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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
六話目 魔法使いの弟子
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1 2-5 回想――クオンの事情

「言っただろうが、奴は不能力者だ。法術師見習いという立場だが、はっきり言って奴にその素質はない。創造力が欠けているんだ」

 先生が紅茶をすすりながら言う。

 法術には、それを発現する為に四つの力が用いられる。接続力。創造力。存在力。術力。その一つでもその身に欠けていると法術は扱えない。

 だが、それはそう特別な事ではない。大抵の場合、人間はそのどれかが欠けた状態で生まれて来る。素質――とでも言うのだろうか。低い確率でそれら全てが充分な状態で揃い生まれる事はある。或いは生まれる前に人工的に手を加えて揃わせる、という無茶をする連中も居るし、ある代償と引き換えに後天的にそのいずれかを発現させる、という外法も存在する。

「だがなぜか術が使える。おかしな話といえばそうなんだがね」

「そいつは、どうして法術が?」

「稀にはあるんだ。世にある幻想を己に補完する形で、素質が欠けていながら術が使える人間がね」

「へえ」

 事例があるのか。珍しいが、ない事もないと。うむ、まあその辺りは納得しても良かろう事として、続きを促す。

「それだけならば問題はなかった。だが現実の認識はあてにはならないものだ。奴はその時妖精との疎通の儀の実験を行なっていたんだがね、とんでもない方向に暴発させた。

 繋がったのは妖精ではなく妖怪だ。正確には鬼――魔物の類なんだがね。見事に怒りを買ってしまった」

 当たり前だ。人間に呼び出された魔物は、普通はまず呼び出した者に襲い掛かる。

 理由は単純。魔物の方が人間より強い力を持つからだ。少なくとも向こうはそう思っている。対価もなしに、誰が好き好んで力劣る者に従おうか。故に魔物を呼び出す際には、魔物の力を超える対抗措置を充分にした上で、充分な対価と共にそれを行う。実力と現物によって服従させる訳だ。

 それが予期せぬ事であり、更に術者が不能力者であれば、魔物の質にもよるがほぼ命はないと思えるが。

「その時何か抵抗でもしたのか。過程は不明だ、奴も混乱していて憶えていないらしい。だが結果だけを見るなら、奴はその魔物を自身に引き寄せて封じてしまった。その上妙な制約まで付けて使役してしまったんだ。魔物君は無茶苦茶に文句を言いながらも、宿主に逆らえず、危害を加える事も出来なくなった」

「まさか、それは強制使役ではないですか」

 事実なら、とんでもない事ではないか。私とて法術師、その程度の知識はある。正確には識った知識だが。

 強制使役などと言うものは法術の範疇を超えている。言うなれば法を超えた魔、魔法に分類されてしまう類のものだ。

 なぜならば、これは学問としての法術で考えた場合、“誰かを呼び出して思い通りに動いて貰う”という過程を、合理的に解釈する事がとても難しいのである。

 例として、誰でもいい。突然見知らぬ誰かに見知らぬ所へ呼び出され、そして「今から私の言う通りに動け」と言われたとする。

 ちょっと待て、と思う事だろう。そこで素直に、はい解りましたご主人様、と言えるとしたら、それはそれでそいつの人格が疑われる。

 強制使役とは、その一連を行う事が出来るとされる術だ。盟約を結ぶ、とも言われるが、どこの誰とも知らない相手にまで強制的にそれを行えるという。

 危険以外の何物でもない。

 少なくとも、普通に考えていきなり従う筈がないのだ。従ってくれるとしたら、納得しての上か、或いは洗脳とか。

 危険以外の何物でもない。

「そう。奴は強制使役を現実に行い、且つそのまま固定してしまった。私も信じがたいんだがね、結果はその通り、稀に見る成功例だ」

 見てはいないのだが。成功してしまった、ならば確かにおかしい上に凄い。召喚された相手方が、どう思っているか、という所は凄く気になるが。

「事によると、奴は法術師ではなく魔法使いだ。そんな奴が寺院に在籍していると体裁に響く。下手をすると教会にまで目を付けられかねん。悪い事に妖怪憑きだ」

 粛清対象としては充分。良くて封印か。……望まずしてだろうが、見事に敵だらけだ。不幸ではあるな。

「そいつを助ける、という事ですか」

「結果としてはそうなるね。今はまだ気付かれてはいないが、先を見越すとそう余裕はないだろうな」

 なんともまあ、思い切りな危険な橋だ。完全なる厄介事ではないか。

「最悪の結果を快く思わない者も居る。だが寺院との関わりを断たせるには、私の立場は目立ち過ぎる」

「だから私なんですね」

「話が早いね」

 先生が紅茶をすする。ほぼ同じく、私も卓に置かれたままの茶をすすった。

「君にはあの子の師となって、早急に強制使役の制御、もしくは魔物君の送還を行なって貰いたい。要はあの子に、不完全な使役とその結果を残したままにしておくな。現状が好転しなければ、あの子は遠からず処分されるだろうからね」

