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3月その①

「おはようございます、センパイ」


「おはよう、後輩」


約束の時間になって、後輩を家の前で出迎える。


今日は休日なので学校は無く、後輩も私服姿だ。


「そういえば、後輩の私服見るの初めてか」


「そうでしたっけ?」


制服とか浴衣とか水着とかメイド服とかは見たことがあるけれど、私服は初めてである。


「それじゃあどうですか? 似合ってますか?」


白のセーターとスカートにロングソックスで派手すぎず地味すぎず、お洒落だけど落ち着いた雰囲気で家を訪問するには丁度良い印象の格好。


「よく似合ってるけど、それよりその髪型」


「変ですか?」


この一年ですっかり伸びた後ろ髪が、左右にシュシュで括られてそのまま肩の前に流されている。


あと赤いフレームの眼鏡も添えられていて。


「いや、すごく良い」


なんて言うとからかわれそうだけど、今日の後輩からは軽口は飛んで来ずに、嬉しそうにはにかむ。


「なら良かったです」


笑顔を作った拍子に、左右のお下げが揺れる。


やっぱりいいなあ。


「はいあとこれ、お土産です」


「ありがとな」


差し出されたケーキの箱を両手で受け取る。


急な訪問でも、後輩は案外ちゃんとしてるもんだなと思ってしまうのは多少失礼かな。


しかし女子の後輩を家に招くというのは流石に初めての経験だ。


「やっぱり緊張してますか?」


「あー、まあ多少はな」


「ふふっ、見栄張らなくてもいいんですよ、センパイ」


「うるせ」


なんて軽口を叩きながら、家に入った。




後輩の俺の家への訪問は、昨日突然『明日遊びに行ってもいいですか?』とLINEがきて急に決まった話。


まあ休みの日だったし特に断る理由もなかったからこうして今迎えているんだけど。


「おじゃましまーす」


「今日は家に誰もいないぞ」


両親は二人とも仕事だ。


というかそれは後輩も知ってるはずだけど。


昨日LINEで言ったし。


「それでも一応ですよ」


「まあ挨拶するのは良いことだが」


そのまま靴を脱いで後輩を先導するように階段をのぼる。


「先輩の部屋二階なんですね」


「だいたいそうなんじゃないか? 後輩の部屋は?」


「私の部屋もたしかに二階ですね」


リビングとキッチンを一階に置いたら、大抵個人の部屋は二階になるんじゃねえかな、なんてどうでもいい話。


「それじゃあ改めて、おじゃまします」


「いらっしゃい」


言いながら、ドアをくぐった後輩が直でベッドに座りにいく。


座布団もあるんだからそっちの方にとも思ったが、まあいいか。


「じゃあこれ下に置いてくるからちょっと待ってろ」


掲げたのは後輩から渡されたお土産。


「はーい」


部屋の中は朝から暖房を入れていたので暖かく、後輩がマフラーと手袋を外している。


この温度でも置いておいてもケーキが痛んだりはしないだろうけど、それはそれとして冷蔵庫で保管できるならそっちの方が良いだろう。


「部屋の中荒らすなよ」


「わかってますよー」


なんてお約束のやり取りはもはや言ってる方も守られるとは思っていないので気にせずに部屋を出る。


階段をおりてケーキを冷蔵庫に入れてまた部屋に戻るまで所要時間で二分程度。


ドアを開けると、なぜか後輩がベッドの上に正座していた。


「なんで正座してんだ?」


「なんでもないですよ?」


俺が部屋を出ていったときは普通に横に腰かけてたのに、今は真ん中に正座してるから余計に怪しい。


というか自分のベットの上に女子がいる状況は結構怪しいな。


「どうしました?」


「いや、なんでもない。それよりどうする?」


誤魔化して、何かしたいことがあるか聞く。


すると後輩が、すっとテレビの下を指差した。


「あれ、やりましょう」


ということで後輩が指差したゲーム機を並んでプレイしていると、案外後輩がゲームが上手くて驚く。


受験期間のブランクがあるとはいえ、結構遊んでいたゲームで際どい戦績になると自然と熱が入ってくる。


後輩はマリカーでカーブを曲がる度にこっちに傾いてくるのはどうかと思ったけど、まあそれくらい熱中していた。


そのままスマブラとマリカーはギリ勝ち越し終わったので良かったが、次にやったぷよぷよは酷かった。


まず後輩の積む速度が圧倒的に速い。


こっちが三連鎖組む前に五連鎖以上を組んでて火力が段違いだ。


更に先制で連鎖始動しても冷静にカウンターしてくるので、あっという間に連敗の星が積み重なっていた。


「センパイ弱いですねー」


「いやいや、ちょっと手加減してただけだか」


「そんなこと言ってもう十勝以上差がついてますよ?」


最高に良い顔でドヤ顔してくる。


「なら賭けるか?もし次負けたらなんでも言うこと聞いてやるよ」


「いいんですか?後悔しても知りませんよ?」


「まあ本気出せば余裕だろ」


「言いましたね、じゃあ私も負けたらなんでもしてあげますよ」


俺の挑発を受けて、不適に笑う後輩と視線が交錯する。


画面を操作すると、勝負のカウントダウンが始まった。




『YOU WIN』とこっちの画面に表示される。


