クーン(第三話ですわ)
「アルル!」
「アルル様!」
久々に顔を見せたアルルに駆け寄るカイラとラスタキとその他のご令嬢達。
「すっかりお痩せになられて……」
カイラはアルルの顔を見てそう言ったが、客観的に見ると以前とほとんど変わりはない。
相変わらずたるんだ皮膚で頬肉が垂れ下がっているし、目は半分埋もれたチャウチャウである。
手足やウエストは幾分か細くなったがドレスを着ているため分からない。
「アルル……もう大丈夫なのかい?」
ラスタキが優しい声色で話し掛けると、アルルは小さく微笑んだ(つもりである)。
「アルル様……無理はなさらないでくださいましね。いつでもこの胸を貸しますので、遠慮なく飛び込んできてくださいまし」
「ワフッ(ありがとうございます、カイラ様)」
「お友達ですもの、同然ですわ」
「アルル! 私の胸もいつだって貸そう!」
「殿方は引っ込んでいらして! 今のアルル様には何よりも友情が大事なのですわ! ですわよね?」
「クーン……(そうですね……)」
元々チャウチャウ特有の哀愁漂う容姿なだけに、その姿は悲壮感を増しており、ご令嬢の中には涙ぐむ者までいた。
「そうだ、アルル。今度『ポルポロ共和国』からの使者が来てちょっとした歓迎パーティが催されるんだが、アルルも参加しないか?」
ラスタキの言葉に少しだけ表情が曇ったアルルだったが、そのことには誰も気が付かなかった。
ポルポロ共和国とはこの国から遠く離れた熱帯地方の小さな国で、自然が豊かで国土の半分が森林である。
ジョングの生まれた国であるのだが、そのことをラスタキはすっかり忘れていた。
ジョングに関係のある国名を聞くだけでもまだ胸が痛いアルル。本当は参加などしたくなかったのだが、せっかくの好意を無下には出来ないと感じ頷いた。
日は流れ、今日はポルポロ共和国の使者の訪問を歓迎するパーティ当日である。
久しぶりにアルルがパーティに参加するとあってコーラス家は燃えていた。
両親をはじめ使用人にまでどっぷり愛されているアルルの久々のパーティ出席はコーラス家にとっては家をあげての一大イベントであるため、ドレス選びから余念がなかったのだが、いかんせん十日もなかったため一からデザインさせることも出来ず、既製品に手を加えるだけに済ませた。
「クーン……(そこまでなさらなくても……)」
「何を言うの、アルル! せっかくのパーティなのよ? 思い切り綺麗に装って楽しんで欲しいのよ」
アルルの母はそう言ったが、単に溺愛する我が子を着飾りたいだけである。
「クーン(そうですか? では、お任せいたします、お母様)」
アルルは母の言葉を素直に受け取り、以降されるがまま身を任せていた。
パーティまでの間にアルルは数日おきに全身を磨かれ、顔の毛並みも丁寧に整えられ、デビュタントの時よりも艶々な毛艶となっていた。
母が何十着という中から選び出したのは、少しデコルテ部分が大きく開いたプリンセスラインのドレスである。
胸元の部分は濃いめの紺色なのだがウエストにいくに従って色が淡くなり、ウエストから裾にかけてまた紺色へと変わっていくグラデーションが美しいドレスで、既製品といえども一点品だったためかなりの値であったのだが、そんなことをアルルは知りもしない。
髪はないので髪型をアレンジされることはなく、右耳の前にドレスと同系色のリボンで作られた花の飾りを付け、毛で覆われているため化粧も施すことが出来ないため朝から毛艶を丹念に整えられ、アルルは城へと向かった。
「アルル! 今日も綺麗だ」
城に着くとラスタキが待っており、満面の笑みを浮かべてアルルを出迎えた。
「ワフッ(本日はお招きいただきありがとうございます)」
「いいんだよ、来てくれて嬉しいんだ。それより、君とお揃いであつらえたようになったね」
ラスタキはアルルのドレスの紺色とよく似た紺のタキシード姿である。
「ワフッ(おそろいだなんて、恐れ多いです)」
「ふふ、君とお揃いだと思われるかもしれないなんて光栄だよ」
