1 2-9 マノクズコ
などと考えながらも、私達は歩を進める。森の中、もうすぐ小屋にまで着くという所。
「あー! そこのにんげんー!」
見覚えと聞き覚えのある、妖精の姿と声が。
……そう。あのお馬鹿な妖精が気が付いて、ひっそりと待ち伏せしているという可能性も考えていた。思った通りの展開となっているが、本当計算通りにいくとはな。
「さっきはよくもやってくれたなー! ぎゃくしゅうじゃー!」
阿呆らしいなあ。実力の差を察せられないのかね。……察せられていたならば逆襲など考えないか。
「丁度いいなクオンよ。役目を果たす時だ」
「や、役目ですか」
「そうだ。実際に私が襲われようとしている。さあ護衛の任務、果たして貰おうではないか」
「でも、どうやって。僕には何も――」
「何を言う。君に力がなくとも、君は力を呼び寄せる事が出来るだろう?」
それは、クオンが得る事になった力。契約してしまった小鬼が、果たして本当にクオンの力となってくれるのかどうか。
「見せて貰おうか。使役の魔法を」
恐らくは、クオンよりも強い力を持っている筈の小鬼。それを使役したという能力が、本当に機能しているのか。それを私は確かめようとしている。その為に私の荷物を多くした――というのはあと付けの理由だが。
「……」
少しの間をおいて、クオンが一歩前に。己の能力を発現させようとしているのだ。
「なあに? あんたが相手になるっての?」
能力発現の間に、妖精の茶々入れが。
「あっはは! こんな人間いちげきひっさつよ!」
妖精が、少し宙に浮かぶ形となって飛んで来る。右の拳を振り被って――、
「――出て。マノクズコ」
クオンが、恐らくは己の領域から契約者を呼び出す。クオンの前に現れた、形のある者は、褐色の肌に、額から角を生やしている、小鬼――。胸元はサラシを巻いていて、下には袴をはいている。見てくれは女と見える妖怪だ。
その妖怪が、クオンの目の前にまで迫った妖精の拳を、片手でがしっと受け止める。
「な、なにいっ」
「ほう」
妖精の驚愕。そして私も思わず感嘆の声が漏れた。
私とて法術師。この目で確認出来るものしか、基本的に信用はしない。
――だからだ。クオンの呼び掛けに応じて現れたマノクズコが、文句の一つも言わずにクオンの前に立ち塞がる妖精に対している。それを確認して、ああやはりこれは本物なのかと。
「行って」
普段の様子なら、「俺に指図すんな」なんて言いそうだったマノクズコが、その手に妖気の塊――妖塊を宿らせて、妖精に向かって走る。
「え、ちょ、三対一とか――」
急に狼狽する妖精。だが違うなあ。私は大荷物を持っているし、クオンは指示を出すだけ。つまりは一対一でしかない。――まあ、いざという時には荷物を置けばいい話なのだが。それも敢えて口にする事はない。
マノクズコが拳を振り被る。妖精は何度か身を引くが、それも追い付かず、マノクズコの右拳が妖精を捉える。
「く――」
妖精が、腕を眼前に、守りの姿勢を見せるが。
守るなど、意味がない。妖塊とは直接触れた時点で、その効力を発揮する。
つまり、腕で守ったところで、その身に当たればとても疲れる。同種の力で打ち消しでも出来れば別なのだろうが。そもそも妖精と妖怪の操る力は根本別物だから。
「うぎゅう……」
妖精の体に、疲れが溜まっていく。
それを見ていて、マノクズコは左の拳で殴り掛かる。
「ぐやあ……」
それは防いだものの、やがて疲れ過ぎた妖精が、膝を付き、前のめりに倒れ伏す。
気絶している妖精。その目の前に居るマノクズコが、足を上げ踏み潰そうと――。
「待って!」
クオンがそれを制止する。振り下ろされんとしたマノクズコの足が、妖精の背、その直前で止まる。
「……なんで止めんだよ」
不満そうな、マノクズコの声がクオンに向けられる。
「もう充分だからだよ」
クオンの落ち着いた言い分に、マノクズコはゆっくりと足を戻す。あいつの性格的に、本気でとどめを刺そうとしていたのだろう。だが、マノクズコはクオンの命令には逆らわなかった。
「けっ、甘ちゃんが」
……文句は言っていたが。
――成程。確かにこれは召喚、そして使役だ。マノクズコは、クオンの指示には逆らえないように出来ている。それを明らかに上位の妖怪に現わしているそれは、完全に魔法の域にあるものと言えようか。こんなもの、術として再現性があったとしたらたまったものではないぞ。
クオンが妖精の元に駆け寄る。怪我などしてはいないだろうか、という事なのだろうが、そもそも妖精には怪我とか血が出るとか、そういう概念がなかったりする訳で。
なぜかというと、妖精は通常の生物とは在り方が異なる。自然の中に生きて、自然から得られるもので自己完結させてしまえるのだ。例えば植物を切っても血を流さないように、同じような在り方が妖精にも当てはまる。
「大丈夫ですか? この子」
クオンが不安そうな顔を私に向ける。
「まあ、大丈夫でなければとっくに消えているだろうね」
クオンの心配を払拭する。意味合いは少し違うが、妖精は意外と頑丈なのだ。
「妖精とは自然物に等しい。この子が森の中で生じたのなら、この森がある限り消える事もなかろうよ」
「それって、つまり死なないって事ですか?」
「いいや? 妖精にも寿命はあるし、死ぬ時は死ぬさ。只その概念が、通常の生き物とは違っている、そのくらいの事だよ」
そう、こんななりでも死ぬ時は死ぬ。概念的に例えるならば、同じ自然物に属する大木を破壊したり押し倒したりする程の力が加われば、こいつを殺すくらいの事は出来よう。だから、クオンがマノクズコを止めたのは正しい判断だったという事だ。
「それよりも、とっとと帰ろうか。食べ物の匂いに釣られて、もっと厄介なものが現れてはたまらん」
「あ、はい」
私達は急ぎ、小屋の場に向かう。使役の成果についてはよく解った。その理屈まではさっぱり解らなかったのだがな。