「センパイ今まで手抜いてましたね!」


思わず抗議をしてくる後輩に涼しい顔で答えた。


「最初から本気だったぞ」


まあ癖を探ってそこを突くタイミングははかってたけど。


後輩は最短ルートで積んでくるので、次のぷよを見てリカバリーの出来ないタイミングで細かく連鎖を落としていく作戦が綺麗にはまった。


まあその作戦込みでも勝算は五分五分程度だったろうし、何度も通用する手ではないけど勝つべき時に勝てばいいのだ。


「もう一回やりますよ!」


「はいはい」


そんなこんなで、後輩が満足するまでしばらくゲームでの対戦が続いた。




ピピピピッとスマホのアラームが鳴って、それを解除する。


「もうそんな時間ですか」


と後輩が遊んでいた手を止めて、ベッドに座った俺の隣に腰掛けてスマホの画面を覗いた。


ブラウザを開いて、検索欄に大学名を入れて確定。


読み込みが遅い公式サイトもどかしく思いながら我慢して、やっと表示された番号の表示をスクロールする。


気付けば、スマホを持つ手が微かに震えている。


「何番ですか?」


質問する後輩に答えて、画面をスクロールして指を止めた。


「あった」


記憶していた受験番号が、合格者番号一覧に載っている。


その番号を三回確認して、一応受験番号が書かれた紙を取り出して確認して、ついでにもう一度ページ内検索に番号を打ち込んで確認した。


たしかに合格してる。


「おめでとうございますセンパイっ!」


抱きついてきた後輩の勢いを受け止めきれずにベッドに倒れる。


頭を打ったりはしなかったが、後輩が頭上で心配そうな顔をしていた。


普段ならこれくらい受け止められそうなものなので、二重の意味で心配しているんだろう。


「だ、大丈夫ですか、センパイ」


「は、ははっ」


やっと実感が湧いてきて、体に力が抜けるのを感じてから、やっぱり結構緊張していたんだなと確認する。


これで一年以上の受験勉強が報われて解放されるかと思ったら、達成感と解放感と、あとなぜか少しだけ寂しさがあって、表情に困る。


「後輩も、ありがとな」


「私はなにもしてませんよ?」


「そんなことないぞ」


今日だって、合格発表を気にかけて、会いに来てくれたんだしな。


本音を言えば、精神的には後輩に助けられていた部分が大いにある。


まあ言わないけど。


「じゃあお礼してくれてもいいですよ?」


「そうだな、何がいい?」


聞いた俺から視線を横に流して考え込む後輩の、垂れたお下げが首筋に当たって少しくすぐったい。


「んー、やっぱりいいです」


「なんだよ」


人がせっかく素直に感謝の気持ちを見せようかと思ったのに。


「お礼されるより一緒にお祝いしたいです」


それはなんとなく後輩らしい回答だった。


「じゃあとりあえず、ケーキ食うか」


「はいっ」


嬉しそうに返事をする後輩を見て、なぜだか自分も嬉しくなる。


起き上がって、後輩が買ってきてくれたケーキを準備するために部屋を出て、あと記念に合格発表のページをスクリーンショットで保存して、ついでに両親に送信しておいた。




お盆を持って部屋に戻ると、なぜか後輩がベッドに横になって寝息をたてている。


早くない?


出てから戻ってくるまでにそこまで時間はかかっていないので、寝不足だったのか、それとも部屋の暖房が心地よかったのか。


声をかけようかと思ったが、その寝顔がなんだかとても気持ち良さそうなので、もう少しだけそのままにしておくことにする。


というか、仮にも男の部屋に遊びに来てよくそんな無防備に寝られるな。


変なことをするつもりはないけど、普段とは違う格好の後輩が部屋に寝てるのは流石に意識するというか、スカートが捲れかかって生足が際どいところまで見えかかってるというか。


そもそもスカート自体、普段の制服よりさらに短い気がするけど外歩いてて寒くないのか不安になるし。


このスカートを直そうとしたらちょうどそのタイミングで後輩が目を覚ましてあらぬ誤解を招きそう、というのは流石に創造力豊かすぎるだろうけど、まあ勘違いされるようなことをしないに越したことはない。


さてどうするかと思案して、余っていた毛布を上からかけておいた。


そのまま手持ち無沙汰でゲームする気にもならなかったので、なんとなくベッドの端に腰をかけてしばらく後輩を眺める。


しかしやっぱり、黙ってると顔が良いな。


いや、黙ってなくても基本的に後輩の顔は良いんだけど、喋ってると印象が中身50:見た目50なのが寝てると見た目100になるみたいな、ね?


そもそも喋ってる後輩にも、黙っている時とは違った魅力があるというか。


なんて考えたところで後輩が微かに体を揺らしたので思考を中断する。


後輩が寝返りをうつと、かけたままだった眼鏡が顔に潰されてわずかにずれる。


流石に邪魔そうだし起きて顔にフレームのあとがついてたらかわいそうなので、どうにか外そうと試みた結果、後輩が目を覚ました。


「ん……」


「起きたか?」


「おはようございます、センパイ」


まだ眠そうな後輩が眼鏡をずらして目を擦る。


「おはよう、後輩」


「寝ちゃってましたか」


「気持ち良さそうだったぞ」


「センパイのベッドだからですかね」


俺のベッドなら気兼ねなく熟睡できるってことかな?