キザったらしくそう言ったラスタキだが、これが偶然であるはずがない。
アルルのために用意されたドレスがどんなものなのかを事前に調べ上げ、それとお揃いに見えるようなものを探し出して本日を迎えたのである。
そんなことだとは気付きもしないアルルはただただ「お揃いに思われるなんて失礼にならないかしら?」と内心心配するのみだった。
歓迎パーティは王城の小ホールと呼ばれている「カサブランカの間」で行われていた。
王城は各部屋にそれぞれ花の名前が付けられていて、その花のモチーフなどが取り入れられている。
カサブランカの間は淡い黄緑にカサブランカが描かれた壁紙が使用されており、柱にもカサブランカが彫刻されている。
時期的に遅いため今は花はないが、シーズンには部屋に見事なカサブランカの花が飾られている。
小ホールといっても城の広間なため百人を越える人数が収まる大きさがあり、本日もたくさんの人が集まっている。
王子と登場したアルルに人目が集まり、アルルは気後れしているのだが、ラスタキは実に嬉しそうに胸を張って歩いている。
王子の想いは大抵の貴族が知っているため、例えアルルがチャウチャウ顔だとしても皆好意的に受け止めている。
元は素行があまりよくないラスタキだったが、アルルに恋をして良い方向に変わったのだから、誰も反対出来るはずがない。
国王や王妃に挨拶をし、誘われるままにラスタキと二曲踊り、少し疲れたため飲み物をもらってバルコニーへと向かったアルル。
誰もいないバルコニーで柵に少しだけもたれかかっていると「ホッ(失礼)」と後ろで男性の声がした。
振り返った瞬間、アルルの時間は止まった。
そこにはジョングに瓜二つの、アルルと同じく顔だけがゴリラである男が立っており、その男もまたアルルを見て時が止まったように動かなかった。
「ホッホッ(あっ……申し訳ない、驚かせてしまったかな?)」
「ワフッ(い、いえ、そんなことはありません)」
「ホッホッ(少々ご一緒させていただいてもいいかな?)」
「ワフッ(ど、どうぞ)」
ジョングよりも小ぶりな顔に白いタキシードがよく似合っているとアルルはチラッと男を見ながら思っていた。
胸の高鳴りは激しく、顔が燃えるように熱く、「赤くなった顔がバレてしまわないかしら」と思っているが、しっかりと顔は毛に覆われているためそんな心配は無用である。
「ホッホ(僕は「シャマール」。「シャマール・ポルポロ」。ポルポロ共和国の第二王子、ってことになっている)」
「バフっ(ポルポロ共和国の王子様なのですか!? それは大変失礼いたしました。私、「アルル・コーラス」と申します。コーラス伯爵家の娘でございます)」
カーテシーをしようとしたアルルをシャマールは止めた。
「ホッホ(堅苦しくしないで欲しい。僕は名ばかりの王子だから)」
少しだけ悲しそうな色をたたえた瞳にアルルの胸はキュッと締め付けられた。
「ホッホッ(アルルにとって世界は生きづらいものではないかい?)」
「ワフッ(生きづらい?)」
「ホッホ(勝手に同類にして申し訳ないが、君も僕も異端だろう? 生きづらいと感じないかな? と思ったんだ)」
「ワフッ(そうですね、確かに私は人とは違いますが、それも個性だと家族が認めてくれています。愛してくれています。ですから私は幸せに生きております)」
「ホッ(そうか、君は受け入れられた子なんだね)」
「クーン(シャマール様は違うのですか?)」
「ホッ(僕は……)」
シャマールの言葉にアルルは胸を痛めた。
シャマールはポルポロ共和国の第二王子として生まれたが、アルルと同じく形質転換により顔だけゴリラとして生まれ落ちたため、「化け物」として蔑まされていた。
ポルポロ共和国には王子が三人いて、その中で最も優秀なのはシャマールなのだが、誰もシャマールを正当に評価することはなく、何をしても愛されず、受け入れられず、蔑まれて生きてきた。
それでも腐らずに真っ直ぐ育ったシャマールだが、心の中は常に寂しさと虚しさに満ちており、生きている意味を常に探していた。
