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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
七話目 変わるいつも
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1 2-8 クオンの魔法

 外は明るい。

 いや逆。あの森が暗過ぎるだけなのだ。それでも久々の晴れの日差しは目に堪える。冬も半ばのこの時期。まだ朝なので日は低くある、勿論それなりに寒さがある。

 森を出たら、そのすぐ近くに村がある。もう少し、一刻でも歩けば町にも行ける所だが、今回の待ち合わせ場所は村の方だ。あいつの指定にしては珍しい場所ではあるが。正直この村にはあまりいい思い出はないからなあ。長居したい場所という事でもないし。

 まあともかく、お仕事優先。もう少し歩く事にする。この村は森に殆ど隣接している所とはいえ、この辺りでは数少ない人里だ。

 ……本来ならば、こんな所で暮らしていた方が人間らしいという意味でいい事なのだろうが。物を調達するのにも便利なのだろうし。

 別に、他の誰かと一緒に居る事が嫌いな訳ではない。一人で居る事が好きという事でもない。

 只、何か他とは隔たりがあるとはずっと思っていた。その正体は未だ掴めていないが、もしかすると私が旅をしていた理由は、その隔たりの正体を探しての事だったのではないかと、最近になって思い始めていた。

 誰かとの繋がり。

 誰かとの話。

 そんなものを求めて、不意なお節介に関わったり、敢えて危険な道を突き進んだり。

 そして、私の原型に最も近い“先生”を探していたんだ。

「……先生、か」

「先生がどうかしたのかいエン君?」

「当たり前のように独り言に入り込んで来るのはやめて貰いたいな」

 突然背後に現れた、というか背後に回るまで気配を消していたのであろう、ツヅカ サキの声が。

「うわっ」

 クオンもまた振り向いて驚きを――といっても詮無いか。サキの気配の隠し方は、並みの人間には解りはしないのだもの。

「いきなり驚かれるのも酷いなあヒイラギ クオン君」

「だからどうしてお前は言ってもいない情報を当たり前のように知っているのかね」

 振り返り、奴の姿を確認したうえで突っ込みを入れる。そいつはまだこの国では見慣れぬ白い長袖の西方服を着て、黒く長い洋袴を履いている。そして腰まで届く長い黒髪を頭の真後ろで束ねている変な女が、にやけた顔をして私を見ていた。

 こいつの実態はこの国の諜報員だ。わざわざ問うのも愚問であろうが、クオンの名前や所属は殆ど明らかにされていない筈だがな。

「ふっふっふ、僕に」「隠し事なんて無駄なんだよ、か?」

 言いそうな言葉を、先回りして言ってやる。こいつは確かに優秀な諜報員だ。人一人の情報を知るなんて事、朝飯前なのだろう。

「ああ、嬉しいねえエン君。僕と君は今完全に同調していた。身も心も一つになったというやつさあ」

「取り敢えず、人の居る場で変態的な言動をするのはやめんか馬鹿者」

 言って聞く奴ではない事は解っている。だがそれでも、意思表示は大切だ。馬鹿は死んでも治らないとも言うし。周囲に居る村人達の目も、奇妙なものがある、という風にいぶかしげに見られているように思うのは気のせいではない筈。

「っふふ、いやいやつい。エン君がこんな可愛らしい子と一緒に居るというのにからかいの心が生まれたのさ」

「可愛らしい子ね。まあいい。今度はなんの用だ。今は一応仕事中故、お前に構う暇はないんだがな」

「ああ、その辺りは心配しなくともいいよ。今日の僕は久々の休みだからね。用事というのも、君に付き従う子っていうのがどんな子か気になっただけなんだ」

 充分に変態的な動機ではあるがな。休みの日にわざわざ……。

「うん、いい子のようで安心したよ。何より奥手そうな所がいい。間違ってエン君が襲ったりしなければ、僕も安心出来るというものさ。ああ心配せずとも、襲ったところで僕の心は変わりはしないんだけれどね」

「帰れ帰れ小姑もどきめ」

 仕事もなしに絡んで来やがって。休みの時くらい大人しく眠るなりなんなりしておけばいいのにな。

「っははは。まあ、僕の要件は達したからさ。今日のところは大人しく身を引いておくとするよ。じゃあエン君、近いうちにまた会おう」

 あっはっはと笑いながら、サキは村の出口、町へ通じる方へ歩んでいく。わざわざ村までやって来て、何がしたかったのやら。

「……凄い人ですね。あの人」

 今まで(奴の変態ぶりに)呆けていたクオンが、奴が居なくなってやっと口を開く。

「重度の変態だよ奴は」

 きっぱりと言い放つ。奴の特性、行動原理ははっきりしている。なにせ私の気を引く為に自分の腹を刺すくらいなのだもの。あの時は詮無く世話をしてやったが、今思うと――いや、人の命を無下にしていいとまでは思わないのだがな。出会ってしまった時点で詰みになっていたとしか。

