1 2-10 みんなでご飯
昼頃。小屋にまで着いて、食材を中に置く。買い込んだ食べ物は二人分と、もう一人分が何日か。それを使い早速小屋の外で料理の準備を始める。
料理をする為には火を使う。私自身、炎を現わす法術は得意ではないが、火種を作る程度の事は出来る。
故に、肉を焼く、魚を焼く程度ならば問題もない。鍋があるから米だって炊ける。食材さえあれば、ここで料理をする事に問題となる事はない。
火を使うのは、小屋の裏側にある小川の傍と決めている。火事になる程の大きな炎を現わす事は出来ないが、万一火種が何かに燃え移ってもすぐに消せるようにする為だ。
勿論そんな危険な事になった事はない。だが、何事も用心は必要な事。
小さな鉄の器に、食材を次々と入れる。
「なにぶん一人で居た時間が長かったからなあ。料理も雑になるが、勘弁してくれ」
「いえ、食べられるだけでも僕は」
謙虚な子だねまったく。その性格、自分の中に居る奴にも少し分けてやれればいいというのに。
ともかく、材料を器にぶち込んで、味付けをきちんとして、そして出来上がったのは雑多な焼き物。それと白米。
「頂きます」
肉や魚も元は命。自然の恵みをありがたく頂かない事には、私達がなんの為に生きているのかと。
「……頂きます」
クオンも、私に続いて感謝の意を。
「どうかね。味の保証はしかねるが」
「いえ、大丈夫です。ご飯があれば」
まあ余程の不味いものが出て来ない限り、白米があれば大抵なんとかなるものだが。料理と呼ぶのも大雑把なものだが、食べられないようなものではない様子で。
「へっ。まあまあいけるじゃねえか」
いつの間にかクオンの後ろで、肉の塊にがぶがぶとかぶり付いている小鬼が居る。
「行儀悪いよマノクズコ」
「うっせえよ。俺は人間じゃねえってな。そんな縛りなんぞ関係ねえんだよ」
言いながらも肉を食い続ける小鬼。まあ、味に文句を言わずに食っているだけいいものとは思うが。
そして食後。この時間はいつも煎茶を飲む時間と決めている。私は寝台の所に腰掛けて、温かい湯呑を手に持っている。
ずずっと、それに入った茶をすすって、
「はふう……」
この一息吐く時間が、一日の数少ない楽しみだ。
「はあ……」
小屋の真ん中、木で出来た卓の置いてある所に座るクオンの方にも、煎茶の入った湯呑を渡している。ふうふうと息を吹き掛けてから飲んでいたが、猫舌なのかね。
「ここの茶葉は気に入っていてな。なかなかいける味と思うが、どうかね」
「あ、はい美味しいです」
「世辞だとしても嬉しいものだろうよ。今度あの茶屋の店員に言ってやるといい」
そうしてまた、茶をすする。体が暖かく、まったりとする。
「――ところで」
「あ、はい」
「君の使役、先程見せて貰ったが、本当に意図せず契約が出来たのか?」
召喚術。それ自体は珍しいものという事でもないのだが、明らかにあの小鬼はクオンの能力を超えている。つまり小鬼はクオンよりも格上なのだという事になる。
「……解りません。よく憶えてなくて。気付いたらこんな事に」
それもそう――そんな妖怪が、呼び出した者に素直に従う筈がない。呼び出された者の気性にもよるが、あの小鬼ならばまず間違いなくクオンを襲う筈。
だがあの妖精との戦いの時、マノクズコはクオンの命令を完全に聞いていた。
つまりはその力、完全にマノクズコを縛っているという事になる。強制使役という能力、それに間違いがないという事だ。
……マノクズコの方は気に入らない様子であったがな。まあそれも当然か。どちら共望んだ契約とは違うのだろうから。
「まあ、なってしまったものは詮無い事だ。契約を解除出来るかは解らんが、それまでは仲良くやっていかねばな」
「うっせえよ。俺はまだ納得してねえんだからよ」
引っ込んでいたマノクズコが、突然クオンの背後に現れる。様子を見るに、クオンの中と外の領域を行き来出来る程度の権限はあるらしい。序でに、外の様子もある程度解っていると見るべきか。でなくば私達の会話を聞いて、文句を言う事もあるまいし。
「君にも一応聞いておくが、何故に契約が出来たのだろうね」
「知らね。なんか光ったと思ったら、こんな事になってた」
「クオンから離れる事も出来んのか? 召喚術には疎いもの故、よくは解らんのだが」
「離れ続けるってのは無理だな。術力供給がどうとか、あの先生は言ってたけどな」
むう、流石は魔法。本人達にも詳しい理屈は解っていないらしい。
だがこれで解決しろと? 無理だ。情報が全然足りていない。本人達が解っていない事を、私がどうこう出来る訳もない。
ならばどうするか。先生が言っていた、もう一つの解決方法――すなわちクオン自身の成長を促すしか方法はなかろう。要するにクオンがマノクズコ並以上に強ければ問題はないのだから。問題は、それを成す手段。クオンには法術を操る適正――その四つの中の一つである創造力が欠けているという事か。
つまりは通常の手順で法術の発現は無理だと。それはどうしたものかね。使って貰う為には符術による意味付けを用いて、無理やりに発現の感覚を学んで貰うしかないか。
「……術符か」
残念ながら、ここでそれを作るすべがない。知識と材料と、機材の不足。これを解決させるには先生の工房を間借りさせて貰うくらいしかないな。
「術符?」
隣に居るクオンが、首をかしげて問う。
「君の成長に必要なものだよ」
果たして先生が首を縦に振ってくれるかは解らんが。だがそもそもこの話の依頼人なのだから、それくらいの協力はしてくれる責務があろう。
まあ、今日はクオンには勉強を課して、明日だな。
「取り敢えず君は勉強からだ。簡単な書物ならあるからな」
早ければ明日にでも、クオンは術が使えるだろう。勿論、それが根本的解決にはならんとは思うが。
今は、私が出来うる事をやってやる。それだけしか出来んな。
私の部屋、寝台の下を漁る。どこかにはあった筈だ。やましい物――とかいう定番でなく、ちゃんとした法術書など。
「ここいらにあった筈だが……」
と、手がそれらしき本に行き付く。
「あった」
それを見付け抜き出す。数少ない、私の所持している貴重な一品だ。結構な分厚さのある、だが見た目は簡素な本。そう大仰な事が書いてある訳ではないが、術式の解説など、基本から応用までこれ一つで事足りる。
「取り敢えずはこれの熟読かね。内容を頭に叩き込んで、明日には実践出来るようにするといい」
書を手渡す。簡単な意味付けなどの理屈が解ったならば、法術を扱う事に問題はなかろう。素質が一つ欠けているのも――まあそれはそれで抜け道はあるんだがな。
「明日までに、ですか?」
「うむ。だが問題なかろう? あの先生の元に居た君ならばな」
先生も、完全に無意味だという事には手は出さないたちだ。
使役という魔法の使えるこの子に、なんらかの資質を見出したとしても、不思議な事ではないのだろう。