85.冷たい風
翌日の休み明け以降、セオドアは再びオリビアと一緒に過ごすようになった。
一方、オフィーリアも常に誰かと一緒に過ごした。
学院内ではクラリスとアニーが傍にいてくれる。早朝に登校して花壇の世話をしている時は、例の庭師見習いの少年が必ずオフィーリアの視界に入る位置で作業をしていた。
物語を読んでいるオフィーリアはダリアたちが心配している嫌がらせが「何か」知っている。しかし、この世界は自分たちにとっては物語ではなく現実世界。『麗しのオリビア』の通りに完全に一致するわけはないのだ。
それは階段から突き落とすことではないかもしれない。また水をかけるのかもしれないし、倉庫に閉じ込めるのかもしれない。
もはや自分たちがそんな行為をしないことは確実なのだが、真犯人がオリビアに手出しできないような状況なら尚良しというわけだ。
(だからセオドア様にはオリビア様を常に見守って頂かなければ。当然のことよ)
ぱったりとセオドアから声すら掛けてもらえなくなったオフィーリアは寂しさが募る。
しかし、仕方が無いことだと自分に言い聞かせていた。
婚約者ではなくなったのだから、卒業したら簡単に会うことはなくなるだろう。折角友達になったのに、このまま話もする機会もなく卒業式を迎え、さようならするのかと思うと切なさが込み上げてくる。
もう一度、ゆっくり話をしたかった。向こうの世界の思い出話でも・・・。
ただ、それだけが心残りだった。
☆彡
「ひどいわ! セオドア! 折角記憶が戻ったのだから会えると思って昨日ずっと共用サロンで待っていたのに!」
休み明け登校すると、セオドアは早速オリビアに捕まった。
「ああ、悪かった。昨日は記憶が戻ったばかりで少し混乱していたから」
セオドアは少し困ったように笑った。その顔を見て、オリビアは拗ねたようにプクーッと頬を膨らませてみせた。
「それでも、私には会いに来て欲しかった!」
「ああ、ごめん」
セオドアは素直に謝った。
可愛らしく拗ねる恋人。ちょっと拗ねる姿は愛らしくて、その姿見たさにわざと揶揄って怒らせることもあったのに。なのに今はどうしてか可憐に見えない。そんな自分の感情の変化に思わず吐息が漏れる。
「とても心配したんだから! 本当は気のせいだったらどうしようって! 記憶が無かった時の私への態度を覚えている? またあんなセオドアに戻っていたらどうしようって」
「・・・そんなにひどい態度を取っていたのか、俺は・・・?」
「覚えていないの・・・?」
「ああ。すまない・・・。記憶が無い時の自分の行動は覚えていないんだ」
セオドアはすまなそうに肩を竦めて見せた
「そうなの・・・?」
オリビアは意外そうな顔をしたが、すぐにパアっと嬉しそうに笑った。
「だったらそのまま忘れて、思い出さないで。あんなセオドア嫌いだもの!」
オリビアは両手を組むとグーンと前に突き出して伸びをする仕草をみせた。そしてセオドアを見ると、
「きっと記憶が無いセオドアにオフィーリア様が私のこと酷く言ったのよ。あなたはそれを真に受けていたんだと思うわ」
コテっと可愛らしく首を傾げて微笑んだ。
「でも、過ぎたことだもの。もういいわ。セオドアが戻ってきてくれたから。きっと今頃オフィーリア様だって後悔していると思うわ」
「・・・どうしてオフィーリアが君のことを悪く言うと断言できるんだ?」
「どうしてって・・・」
まさかセオドアからそんな疑問をぶつけられると思っていなかったのか、驚いたように目を丸めた。そして、伸びをしていた両手をゆっくり降ろした。
「だって、オフィーリア様は私のこと嫌っているもの・・・。だからいつも嫌がらせをされてたわ・・・。嫌われるのは仕方がないと思ってる。彼女からしてみたら私がセオドアを奪ってしまったようなものだから・・・」
「そのことなんだが、本当にオフィーリアが嫌がらせしているのか? 直接彼女を見たのか?」
「・・・どうしてそんなことを聞くの?」
「俺も聞こえよがしにオリビアのことを悪く言っていたところは見たことはある。だが、それ以外は・・・。もしかしたら他にも君を恨んでいる人がいるのかもしれない」
「オフィーリア様以外で誰が私を恨むというの?」
「・・・それは・・・」
思わず言葉に詰まる。そんなセオドアをオリビアは信じられないような目でじっと見つめた。
「・・・どうして? どうして急にそんな風に言うの? 私を疑っているの?」
「・・・」
黙ってしまったセオドアの態度に、オリビアは悲しそうに目を伏せた。
「オフィーリア様は婚約者だから・・・、セオドアは彼女を庇いたい気持ちがあるのかもしれないけれど・・・。でもね、残念ながら、オフィーリア様よ・・・。だって、私、見たもの・・・」
「見たって・・・? 何を・・・?」
セオドアの鼓動が早くなった。無意識に胸に手を当てた。
「私に嫌がらせをしている人の姿を・・・。赤くて長くて綺麗な髪だったわ」
―――やっぱり・・・。
ギュッと胸のシャツを掴む。
「・・・赤い髪の女性は他にもいるかもしれない。それだけでオフィーリアと決めつけるのは安易ではないだろうか?」
「でも黄色と水色のリボンも付けていたわ・・・」
オリビアはチラっとセオドアの顔を伺った。
「オフィーリア様はよく黄色と水色のリボンをしているでしょう?」
もう一度、オリビアは顔を伏せた。
「それだけじゃないわ。セオドアには言い辛いけど・・・。見たの・・・私。オフィーリア様が私を見て笑っている顔を・・・」
その言葉を聞いた瞬間、セオドアの体中に冷たい風が吹き荒れた。
その風のせいで、心も身体も指先までサーッと冷えていくのが分かった。
「そうか・・・。わかった」
セオドアはそれ以上何も言わなかった。




