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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
第一部 零話目 序、二重季節
1/279

0-1 風拾う刻

 思えば構想から何年経ったでしょう。

 以前に書いた、二重へと至る道シリーズが外伝となるなら、こちらの方が本編となります。

 なにぶん筆が遅いもので、ですがやっとお話としての目途が立ったので、今回投稿するに至りました。

 とにもかくにも、面白い話、楽しんで読んで頂ける話を突き詰めていきたいと思いますので、どうかお付き合い頂ければ嬉しく思います。

  第×話 ×××


×-1


 ――おはよう。

 また明日――。




 夢を、見た。

 とても長い、長い夢だった。そんなに深く眠ったつもりはないのに、なぜか、幾星霜もの刻が過ぎていったように感じた。暗い眠りから明るい今に戻っても尚、その夢は頭の中で未だぼんやりと動き続けているようだった。


 それは一体いつの事なのか。いつかあった事なのか。

 本当の事だったのか。虚事うつごとではないだろうか。

 ……今考えてみても、解らない事だけど。

 それでも、この記憶はとても綺麗なものだったから。

 故にこそ、この夢を、日記を付けるようにどこかに残してみようと思う。目が覚めて、夢が現実に溶けてしまう前に。

 最初の登場人物は、私と幼馴染と姉と。私達はまだ若く幼く、未来に淡い希望を託していた。

 ……信じていたのだ。私達には、等しく穏やかな時間が流れ続けていく事を。穏やかに過ごし、穏やかに生き、そうして緩やかに世を去っていくのだろうと。どこかの縁側などで、ゆったりとお茶などすすって。それが本当、どれ程幸せで残酷だった事か。

 ――ああ早くしないと。目覚めた現実に、夢がどんどん食べられていってしまう。大切な“記録”が、薄れ消えていってしまう。

 まず、題名は、そう――。



・ 二重季節 -Alignment Minds


 それはいつまでも気付かれる事はなかった。

 だから、誰も気付きたくないふりをしていたのに。


 私は勿論気付かなかった。

 彼女も当然気付かなかった。

 それが正しい筈だった。

 忘れたままなら、それでも良かった。

 だって。

 こんな世に生まれて、私は幸せだったから。

 知らないままでも、幸せだった。

 知らないままだから、幸せだった。

 ここでは、無知のままで良かった。

 そんなふりをして、一日一日をゆっくりと生きていた。


 只それだけの事だったんだ。

 それに、もっと早くに“気付けて”いたなら――。




 ――風が吹き抜けてゆく。初夏の海からの涼しげな風が。

 幾つもの筋、無秩序の空気の動きが重なり合い、やがて一つになって過ぎていく。

 大気を揺らす風。その優しい流れが、とても心地良く感じられる。

 海の近い所。背高草と呼んでいる、その名の通りに人の背の高さまである草原の海の中で、私はその風を全身に受け感じていた。

 時には強く、時には緩く、その風は広い大地を薙いでゆく。

 それは眼には映らない。人間の視覚では捉える事は出来ない。当たり前の話だけど、しかし世界の一つとして感じられるそれは、実に優しく私の身を撫でた。

 ……この風はどこからやって来たんだろうか。

 私の今見ている先、その遥か遠く。海を越え、私の知る事のない世界を、今過ぎて行った風は知っているんだろう。だけど……その風とはどこから生まれ出でて、どこで終わるんだろうな。それがないとなれば――風とは永遠を過ぎ行くものなのかも知れない。

