に引っ込ませておくといい」

「あ……はい……」

 召喚術の基礎。己の領域に召喚対象を仕舞い込む――そんな事も出来るならば、素質的に充分であると思うがな。




 それから一刻半程掛けて、

「ふう……」

 住まう小屋にまで帰って来る。流石に歩き疲れが来てすぐに私は寝床に向かう。寝台に腰を下ろし、そしてクオンに向き合う。

「流石に歩き疲れただろう、クオンよ」

「はい……そこそこには」

「正直で結構。疲れているところ悪いが、もう一働き、夕餉の準備をしてくれんか。簡単なものでいいからな」

「あ、はい。何を作れば?」

「それは材料を見て、好きに決めてくれ。では、その間私は少し篭るとするかね」

 小屋に着くなりだが、私はやるべき事をやらせて貰おう。出来るうち、覚えているうちに符を作る。でなくば今日の小放浪の意味がない。

「何をするんです先生?」

「朝に言っただろう。君に必要なものを作るだけだ」

 法術を満足には使えない筈のこの子に、すべを与える。これも依頼の一つになりうるからな。今回外に出た目的はそれだ。

「ああそう、マノクズコの方は回復しているかね」

 ふと気になった事を訊く。

「幾らかは。呼びましょうか」

「いや構わんよ。どれ程の状態か、把握しておきたかっただけでな」

「――へっ。俺様なら万全だぜ」

 唐突な声。この場に三人目、マノクズコの姿が現れる。

「俺を呼んだって事は、やり合う覚悟があるって事だろ?」

「元気そうで何より。だがクオンの方に疲れが来ている様子だが」

「へっ。“ご主人様”がどうなろうが知ったこっちゃねえな。邪魔がなけりゃあ俺が自由に出来るってこった」

「そうはいかん。クオンとの繋がりが解っていないのだから、お前に不調があったら主人ももろに影響を受けるかも知れん故な。お前も休め」

「そればっかりかてめ。いい加減な事ぬかしやがって」

「契約とはそういうものだよ。やった事がない故何も知らないのは事実だが、下手にいじってややこしくはしたくないだろう? 現状より悪くなる事を望むか?」

 ちっ……と鬼女は舌打ちをして。

「てめえの為じゃねえぞ。俺の為なんだからな」

 そんな事をクオンに言って、マノクズコは不貞寝するみたいに寝転んだ。

「まったく、頑固な子だな」

 大人しくしてくれるのならばありがたい事だが。だがこれで、

「さて、それぞれやる事が出来ただろう。動いていこうではないか」

「あ、はい先生」

 私は術符作り。クオンは夕餉の支度と。

 ああ今日もまた、変な日になったものだな。面白いかどうかは――私にはよく解らん事だが。

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