この度のこの国への使者へと選ばれた際には、実母である女王から「そのまま二度とこの国に戻らずとも良いのだぞ」と言われ深く傷ついていた。
「バフッ(生きている意味など誰も分かりません! 意味は後からついてくるものです!)」
「ホッホ(でも僕は何も成せていない)」
「バフッ(今結果が出なくとも良いのです! 結果も後からついてくるもの! 成すのではなく、成そうとして努力することが大切なのです!)」
きっとこれほどまでに熱く物事を語るアルルは未だ且つて誰も見たことがなかったであろう。
その熱にシャマールは強く心を打たれた。
そうして二人が恋に落ちたのは当然の成り行きだったのだと思う。
アルルにしてみればジョングに瓜二つのシャマールを見た瞬間からほぼ恋には落ちていたし、シャマールもまた、初めて見る毛足の長い犬(チャウチャウを知らない)に雷に打たれたような衝撃を覚えていたのだから。
二人の恋は王子の妨害が入ったり、家族からの大反対が巻き起こったりして困難は多かったが、静かに確実に育まれていった。
シャマールは祖国に戻ることなくこの国に留まる選択をし、愛し合う二人を見ていた家族は次第に二人を応援するようになっていった。
お嬢様軍団は両手放しでアルルの恋を喜び、強固たる応援部隊となった。
三年間愛を育んだ二人はその後結婚し、シャマールは国を捨てコーラス家の跡取りとなるため婿入りした。
結婚を聞いた実母から届いたのは「おめでとう」とただ一言書かれた手紙のみだった。
結婚して一年後、二人の間には珠のように可愛らしい女の子が生まれた。
自分達のように形質転換を恐れていたが、ごくごく普通の可愛らしい女の子が生まれたことで二人は安堵し、喜びのあまりシャマールは涙した。
「ワフッ(例え形質転換で私やシャマール様に似た子が生まれても、私はその子を同じように愛しますし、愛せますわ)」
「ホッホッ(それは僕も同じだよ! だけど、世の中は非情なことが多い。愛する我が子に茨の道は歩ませたいと思う親などいないだろ?)」
「ワフッ(そうですわね)」
その後二人の男児に恵まれた二人は、他国の者からは「異端」として奇異の目で見られはしたが、国内では温かく受け入れられ、幸せに過ごした。
アルルに完全に失恋したラスタキはその後自分を叱咤激励するカイラに次第に惹かれていき、カイラもラスタキを放ってはおけない気持ちが強くなりすぎ、自分が惹かれていることに気が付き結婚。
かかあ天下となりラスタキを尻に敷きながらも立てるべき場面ではきっちりと立てるため、今では「妻の鏡」とまで呼ばれている。
「ふぅ、こんなものかしら?」
自分が書き留めた文章を読み返しながら、幸せそうに寄り添って庭を歩く両親に目を向けた。
私の名は「シャルル・コーラス」。
チャウチャウ令嬢と呼ばれたアルル・コーラスと、祖国で「化け物」と呼ばれていた「シャマール・コーラス」の娘である。
私が両親の話を書き留めようと思ったのは最近この国で形質転換の子が増えてきたためである。
顔や体の一部が犬や猫、豚、馬、牛などの特徴を持って生まれてくる子供が数百人に一人の割合で生まれており、大半の子が親に捨てられたり蔑まされたりして生きている現状を知った両親は、領土内にそういう子がのびのびと生きていけるように施設を作り、今ではそれに全力を尽くしている。
形質転換で顔や体の一部が人と違おうが中身は変わらぬ人間であり、父と母のように幸せになることは可能なのだ。
それを広める手立てとして本を書いてみるのはどうかと考え、ご婦人方が大好きな恋愛の話として両親のことをまとめてみたのだが、父は自分のことをあまり話したがらないためついつい母の話が多くなってしまった。
この話が世間に受け入れられるかは分からない。
きっと私の両親こそが奇跡なのだ。
「最後は駆け足すぎたかしらね……まだまだ改善の余地ありだわ」
この文章が世間に広がり、どんな境遇に生まれようと人は幸せになれるのだと理解する人が増えることを願うばかりである。