 背高草の海を抜け、開けた場所に出る。ちょっとした高台になっていたその場所は、風を受けるのに絶好の所だった。

 ……目を閉じてみる。

 今まで見えていた風景は暗く閉じられたけれど、その映像はしっかりと目の奥に焼き付いている。

 それを心で感じながら、向かい来る風をこの身に受ける。

 足は地面に付いている。だけれどそうしていれば、まるでこの身が空に浮かんでいるかのような心持ちになった。

 実際に飛んでいる訳じゃない。それでも私はこの感覚が好きだった。ずっと昔から。私がこの風を知ったその時分から。

 ……目を開ける。心にあったままの風景は、変わらず目の前に広がっている。

 僅かな高台の上から見えるこの風景。視界を覆う、二つの青色。

 空。

 頭上に広がる透き通る青。ゆっくりと雲を運び、流れ撫でるような優しさを湛えている。

 海。

 眼下に広がる深い青。少しずつその表情を変え、その波間にたくさんの煌きを放っている。

 視線の遥かな先。二つの青が交わる場所。空と海が交わり溶ける、二重の世界。

 見ているだけでも不可思議な風景。その向こうに、果たして何があるのか。ずっと遠いそこにもまた、私の感じる同じ世界があるのか。

 そんな事を思わせるこの場所が、私は好きだった。

 無限や永遠、そんなものがあるとしたら、きっとここみたいな所なんだろうな。そう思う。

 その場に腰を降ろし、両の手を上に伸ばす。体を草の生える後ろに倒し、そして大きく手足を広げる。遮るものはない。背中を包み込んでくれる草は、軟らかく優しい。

 眼に映るのは、只一つの青――空だけになった。時折吹く風が、私の体を撫でてゆく。その度に私は、空に浮くような感覚を覚える。只一つの青の中に、只浮かんでいる。

 透き通るようなその場所に、全てが吸い込まれていくように思える。世界にある法。形作るもの、私の知るその全てを。

 今、本当に空を飛べたなら。

 あの空に、揺蕩う雲にもしも手が届いたとしたら――私は、その世界に混ざる事が出来るんだろうか。

 どこまでも広がる空。そして、遥かに深く遠いもの。

 空。虚空。星々の世界。空の深き青。その下に居る、あまりにも小さくて遠い存在。天地あまつちの狭間に在する、たった一つ、これっぽっちの小さな私。

 億劫な全てをここに置いていって、雲のようにどこまでも揺蕩い、どこかへと連れて行ってくれるのか。

 その広い広い世界に、少しだけでも、入れてくれるか。見せてくれるか。

 ……確かめたい。

 確かめて、もしそれが私を受け入れてくれたなら。

 ――なんて夢事を考えていると、ふと、視線の先に、流れる雲に紛れて小さく漂っていた黒いものを見付けた。

 この夏に近い季節には鳥が渡る。小さな鳥だ。ずっと南方から、暖かくなっていく北の地を目指してずっと飛び続ける。

 だけど、そこに飛んでいたのは一羽だけだった。渡り鳥なのに一羽だけとは、なんともなくおかしいなと思いながらも、まあそんな事はどうでもいいかと思う。

 この風の中では、群れるか一羽かなんて意味がない。只、この風に身を預けられていたなら、僅かな違和感なんて実に瑣末。

 気持ちがいい。それに勝る悩みなんてなくていい。

 青空を行く、黒い鳥。一身に流れゆく風を受け、私よりもずっと高い世界を見続けるもの。俯瞰の場から見下ろすもの。

 だけれど、果たして今の私とあの鳥は、どちらが見下ろす立場なのか。或いは、どちらも平面の中に居るのか。

 解らない。多分一生分考えても答えは出せないんじゃないか。そもそも、一生とはいつまでなのか。果たしてここに時間は流れているのか。いつまで私はここに居られるんだろうか。