「待って下さい」

「あ?」

「そんな専門的な事、私には出来ませんよ」

「手段は問わんよ」

「そんな事を言われても」

「深く考えるな。最悪始末しても構わんぞ」

「さっき助けると言ったでしょうが」

「それが救いとなる場合もあるのだがね」

「出来れば真っ当な補助をお願いします」

「まったく、手間の掛かる弟子だねお前も」

 先生が紅茶をすする。私もまあ、冷えつつあるその茶を一口飲んだ。

 ――本当、報酬さえあれでなければ、こんな面倒受けなかったのに。




 で。師になるという事は受け入れざるを得なくなったが、これからどうすればいいのかね。これはやはり、落ち着ける秘匿性の高い場所に連れていくしかないのだが。

 それが二か所しか思い至らない。先生の館――が駄目ならば私の小屋しかないのだろうか。

「つかぬ事を訊くが」

「は、はい」

 クオンが直立的に身を正す。そこまで萎縮せずともいいだろうにな。

「君、二刻程歩ける体力はあるかね」

 訊いてみる。術師は殆ど己の領域に篭っていると言っても、それで体力がないというのは先入観に過ぎないのだが、一応な。

「はい! 歩くのは慣れています」

 それは重畳。気を遣う必要はない訳だ。

「ならば行くとしようか。私の小屋は結構遠い」

 茶を飲み切って、みたらし団子の串を持って立ち上がる。串は木製で、まだ二本ある。つまり団子は計八つある訳で。……歩きながら食うのはちょいと多いな。

「良ければ、一本食うがいい」

 と、みたらし団子の一本を差し出す。

「あ、いえ僕は――」

 遠慮の姿勢。それはまあそうだな。先生の振る舞いを見ていたなら、貸しを作るのがどれ程危険となるか、身を以て解る筈。

「挨拶代わりだ。遠慮はするな」

「あ……はい、じゃあ」

 おずおずと、クオンがそれを受け取る。

「けっけっけ、早速食い物で懐柔ってか」

 小鬼が要らぬ茶々を入れる。みたらし程度で懐柔出来れば、それは楽でいいのだろうが。

「欲しいのならば二つずつ食い合うがいい。契約者ならば気兼ねもせんでいいだろうに」

「けっ。ガキっつっても人の口を付けたもんを食いたいと思えねえな」

 はあ。口に似合わず意外と純真なのかも知れんな。お前もガキではないか、という突っ込みはさて置いて。

「ならばお前から先に食えばいい。それで解決だろう」

「やだね。俺の食い掛けをクオンが食うなんて、気色の悪い」

 確定。こいつは純真だ。自分の事を俺と言っているのはどうかと思うが。

 だが参った。これでは心地よい交流とはとてもなりはしない。

「解った解った。ならば一本ずつ食うがいい」

 小鬼に、もう一本のみたらしを渡す。これで良かろう。

「いいんですか。先生」

「いいんだよ。そう言ってるんだから文句ねえだろ」

 小鬼は早速みたらしに食い付いていた。

「はあ……解ったよ。済みません先生」

「気にせずともいい。喜んで食うがいい」

「あ、はい」

 はむっとみたらしに食い付くクオン。そうした部分だけを見たならば、普通のどこにでも居そうな少年の図なんだがな。

「はっ。懐柔に使うには弱っちいが、まあそこそこな味だったぜ」

 既にみたらしを食い切った小鬼が、串を放り投げて言う。

「こらこら、自然の中にゴミを放り捨てないように」

 木で出来た串だから、放っておけば自然に返るものとはいえ。

「はっ、ゴミはたったと捨ててくもんだぜ」

 ……何気に酷いな。そこらにゴミを捨ててはいけませんと、教わらなかったのかねこいつは。

「ま、少しは腹が膨れたからな。俺は着くまで引っ込んどくぜクオン」

 そう言うと、すう――と小鬼が姿を消した。

「まったく、マノクズコときたら……」

 クオンが、小鬼が捨てた串を拾いながら呟く。

「まのくずこ?」

「あの鬼の名前です。悪い子とは違うと思うんですけど……」

 そうかね。まだあの小鬼の良い所を見ていない身としては、なんとも言えんが。

「取り敢えず、その串を渡しなさい。あとで私が捨てておくから」

「済みません」

「謝る事かね。渡したのは私なのだから」

 串を纏めて、三本とも預かり懐の袋に入れる。まあ木で出来ているが故に、自然に捨てても自然に帰るだけだとは思うが、倫理的な問題だ。

「では急いで行くか。流石に暗い時刻にあの森を歩き回りたいとは思わんしな」

「森……ですか?」

 ありゃおかしい。なぜに疑問形が出て来るか。元より先生から私の住処を知らされている筈ではなかったか。

 いや、そもそも――。

「なんだ、先生から聞いていると思ったが。私の住処について」

「はい。だから僕は、あの茶屋に」

 ……私について、異なる説明がなされている。

 なんなんだろうね。先生は一体私とクオンに何をさせたいのやら。

「むう。まあ良かろう。さっさと帰る故、教えを乞うならば付いて来るといい」

 疑問は残る。だが、出会えた事はそうだし、師となるという話に間違いはない。

 先生が何を考えているか。今は考えても意味がなかろう。私は私に与えられた仕事をするだけだ。

 空が赤くなり掛けている。歩みを速めて、私達は帰るべき場へと急いだ。

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