「まあ、ああいう馬鹿者も居る。勉強になるとは思わんがな。それよりとっとと用事を済ませようか」

 今回の村での要件は二つ。突然呼び出しをしてくれたサキに会う事と、幾らかの食材を調達する事。

 その前者は既に終わった。あとはまた、保存の利く食材を買い込む事だけだ。ああ、あと、それらを持ち運ぶ籠などを調達せねば。

 という訳で、村にある店をいろいろと回っていく。一人で食う以上の食べ物を買っていくと、当然のように大荷物となってしまった訳で。

 三人分の食い物――その三人目がどれ程食うかは解らないのだが。数日は外に出ずとも食っていける分が今ここにある。

「さてクオンよ。ここまで来て困った事に、私は今両手が塞がっている」

 食材の入った籠。それを両手二つ分、クオンに見せながら言う。当然の如く、それらは重い。

「え、あ、はい」

「故にだ。これから君には私の護衛を務めて貰いたいのだがな」

「は、え、ええ!?」

 クオン君狼狽。

「案ずるな。来た森を戻っていくだけだ。何か現れたとしても先程の妖精程度のものだろうよ」

「う、そんなものでしょうか」

「そんなものなのだよ。さあ、解ったならしっかりと守ってくれよ。食い物が取られてしまうのは嫌だろう?」

「嫌というか、食べられなくなったら飢え死んでしまうと思うんですけど」

「はっはっは。解っているではないか。ではそれこそ死に物狂いで頼むぞ」

 籠の中には茶葉もあったりする。私にとってもそれは命に等しい。

 守って貰わねば、困るのだよ。


 森の中で何かが出て来るかどうか、そこまでは私にも解らない事だ。鬼が出るか蛇が出るか、だがそこまでの化け物はここには居ない筈。

 そこをクオン先導で進んでいく。暗く深い森の中、道を照らすのは、木々の隙間から下がっている白い糸だけ。

 道中、クオンはおっかなびっくり、おどおどと緊張した様子で辺りを見回し警戒しながら歩いていた。

「そんなに緊張せずともいいだろうに。守られる側から見ても不安になるだろうが」

「そう言われても……」

 私の観点からは、周囲にまだ脅威となる程のものの気配はない。私もこんな場に長く居たからか、異種族の気配には敏感になっているのだ。

「少しは気を抜くがいい。腰が引けていたならばどうあれ何も出来んぞ」

「いえ……僕なんかが、誰かを守っていていいんでしょうか」

 クオンがそんな事を言い出す。妙に自己評価の低い奴だなあ。まあ自信不足の気は今まで一緒に居て、所々で察したが。

「何を言う。人が誰かを守ってはいかんと誰が決めた」

 人とは助け合うものだ。なぜならば人は、人の世に居る限り一人では生きていけないのだから。

「君はもう少し自信を持つべきだな。そんな心持ちでは何も出来んぞ」

「僕は……僕の限界を解っているつもりなんです」

「その限界とやらがどこなのかは知らんがな。使役もその限界なのか?」

「それは――」

 言い淀む。クオンの言葉の、その先が出て来ない。

「……解りません。これが僕の、どれ程の能力なのか、と」

 だろうね。多分現在を生きている法術師、その殆どが解っていない事だろう。クオンのそれは――。

「“使役”なんて代物は、現すすべのない“魔法”と言うのだよ」

「現す、すべのない?」

すべという文字は、法術にも魔術にも含まれている。特定の手順を踏めば、再現は容易な事だからな。だが魔法は違う。再現するすべもないから術と呼ばれる事もないのだよ」

「僕のこれは、術じゃないと?」

「再現性も何もない。語られている以上前例もあるのだろうが、通常の手順がないのならば、それは単に“謎の力”だとしか言えんな」

「謎の力……」

「加えて君には法術師としての適性が一つ欠けている。それでいて力を現わせるとするなら、まさにそれは異常だよ」

 この子を異常者と言うつもりはないが、百万分の一という事もある。本当ごくたまたまに、この子は力を現わしてしまったのだと。クオンがやらかしたという“使役”の能力は、たまたま何かの偶然が作用しての代物と、今も思っている。それだけ考えにくい状況という事だ。外を出てたまたま雷に打たれた、なんて可能性のように。

 そう。事実としてあれど信用性が見当たらない。術を現わすのには代償が必要とも言われるが、クオンの支払う事になる代償はどれ程のものなのだろうね。

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