 ……いつまで私は、ここで生きていられるのか。

 それが私と同じなら、あいつも、私と同じものを感じているんだろうか。私と鳥。そこに一体なんの違いがあるか。

 そもそも、あの鳥は私がここに居るんだと、気付いてくれているのかな。

 もしも、あの高く高くからこのちっぽけな私に気付いてくれていたのなら――。

 ……鳥に向かって、手を伸ばすように左手を上げながら、ゆっくりと目を閉じてみる。風がまた一筋、私の体を撫でていった。


 ――遠くから、私を呼ぶ声が聞こえる。

 とても優しく響いて来る声。

 ……。

 吹き掛ける風が気持ちいい。空を照らす光がとても暖かい。空気の流れに乗って、さらさらと綺麗な声が聞こえて来る。

 懐かしい。私は“それ”を知っている。

 ずっと昔、遥かな昔、それは確かにいつか聞いた筈の声だ。

 緩やかに蕩う意識をそちらに向ける。男か、女か、そもそも“それ”は人間なのか、人の姿をした何かではないか。

 私はその声に応じようとする。だけれど、私のそれは声にならない。只空気を震わせただけで、それはどこにも伝わらなかった。

 それでも意思は通じたのか、“それ”はこちらに振り返る。

 ……見えない。顔はこちらを向いているのに、その表面は――いや、その全てが霞掛かったようにぼやけている。

 だけれど解る。これでも長い付き合いなんだから、見えなくてもその表情くらい、読み取る事は簡単だった。

 その顔は……いつもと少し様子が違って見えて、訝しむ私はまた空気を震わせる。

 なあ。どうして、そんな××た顔をしている。

 笑っているのか。こんな物言いで喜んでくれて何よりだ。

 呆れているのか。悪かったな捻くれ者で。

 怒っているのか。気が済むのなら幾らでも謝ろう。

 泣いているのか。泣きたいのは寧ろこちらだぞ。

 そうして接していると、決まって“それ”は同じような事を口にする。

「――まったく、エンは本当に虚けよの」

 そう。そう言って突き放した態度を取りながら、“それ”は隠すように笑って、私を許してくれる。

 空の色が変わる時まで私達は遊び、語り、笑い合う。いつしか朱色に濁った空が、その日の終わりを知らせていた。

 ……本当に、時間が過ぎていくのが早く感じた。

 時計を見てもしっかりと針は進んでいる。いつの間にか進んでいる。私達にその自覚はないのに、楽しく居た時間が本当に短かったように思えた。もしかすると、私達以外――世の全てが私達を騙しているのではないかとさえ思えてしまうように。

 そして今日も、終わりの時が来る。

 残念な意思を露骨に表すと、“それ”は私を宥めてくれる。また明日があるからの、と。

 ……そう言うものの、それは遠い。少なくとも“それ”と共に居る時間よりも、ずっと長いものだ。眠りの時を入れてしまうと、半日以上も先の事。それが待ち遠しくて待ち遠しくて、ずっと時計を見てしまう。

 でも“それ”ももう帰らなければいけない。帰る場所がある。我侭を言って引き止めてしまえば、また“それ”は怒られてしまう。

 我慢すればいい。想いを留めたまま耐えればいい。眠ってしまえば、目覚めた時には明日なのだから。想いを擁けば、明日もまた続く筈だから。

 そう自分に言い聞かせる。“それ”を出来得る限り、行ける所までの場所まで送り、一緒に居て、そして最後に別れの言葉を交わす。

 また――。


 そうして“それ”は、朱色の向こうに消えていく。

 ――また明日。

 その言葉が、最後の約束。

 その日の中では決して叶わない、刻が流れる事でしか守れない遠い約束。

 信じていた。

 遠くにあろうと、その時が来るのを。

 純粋だった私達は、その思いを全く疑わない。

 明日になれば。

 明日が来れば。

 眠りに就いて、それが覚めれば――。

 読んで頂きありがとうございます!

 二重季節として場に出すまでに結構な時間を費やしました。

 まだまだ完成まで先は長く、遠い道のりとなるでしょうが、どうか早く書けと急かして頂ければ幸いです。

 皆様に少しでも面白いお話と思って頂ければ、読んで頂けるだけでも嬉しいです。


 宜しければ、ブックマークや感想など、色々頂ければ幸いです。

 評価次第では追加話や新作等のモチベーションとなりますので、宜しくお願い致します!

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