1 2-7 遊び程度
「宜しい。来い童部、遊んでやろう」
余裕を以て、じっくり見据えて妖精と対する姿勢を見せる。それに、
「子供扱いするなー!」
と、なぜだか怒らせてしまったようだ。見た目子供の妖精が、妖気の塊――妖塊を放ちながら、宙に少し浮いた状態で私に突撃して来る。
私もそれに、対する構えを。こうちっこく――もとい子供らしいように見えて、私には体術の心得もある。
故に。放たれた妖塊を、最小の動きでかわしていく。それは当たれば疲れてしまう――最後には動けない程の状態に陥るという特性を持っているものの、一直線に私だけを狙っているのみで、避けるのは簡単なものだった。
その上で、私の顔面を捉えようとするその妖精の拳も、
「ふんっ」
と、軽くさばいてみせる。その力の向く方向は、私の真横、顔の左の方へと逸れていって。そしてそれに続く本体――体の方は急には止まれず、勢いの付いたまま私の真横へとずれて――。
「へ?」
妖精が間抜けな声を上げる。
そしてとどめへ。無防備となっている背中に、さばいた時の回転、勢いを付けた回し踵蹴りを。
ごがん!
「ぎゃぶっ!」
一撃。それを喰らって、妖精は前のめりにぶっ倒れ、
「きゅう……」
と目を回していた。
まあ妖精なんてそんなもの。言う事は大きいが、ちょっと心得のある相手には普通に返り討ちにされる程度のものだ。
「せ、先生強いんですね」
後ろで隠れて見ていたクオンはそう言ってくれる。が、
「こんな事程度でその評価は高過ぎるな」
そう、その気になれば、この程度クオンでも倒せる事と思うが。
――けっけっけ。
「そりゃあそうだぜ。妖精一匹倒した程度じゃねえか。試験にもなりゃしねえよこんなんじゃあな」
第三――もとい第四の者の声がこの場に響く。
そいつが何もない場所から現れる。始めは半透明から、それが人の形を持って、この場に現れ地に足を付ける。
褐色の肌に、額には一つの角。着ている衣は質素で、上半身は胸元を覆うサラシと、下半身は袴を履いている。履物はなく、素足で立つ小鬼と呼ばれる女。
こいつこそ、クオンが使役してしまったという魔の者。名をマノクズコという事は聞いているが。
「どうしたのさ。いつもはめんどくさいって、呼ぶまで全然出て来ないのに」
クオンの言う通り、こいつは今日は一度も姿を見せず、声すら聞いていなかったのに。
「いやなに、俺の“ご主人”ともあろうもんが妖精程度で怯えてたって、見てられなくてな」
う……とクオンの自信なさげな声が漏れた。
「こんなん俺に任せときゃ一撃だっての。ま、そこの“先生”もそこそこ強えみてえだけどな」
「それはそうさ。こんな所に住んでいて、自衛も出来ないでは話にならんからな」
「へえ。言うじゃねえか」
マノクズコが、強く、凶悪そうな笑みを見せる。
「自衛って事は、そりゃあ俺でも、って事か?」
そうしてなぜか、私と張り合うつもりがあるらしい。
「場合によってはな。別に私は戦いたがりという訳ではないぞ」
「クオンはともかく、俺はまだてめえを認めてねえからな。強えってんなら見せて貰いてえもんだな」
「時間があればな。今はお仕事優先なんだよ」
「けっ。気に入らねえな。ま、近くにある事を楽しみにしてっからよ」
そうしてマノクズコは、またゆっくりと消えていった。クオンの領域に引っ込んでいったのだろう。
「――さて」
先を急ぐか、と思ったが、未だ私が倒した妖精が目を覚ましていない事に気付いた。姿も消えていない。つまりはこの妖精は、まだ人の領域に留まっているという事だ。
「むう……」
……どうしたものかね。まあしかし。仮にも女の子(に見えるもの)をこんな物騒な森に放っておくというのもどうかと。いやこいつがこの森を住処にしているのは解るが、それでも人間の身としては、道徳的な心がちくちくするなあ。
「先生?」
クオンが私の顔を覗き込む。何事で止まっているのかと。だが私の目線の先にあの妖精が居るので、つまりはその処遇を悩んでいるのだと、察する事は出来るだろう。
放ってはおけない。だが現状どうしようもない。目を覚まさないのならせめて――木の真下にでも寝かせておこうか。私も急ぎな訳だし。これくらいしか。
地面に伏せ、目を回している妖精を引っ張って、木の根元の所に座らせるように置く。
「まあ、喰われんようにな」
慰め程度の言葉を掛けて。
「行くぞクオン。時間を取られた」
「あ、はい」
私達は本来の目的――森の出口へと向かう。草木が絡まって出来ているような、自然の小道を抜けて、光の差し込む外側へ――。