第1話:異世界への転移
俺は斉藤一郎。どこにでもいるようなありふれた名前だが、現役時代にはその平凡さが都合が良かった。元空軍特殊部隊に所属し、定年後は静かな生活を楽しんでいた。戦場の喧騒から離れ、平穏な日々を過ごしていたが、その平穏は突如として破られることとなる。
ある夜、自宅でリラックスしていた時、突然の強烈な光が俺を包み込んだ。
「なんだ、これは……?」
混乱する間もなく、視界は真っ白に染まり、意識を失った。
次に目を覚ました時、俺は見知らぬ場所にいた。
「ここは……どこだ?」
先程までいた自宅とは違い、薄暗い部屋には錆びついた機械や古びた家具が散乱している。目の前に広がる現実に戸惑いながらも、すぐに自分の状況を把握しようとした。まず気がついたのは両手が手錠によって拘束されていることだ。
「手錠を体の前でかけるとは、相手は素人なのか……」
両手が手錠で繋がれているが、ある程度は自由に動かせる。身体を起こし、周囲を見回した。その時、自分の腕を見下ろし、かつての戦闘で負った無数の古傷がないことに気づいた。
「なんだ……傷がない……」
そして、身体を動かしてみると、膝の痛みも肩の古傷による違和感も全くない。力がみなぎるようだ。まるで全盛期の体力と若さが蘇ったかのようだった。
「まさか、これは……若返っているのか……」
驚きと戸惑いの中で、思考が追い付かないが、まずは脱出を優先するため余計なことは考えないようにした。俺は左手首に装着していた時計から口を使ってピッキングツールを取り出し手錠を外した。
「部隊にいた頃からの仕込み時計を大事に使っていて良かったよ。」
ため息をつきながら周囲を見渡すと、部屋の隅に若い少女が鎖で拘束されているのが見えた。彼女は恐怖に震えながらも、俺に気づき、小さな声で訴えた。
「どうやって手錠を外したの……お願い……私も助けて……」
「君、名前は?」
優しく声をかけると、少女は涙を拭いながら答えた。
「橘美月です。お願い、助けて……」
俺同様、誘拐されたのだろうか?高校生ぐらいの年齢に見える彼女の服装の汚れ具合や衰弱の様子から、俺よりもかなり前からここにいるのかもしれない。
「大丈夫だ、美月さん。すぐにここから出してやる。」
彼女を拘束している鎖を外し、共にアジトからの脱出を図った。俺は部屋の外に続く廊下の様子を確認するために、まず扉に耳を当てた。外からは人の気配がないことを確認し、慎重にドアノブを開けようと試みた。鍵がかかっているのは予想通りだった。一般的な家庭に使われているような簡易的な木製ドアだったため、俺はドア横に思い切り蹴りを入れた。
そうしてぽっかりと空いた穴から外側のドアノブへ手を伸ばし、鍵を開けることに成功した。ドアを開け外の周囲を確認すると、コンクリートでできた長い廊下が続いており、特に見張りや監視カメラの類はないようだった。
「あの、貴方は一体何者なんですか?どう見ても一般人の動きではないような……」
驚かせてしまったようで、怯えながら美月が質問してきた。
「俺も君同様、誘拐された一般人さ……」
「一般人はいきなりドアを蹴破ったりしないと思います。それに、おじさんって言われましたけれど見た目は私と同い年に見えますよ。」
えっ、俺本当に若返ってるのか?
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気になることは山ほどあるが、今はとやかく会話をしている場合ではない。先を急いだ。
後ろを見ると、美月は俺の後を恐る恐るついてきている。
長く冷たい廊下を進んでいくと、階段が上へと続いているのが見えた。しかし、突如として複数の足音が聞こえてきたため、俺は美月を手で制止し、音を出さないようジェスチャーで指示を出した。数名の男たちが会話をしながらこちらへ降りてくる。
足音や声からして二人、それに小銃などで武装している可能性が高い。ここはテロリストのアジトか何かなのだろうか?隠れようにもここまで一本の廊下が続いているだけで、先程の部屋に戻る時間もない。
「奴らを倒さないとここから出られないな……」
相手はこちらに気づいていないし、相手の装備が長物であれば近接ではこちらが有利だ。美月に小声で指示を出した。
「ここで待っていろ。俺が合図をするまで動くな。」
俺は素早くテロリストたちに近づき、一人ずつ無力化していった。長いブランクがあるとはいえ、この身体に染みついた動きは鈍っていない。狙いを定めた一撃が、敵の急所を捉える。
最初に標的としたのは、数段先に階段を降りてきたテロリストだった。喉に強烈な手刀を打ち込み、呼吸困難に陥らせた。こちら側に倒れ込む男の身体をそのまま階段下へ転がす。
「いやぁぁぁ!」
美月の叫び声が聞こえたが、ここは無視する。
二人目が驚きながら小銃をこちらへ向け、発砲するが、すでに俺は敵の懐へ入っている。敵の腹部へ一発拳を入れ、そのまま怯んだ敵のホルスターから拳銃を抜き、顎へと突きつけた。
この間合いなら拳銃を抜いたほうが有効だ。
俺は引き金を引いた。銃声が廊下に響き渡る。撃たれた男は一瞬で崩れ落ち、その場に動かなくなった。銃声を鳴らしてしまったため新手を警戒する必要がある。俺は辺りを見渡し、次の行動に移ろうとしたが、美月の反応が気になった。
「いやぁぁぁ!」という叫び声はまだ耳に残っている。
振り返ると、美月は恐怖と衝撃に震えていた。目は大きく見開かれ、涙が頬を伝っている。彼女の姿を見ると、俺の中で罪悪感が芽生えた。
「美月さん、大丈夫だ。もう安全だから。」
そう言って彼女に近づくと、彼女は一歩後ずさり、怯えた目で俺を見つめた。
「ごめん、見せるべきじゃなかったかもしれない。でも、これは俺たちの生き残るための手段なんだ。」
美月は震える声で答えた。「わ、わかってる……でも、こんなに簡単に人を……」
彼女の恐怖を少しでも和らげるため、俺は深呼吸して言葉を選んだ。「俺たちはここから無事に出なければならない。そのためには、時には厳しい決断が必要なんだ。出会ったばかりではあるが、俺のことを信じてくれ。」
しばらくの沈黙の後、美月は小さくうなずいた。「わかった……信じる。でも、怖い……」
「それでいい。怖いのは当然だ。でも、俺が絶対に守るから。」
美月の手を取り、再び前に進む決意を固めた。先程の男たちの装備を拾い、武装を整えるが油断は禁物だ。彼女の安全を最優先にしながら、次の行動を計画する。
「行こう、美月。ここから出るために。」
彼女を守ること、それが今の俺の使命だ。俺たちは急ぎ足で階段を進んでいった。
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