1 2-11 生真面目
クオンがここに来て二度目の朝。今日もまた、寝床に日差しが差し込む頃に目が覚めた。
「ううむ……今日もまた清々しいな」
小窓からの日の光を見ながら、独り言を。一応、私は師という立場なのだから、弟子の模範とならねばいかんのだ。
「なあクオ――んあ?」
小屋の中に、クオンの姿がない。
どこに行ったか――まあ考えるまでもなく外なのだろうが。
「クオン?」
戸を開けて、呼び掛ける。
「あ、先生。おはようございます」
クオンの声が。小屋から出て裏側に行くと、川辺の所で何やらいい匂いのする、飯の準備を。
私よりも先に。模範とは一体……。
「作ってくれていたのか」
「はい」
しかもまあ、器を覗き見てみると、昨日の私の飯よりも美味そうな食い物がそこに。具体的には肉の塊と汁物。焼いた肉は恐らくマノクズコ用で、私達は消化の良さそうな汁物という具合か。
「わざわざ手間を掛けずとも。飯くらい作るぞ」
「いえ、教えて貰っている訳ですし。これくらいしかお返し出来る事は」
……師としての威厳とは。
「へっ。先生さんよお。クオンの生真面目っぷりを舐めてたみてえだな」
クオンの後ろで、草の上に肩肘付いて寝転がっているマノクズコが居る。薄ら笑いを私に向けて、クオンのさまを茶化していた。
「君も手伝ってくれたらいいのに。一応お世話になってるんだから」
「それはお前が勝手にやってる事だろ。俺には一切関係ねえよってな」
大あくびを一つ。使役状態と比べて自由過ぎるなこいつ。
「はたから見ると、君も使役されているとは思えんな」
「そりゃそうだろうよ。のんびりしてんのも命令じゃねえしな」
「命令される事には制約があると?」
「ああ、なんでかクオンの“命令”には逆らえねえように出来てんだよ俺は」
命令には逆らえない……。
「ならば手伝えと言ってはどうだ? 今ならもれなく命令し放題だろう」
汁物の火加減を見ていたクオンに、そう提言してみる。
「それは――」
「こいつは馬鹿真面目だからな。俺に“命令”なんてもんはあんましたくねえんだとよ」
「なぜだ。使役は成功しているだろう。本来どんな無茶でも聞かせられるだろうに」
「……だって、“命令”なんて強制的な事、かわいそうじゃないですか」
ああ、なんとなくそんな事を言いそうな感じはしていた。この子は多分、争いとかには向いていない。
「おいてめ、俺様に向かってかわいそうだ?」
その言葉に、マノクズコが噛み付いた。怒りの形相が少し、顔に出ている。
「二度と言うんじゃねえよんな事。虫唾が走るんだよ」
だが使役の効果か、反抗出来るのは言葉くらいでのものしかないらしい。
「う……」
気落ちするクオン。まあ精神的にも脆い所があるっぽいしなあ。
「どうあれ、てめえは俺を使役したんだろうが。なのに憐れむとか舐めてんじゃねえぞ」
うむマノクズコの気持ちも解る。本来、召喚したものを使役するとなれば、自分がそいつよりも強い事を証明しなければならん筈なのだ。
弱きが強きを使役するなど、召喚対象としては至極屈辱な事なんだろうて。
「うむ、気になるというのならば、君は己を磨く事だな。君自身が強くなれば、こうして叱られる事もないだろう」
「うっせえ。だから俺はこいつを認めてねえんだよ」
認めてはいずとも、使役を受け入れるしかないと。それはいらつくのも当然という事か。
「実力があるんならともかく、ない奴に使役されてるんだぜ? 気持ちのいいもんと思うか?」
「私ならば絶対反逆しているだろうねそれは」
「だろ? それが今の俺なんだよ」
成程愚問だったな。
「だが制約がある故、今は大人しくしているしかないと」
「まあでもそれも完璧じゃねえ。見立てだけどな。異様に疲れるくらい力込めりゃあクオンだってぶっ倒せるぜ?」
つまり、百の度合い、完全には制御出来ていないという事か? 故に強制使役も、マノクズコが本気で破ろうとしたならば逆らえる可能性もあるのだと。
……あり得る。が、そんな事絶対に言えんがな。成功したとしても代償がでかそうだ。
「だが今はその時ではないな。お互いにとって平和的解決でなければ私が困る」
先生からの依頼という意味でな。今こいつらは魔法的な力でくっ付いている訳なのだから、やはり解除も魔法的な力を使うしかないんだと。
「平和的ねえ。てめえらの体裁なんぞ俺には関係ねえんだがな」
とことん反抗的な奴だなあ。性格的に、契約解除となった途端、クオンに襲い掛かる可能性もなきにしもあらずだと思われ。
うむそうなると気分が悪い。仮にもクオンは私の弟子となったのだから。
「協力しろとは言わんよ。そこまで指示を受けた訳ではないからな。だが協力をくれた方が、仕事も解放も早く済む」
「うるせえよ。俺様に指図すんじゃねえ」
面倒くさいたちだな。人に従うという事が本当嫌なんだろう。
「……先生から聞いただろうが、お前が暴れたとしても損しかないぞ。仮にそれでクオンを殺したとしても、お前とどんな繋がりがあるのか解っていない以上、それは自殺行為だ。最悪、お前の命を使ってクオンだけ復活、なんて事もあり得ない事ではないな。
私に向けられてもそうだ。仮に素直に殺されたとして、そのあとどうする。お前とクオンを引き離すすべを与えられる者が居なくなる。完全に、とは言わないが、望みが遠ざかるのは間違いなかろう。仮にそれが解決しても、私には先生が居る。その先生の怒りを買うとは、思わないか?」
まあ先生のくだりは完全にはったりなのだが。あの先生が私の仇を取りに動いてくれるとは到底思えんし。
「そりゃあ、なあ。あいつはそこそこ強えたちだ」
「おや先生への評価は高いのだな」
「相手の強さくらいは解るんだよ。あいつはやべえ、それくらいはな」
強さへの嗅覚か。先生の強さの底が知れないという事は同意だがな。
「あの、二人共、朝餉が出来ましたよ」
先程から漂って来たいい匂い。クオンの作った料理が完成したという事だ。
「おう、とっとと食わせろ。只働きなんてご免だからな」
マノクズコが焼かれた肉の塊に手を伸ばす。素手で。
「本当にまあ……」
クオンの呆れる声。それをよそに、私達は椀に入った汁物を頂く。
……とろみの付いたそれは甘味があり、普通に美味い汁物だった。この子、術師などやっているよりも、料理屋などやっている方が向いているのではないかと。