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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
一話目 一色世界
11/287

1 1-8 人類の脅威

 ――端的に結果を述べよう。

 私達がその場に向かった時、連中は罠には掛かっていなかった。

 その代わりに、連中が悲鳴を上げた原因とは。

 ……第三の脅威が、その場に現れたが故だったのだ。


 間近の草むらに身を潜め、様子を窺う。

「あいつは……」

 全身が黒ずんだ、理性の欠片もなさそうな人型が立っていた。

 蟲憑き。狂気病となった、恐らく元人間が。

 ……しかし、こんな短い間に二度も遭遇するものかね。何かが、動いているのかも知れんというか――まあ考えるのはあとだ。

 取り敢えずは状況確認。草むらの奥から、見える範囲の“今”を探る。

 どうやら一人、倒れている。立っているごろつきは二人だけ。丸刈りの奴と、外法を使って来た覆面男が、怯えた様子で人型の狂気病の前に突っ立っていた。

「ちょっと、あれ大丈夫なの?」

 キセクラがいつの間にか後ろに居て、小声で訊いて来る。

 が、こんな状況、今すぐ的確に答えられる言葉がない。

「――走るぞ」

 呟く。キセクラにしか聞こえない程の声で。

「えっ?」

「とにかく逃げる!」

 その言葉に、全員が私達に気付く。が、構っていられない。

“振動”“実行”。

 音の波――振動そのものを只放つ。

 ほぼ時間を要しない、二言単位の単純な詠唱――これ自体は必殺ではないが、この法術が私の奥の手だったりする。

 それで充分。逃げるだけなら。

 空気の振動が連中の行動――主に反応時間を奪い、

 共に、人型の狂気病も動く。一番近い獲物――ごろつき共を標的にして。

「う、うわあ!」

 逃げようとして、すっ転ぶ二人のごろつき。

 ああもうこんな時まで馬鹿なのか。まあいい事だが。

 振動がぴったり、狂気病に対してぶち当たる。びくん、と体を痙攣させて、足をもつれさせて倒れ込んだ。

 今だ。私達以外の全てが動けない今こそ、逃げる機会に他ならない。奴を死なせた訳ではないもの。

「行くぞ」

 キセクラの手を掴み、その場から離れる。

「ちょっ、あいつらは?」

「構っていられん」

 最低限の援護はしてやった。それで奴らが逃げ切れるかどうかまでは知らん。

 そうして走る最中の、草むらの中に二人逃げ込む。

 ……こうして引っ込むのは、今日で何度目だろうね。だが取り敢えず、誰かが追って来る気配はない。

 だが、今ここに予想外の脅威が現れた事実はどうしたものか。

 確かに、私は“あれ”に対する者としては特化している。

 そして多分、今ここであれを倒さない限りは犠牲者は増えるのだろう。

 つまり、今この場においては私が動く以外にない。酷い話だなまったく。

「……ねえ、あんた」

「んあ?」

 キセクラが神妙な顔をして訊いて来るが、

「さっきの全身黒かった奴ってあれ、狂気病っての?」

 若干声が震えて聞こえたが……まあそうか。

「うむ、よく知っているではないか」

 キセクラの身が強張る様子が見えた。当然か。あれは接触されれば感染してしまうのだから。

 そして感染したならどうなるのか。見た感じだと、人としての理性は完全に消えているようだが。

「ごろつき共も一人触られたらしいな。程なく変貌をする事だろう」

「ちょっと、それってどうするの。ほっとく訳にも――」

 言いたい事は解る。だが、私の思っている事とは少し違う。

「なんとかなるだろう。いいから大人しく聞け」

 取り敢えず現状、こいつをなだめる事、そして少し遠ざけておく事が優先か。

「あれは気や武術でどうにか出来る相手ではない。触れてしまってはお仕舞いなのだからな」

「うん……」

「だからだ、ここは一応は法術師である私に任せるがいい。その間にお前は町まで行って、事の次第を役人や寺院に報告しに行くんだ。私があいつを仕留め損なった時の為にな」

 まあ、仕留め損なう筈はないのだが。私がまともに対する限りは。

「……それって、大丈夫なの?」

 キセクラが不安そうな顔を見せるが、

「うむ、信じろ」

 現状こうするしかあるまい。……それにこいつの前で、狂気病と立ち回りをするというのも少し困る事になろうしな。


 キセクラが町の方に行ったのを見届けて、茂みから道に出て様子を窺いに行く。そして連中の居た方向に少し進んだ所で、

 ずがあん!!

 と聞き覚えのある轟音が。

 恐らくはごろつき共の術符だ。私達を狙って撃って来たものと同じ。狂気病との戦いが始まっているのかも知れん。

 更に歩んでいく。程なく、二つの塊が地面にあるのが見えた。

 立っている連中の姿はなかった。恐らくあの術符で逃げ切れたのだろう。そのくらいはしてくれないと困る。

 ――そして、あの轟音の元を喰らったのだろう狂気病と、一人残されたごろつきが、そこで未だ痙攣して倒れていた。

 私の姿を認識したのか。狂気病の方が立ち上がろうとして手を付き――もつれて倒れる。何度も何度も繰り返して、狂ったように、飛び掛ろうとさえして、のたうち回る。恐らくはまだ振動の余韻が消えていないせいだろうか。或いはごろつき共の術符をまともに喰らったからか。

 ――なんて奴。

 人間よりも術の耐性がない筈――奴らの術符は、下手をすれば人間でさえ死ぬかも知れ

ないものだが、それを喰らって尚、動ける余力が残ったとは。そこまで来ると賞賛の気さ

え沸いて来る。

 凄いと思う。その気分くらいは楽に済ませてやろう。結果は変えようがないが。

 小刀を抜く。すらりと、音もなく、現れる鈍い刃。

 日の光を受けて光るは、魔を払う神薙のよう。

 それは神聖。信念によって斬り、害物と認めるものを消す。

 絶対に。

 ――未だ地面でのたうつ“もの”。

 それに切先を構え、思い切り――。

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