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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
七話目 変わるいつも
113/287

1 2-12 クオンと寺院と

 朝餉を終え、使った椀を洗い片付け、私達は町に出て行く準備をした。

「今日は昨日以上に歩き回るかもだが、いいかね」

 クオンにそう断りを入れておいて、

「あ、はい」

 クオンはそう返事をする。まあこの子、言われた事に否定をするという事がないのではないかと。

 という事で、昨日に続き森の中を歩いていく。マノクズコは「めんどくせえ」と言ってクオンの領域にさっさと引っ込んでしまった。まあ、今日のところは突然絡んで来る妖精などもおらず、何事もなく中継地点である村へと到着した。そこで少し休憩をして、更に倍近い道を進んで目的の町に。

「さてここからが本番な訳だがね」

「本番?」

 流石に歩き疲れの見えるクオンが、私の言葉に首を傾げ訊き返す。

「先生を探すのが面倒という事だ」

 クオンと共に先生のお屋敷に行くその前に、寺院の方に足を運んでいる。屋敷と寺院、どちらに今先生が居るのかが解らないからだ。

 故に手近な所から確認しに行く。至極合理的な話だろう。

「……ここに寄るのも久しいものか」

 ツクミヨと呼ばれる町、そこにある寺院の支部。ここに最後に入ったのは一年程も前の事か。門を守っていた守人が一年前と違う顔だったのも少し戸惑ったが、まあ人の仕事の事にまで突っ込む事はない。世代交代が早かったのだろう。

 ここには私はすんなりと入る事が出来る。先生から貰った、“風位”の弟子という証を持っているからだ。それは法術師としての証明でもあり、それ故に私はこの場を堂々と歩ける。ここでの自由をある程度保障されている訳で、それはつまり私の本来の所属もここという事になる。以前行った事のある別の寺院の支部では、結構なややこしいやり取りをさせられた。違う町だから情報が届いていなかったのだろう。

「リーレイア先生は居るんでしょうか」

「さてね。工房まで行けば解る事だが」

 記録として憶えている先生の工房へ行く。

 道筋は頭の中に入っている。ここに所属している法術師の工房が並んでいる廊下の、最奥にある戸。そこに至るまでの廊下は静かで、どこの戸からも物音一つ聞こえやしない。人が居るのかどうかも解らない状況。

 それもそう。工房とは法術師にとっての絶対領域だ。情報は手厚く守られ、安全も保障されている。

“ここいらは機密事項の集まりだ。変に他の工房を覗くなよ。攻撃されるぞ”

 昔あの時、先生が言っていた言葉を思い出す。

 術師の情報の塊であるが故、うかつに入ったりすると敵とみなされて攻撃されたり防衛機能が働いたりするらしい。うかつに入った事はないから、実際何が起きるかは知らないが。

 そうして、寄り道せずに先生の工房の前に着く。その戸に手を掛けて引く――だが、戸は固く閉ざされていて動く事はなかった。

 先生は、この工房に居る限り鍵は掛けない。留守を任せる弟子が居ても同じ事。クオンという弟子を私に預けた以上、先生の元に居る弟子は今はもう居ない筈だ。つまり今この工房の中には誰も居ないという事になる。

 むう、あてが外れたか。

「どうやらここには居ないらしいな」

 ならば先生は屋敷の方かね。選択肢の片方を外してしまった。

 という訳で、ここには用はなくなった。だが、来てすぐに出て行くというのも何やら面白味がない。

「折角だ。少しここを見て回るか」

 それはクオンの為――と言うよりは私の為だ。久しぶりの寺院の中を、今ある“記録”と照らし合わせながら回っていく。記録に間違いがない事を、自身ではっきりと認識出来るように。

 工房の入口から、廊下を歩いていく。工房の集まる場を抜け脇道を進むと、日の当たる場所に出て来た。通路の外側は少し開けた空間になっている。

 日の差し込む場――あの中庭も、記憶の通りにちゃんとある。懐かしいな。あの頃私はよくここで昼寝をしていて、通り掛かった他の見習い達に笑われたりしながら、空の向こうを見ていた。

 そんな私に近付いて来たのは、知っている限り二人だけ。名前は――すぐには出て来なかったが、それも大切な仲間だったという事は憶えている。

 ポンコツ頭だ。大切な名前くらいすぐに出て来てくれないものかね。

 などと思いながら、廊下を歩んでいく。私の領域だった所、それもすぐに見えなくなる。

 そして廊下の曲がり角、隅の方に小さく絵が張ってあった。

 ――銀の魔女の絵。

 見覚えのある、少女の姿。一年見ない間によくもまあ……こう大層な姿を残せたものだ。

「先生、この絵は?」

 絵の前で立ち止まって、それをまじまじと見ている私に、クオンが問うて来る。

「銀の魔女の絵。見たままだな。君と同じく魔法を操れるとされた法術師を残しているのだよ」

「魔女……法術師ですか」

「そうさ。この寺院には、君と同じく“謎の力”を持った魔法使いが居たとされていた。それを先生が預かっていたのだよ」

 これはその姿を残したもの。かつて同じ師の元で法術を学んだ、先輩のものだ。

「丁度いい。一つ昔語りをしてやろうかね」




 今から、少しばかり前の事。私がまだ法術師の見習いとして寺院に通っていた頃の事。

 この寺院に、彼女は在籍していた。

 短い銀の髪の、物静かな、青いまなこの奥に、何か説明の出来ない不思議なものがあったという彼女。


 彼女は法術師としてここに居た。しかし彼女は、それとは違う力を持っていた。

 その力は、魔法と呼ばれた。

 法術とは理。魔術とは異端。

 魔法とは、現すすべのない不可解な異能だとされていた。

 それを現わした彼女は、魔法使いと呼ばれていた。羨まれ、恐れられた。寺院の見習いや、他の師にまでも。

 気付けば彼女は、同じく偏屈者として有名だったリーレイア・クアウルの元に居させられた。私と知り合ったのはその頃の話。床の上に座り込んで、いつも静かに本を読んでいた。誰とも深く関わる事のないままに。人を避けていたのか、それとも人に興味がなかったのか、それも解らない事だった。


 在籍してから三年後、法術師となった彼女は、突如としてどこかへと消えた。

 法を重んじる寺院に、魔法という不可解な事象を記録して。


 今では、只語られる。

 異端として、その名も残される事のなかった彼女。

 この寺院には、見る者を震え上がらせる、

 銀の魔法使いが居たのだと。


「……銀の魔法使い……」

 語り終え、じっと話を聞いていたクオンが小さく呟いた。

「そう。私はそいつと共に学んでいたものだ。私も法術師としての資格は得られたが、あの少女には及ばないものと、常々思っていたよ」

 そう。私は今になっても、あいつには勝てないものと思っている。法術師としての資格云々としては同種だと思っているが、魔法という異な力を持つ彼女には、何をどうしても及ばないものだと。

 それが、なんの皮肉か私の弟子が魔法使いとはな。先生ではないが、どうして私にはそうした魔法使い(特別なもの)なんてものに関わりが出来るのかね。

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