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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
六話目 魔法使いの弟子
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××× 二色世界――古き古きのおはなし

 エン君のお話、第二章です。

 過去編がちょっと長過ぎたかもですが、本編も過去編もまだまだ途中という事で構想しているので、お付き合い頂ければ幸いです。どうか宜しくご覧下さいませ。

 ――最初に解ったのは、ここは白と黒しかない所なのだという事だった。

 そう、その鳥は、只二つだけが見える世界に居た。

 白い世界と、

 黒い世界。

 あらゆる形はその二つの色にしかならない。時が経てば、白と黒とが入れ替わる世界。

 例えばそこに葡萄があっても。

 例えばそこに月があっても。

 例えばそこに机があっても。

 その鳥にとっては、白と黒。

 只二つの形でしかなかった。

 それはとても寂しい色。

 それはとても悲しい色。

 鳥にはそんな事さえも解らなかった。

 鳥は、その場に居た時から、その色しか知らなかったから。

 見て解る事は、二つ。

 黒の中では、白しか動かない。

 白の中では、黒しか動かない。

 そんな単純な事。

 それだけが、はっきりと解る事だった。

 鳥にとって、それが自分がここに居る上での当たり前な事だった。




 ある時の事。

 白の時間のとある時に、鳥の前に、突然に人形が立っていた。

 今までに見た事のない形。人形というものさえ、鳥は知らなかった。

 ここには、鳥を襲うものもない。

 だから恐れる事もなく、鳥はその人形をじっと見ていた。

 白い――白一色の、切り抜いた布を纏った、女の子の人形。

 人形の瞳は、真っ黒い石で出来ていた。だからその中に白を映さない。

 人形の体は、草臥れた布で出来ていた。だからそこに暖かさはない。

 人形の心臓は、胡桃の実で出来ていた。だからそれに鼓動はない。

 それは本当に、只の人型をした、白の形。

 人形は、珍しそうに、楽しそうに、動き回る鳥を追い掛けていた。

 時には遠巻きに見続け、時にはずっと走り回って。

 鳥は人形に気付いても、それは白にしか見えなかった。

 只白い、動くもの。

 それが鳥を追い掛けても。

 それが鳥を抱き上げても。

 それが鳥を優しく撫でても。

 ……やがてそれが動かなくなっても。

 鳥にとっては、只の白。

 二つの世界の、二つのもの。

 あるべきではない異質。

 それでも鳥は、その異質は嫌いではなかった。

 異質だったからこそ、興味を持った。

 それがまだ、傍にあったから。

 人形は、白の中なのに、白く動いていたから。




 いつの日か動かなくなったそれを、鳥はずっと見続けた。

 見続けている間、白と黒を何度も繰り返す。

 やがて動かなくなったものは、その視界から消えた。

 少しずつ、冷たい白が積もって消えていった。

 小さな思考がそれにやっと気付いても、鳥はまだ見続けた。

 白と黒だけの世界で。

 鳥は、それが見えなくなっても、それが白の中にあると思い続けていた。

 まだ、人形は傍にある――。

 その思いは事実であって、そう思う限りは間違いだった。




 真白の中に、雪が積む。

 黒の地も。木々も。がらくたも。

 あらゆるものを白に埋め尽くす。

 そこには他に何もない。

 只、白一色。

 そこはもう、“白”という、一の世界。

 白以外のものなんて、そこにはもうない筈だった。

 寒い事さえ白。

 お腹が空いた事さえ白。

 眠気がやってくる事さえ白。

 そして、人形が居ない事も、白の底に埋まっていった。

 その筈だった。そう思い込んでいた。

 鳥はいつしか白に包まれる。二度と変わる事はない。

 一の世界に落ちてしまえば、

 それは、零と変わりがなかった。




“白”の世界がやっと終わる。

 その頃になって、鳥は世界を歩きだした。

 切っ掛けは、なんて事はない。少し日差しが暖かく思えて、普通に歩いていた頃を思い出したのだ。

 それは白以前の昔の事。

 行く先、目指すのは、すぐ目の前。

“白”の世界にはなかった筈の白があった場所。

 鳥を抱いてくれた白が、あった筈の場所。

 その場所に辿り着いて。

 初めて鳥は、それが消えてしまったのだと気付いた。

 それはもう、どこからも出てくる事はない。

 傍にある筈なのに、ない。

 あの時撫でられた事を思い出した鳥は、

 その時初めて鳴く事を覚えた。

 ひゅいい、と鳴いた。




 鳴き疲れた鳥は、代わりに空を見上げていた。

 今は白い筈の空、“白”の世界では今も、白のままだった。

 でも鳥は知っていた。

 その空には、“黒”い世界もあった事を。

 見続けても、“白”は変わらない。だけど確かに、“黒”が滲んでくる刻もあった筈。

“白”を見続けるのに飽きた鳥は、空を見上げて羽ばたいた。

 鳥は鳴いたから。

 鳥は思い出したから。

 鳥は、それがあった事を覚えていたから。




 鳥は、自分を撫でていた“人形”を見付けたかった。




 どれだけ羽を伸ばしても届かない場所。

 どれだけ昇り続けても見えない場所。

 それでも鳥は、この空で羽ばたき続ける。

 始まりのない空、終わりのない空。

 只一色に染まる、青の空。

 白を越えて、それが下になって、

 二色の世界を飛び出して、初めて鳥は時間を知った。

 いつまでも過ぎる時間。朽ちてゆく世界の時間。

 初めて止まった、青の色。

 いろんなものを、鳥は見て、聞いて、触った。


 だけど、

 鳥はそれらを知りながらも、

 いつまでも、人形に気付く事はなかった。

 それを知る事さえも、永遠になかった。

 鳥は、

 人形を、“白”としか覚えていなかったから。

 白い布を纏った、瞳だけが黒い人形。

 その人形が残した、小さな欠片にも気付かずに。

 近くにあったのに。

 近くに居たのに。

 今の鳥には、もうずっと遠い所。

 ここはもう、鳥が居た地の上ではない。


 果たして鳥は知る事があるのか。

 知らない事さえ、知らないままなのではないか。

 もしも誰かがそれを教えた時には、

 鳥はまた、ひゅいいと鳴いてしまうのかも知れない。

 二回鳴いた鳥は、もう――。

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