「ケーキ食べるか?」


「もう少しこうしてても良いですか?」


「もちろん」


なにか予定があるわけでもないし、やるべきことからは今日付けで解放された。


なのでこうしてゆっくりしていても、誰にもとがめられないし自制する必要もない。


後輩も今は完全にゆっくりするモードで、横になったままなぜだか機嫌が良さそうにこちらを見上げる。


その表情は心地好さげで、あとなぜか楽しそう。


猫みたいだな。


なんとなく後輩の髪を撫でると「んー…」と声を漏らすが、特に抵抗されたりたしない。


そのまま指を通すと、結ったシュシュに指先が引っかかった。


「それ、外してもいいですよ」


「それは……、ヤバいだろ」


「いや、ちょっとなに言ってるかわからないです」


だってベッドに横になってお下げの片方をほどくとか、ヤバいだろ。


なんて俺の気持ちは後輩には伝わらず不思議そうな顔をされるが、伝わってもヘンタイって言われそうだしまあいいか。


そのまま髪を撫でていると、また後輩がうつらうつらとまぶたを揺らす。


後輩の寝顔見たのは今日で何度目か。


それだけ一緒に居たんだなと実感して、それでもまだ後輩が初めて部室に来た日から一年経っていないという事実を不思議に思う。


もうすぐ一年で、俺は卒業か。


もう八割くらい寝てる後輩を見ながらそんな風に思う。


「昨日は夜更かしでもしてたのか?」


「秘密です」


後輩がまぶたを閉じたまま緩く答える。


「今日着る服選んでたら夜中になってたとか」


「秘密ですー」


昨日連絡が来たのが遅い時間だったのでそんなこともあるのかなと思ったけど、漫画の読みすぎだったらしい。


言ってここ一年はほとんど読んでないけど。


「でも」


「ん?」


「もしそうだとしたら、どうします?」


「ありがとな、って言うかな」


「まあ秘密ですけどね」


「なら俺もなにも言わないけどな」


言わなくても言ってるようはもんだって話はおいておいて。




三十分したら起こしてくださいと言われて丁度その三十分後。


結局髪を撫でながら寝顔を眺めてたら時間が過ぎていたんだが、あとになって気づく。


どうやって起こそう。


普通に声かければ起きるだろうか。


ひとまず試しに頬をつついてみる。


柔らかいなー。


「んん……」


頬を触られて眉を動かした後輩に声をかける。


「後輩、三十分経ったぞ」


「んー」


まぶたをうっすらと開いて3倍スローモーションくらいの動作でこちらを見上げる。


「あと五分……」


「五分待ってもいいけど、そのあとまた五分って言うなよ?」


「ん、んー……、んんっ」


枕に顔を埋めた後輩が暫く唸って、ようやく観念した。


「おはようございます、センパイ」


「おはよう、後輩」


もう昼過ぎだけどな。


「起こしてください」


「はいよ」


後輩が寝たまま伸ばした両腕を取って引っ張ると、上半身を起こした後輩がそのまま抱きついてくる。


背中に回された腕と肩に乗せられた顔に、後輩が喋ると耳元から響く声がくすぐったい。


「センパイあったかいですね」


「後輩の方があったかいだろ」


寝起きの体温は明らかに俺のものより高くて、抱き止めた身体は暖かいと言うよりも熱いくらいだ。


「センパイのベッドが気持ちよくて寝過ぎちゃいました」


「まあそれはいいけどな」


「でもたしかに暑いですね」


「暖房下げるか?」


「大丈夫です」


言って後輩がようやく抱きついた状態から離れる。


「よいしょ」


と掛け声と共に、後輩がセーターを脱いだ。


「もう一枚脱いでも、いいですか?」


「それはだめ」


「えー」


「起きればすぐちょうど良くなるだろ」


セーターの下の白いシャツの更に下にもう一枚あるのはわかるけど、あんまり薄着になられても俺が困る。


そんな俺の気持ちを察したのかどうかはわからないか、後輩が脱ぐのは諦めてこちらを見た。


「ねえ、センパイ」


「どうした、後輩」


すぐ近くで、頬を赤くした後輩が少しだけ遠慮したような表情を見せる。


「今日会えて嬉しかったです」


「俺もだよ」


「迷惑じゃなかったですか?」


「そんなこと気にしてたのか?」


「だって」


たしかに突然の訪問だったけど、会いに来てくれたことに感謝していた。


「そんなわけないだろ、会えて嬉しかったよ」


「なら、良かったです」


安心した表情を浮かべた後輩が、またごろんとベッドに横になる。


「なんか俺も眠くなってきた」


「じゃあ一緒に寝ましょうか」


「それもいいかもな」


まあさすがに、そうはならないんだけど。




机の上の時計を見ると、両親が帰ってくるにはまだ当分時間があった。

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