83.チャンス
『本当にロン毛の赤毛女はいるのか? オリビアの自作自演か?』
その言葉を読む度にセオドアの背中にゾッと何かが走る。
犯人がいない―――。
いいや! そんなことはない! そんなことあってたまるか!
そんなことがあったら、自分が守ろうとしていた人は一体・・・。
セオドアは邪念を振り払わんとばかりに激しく頭を横に振った。
そして大股で男子寮に向かって歩き出した。その途中、三人の男子生徒が楽しそうにおしゃべりしながら歩いているところに出くわした。そのまま通り過ぎようとすると、
「あ! セオドア! おはよう!」
そのうちの一人が話しかけてきた。
驚いて振り向いたが、すぐに澄まし顔をしておはようと挨拶をした。
特に仲良くしている生徒でもない。自分より下級の子爵男爵の令息たち。なかなか元気なタイプの令息たちで、上位貴族で優等生の自分とはあまり接点がない。
「セオドア! 今日も手合わせ願いないか?!」
「手合わせ?」
ニコニコと話す男子生徒に、セオドアは怪訝そうに首を傾げた。
「チェスだよ! セオドアがあんなに上手だって知らなかった!」
「チェス?」
「ああ! 昨日は盛り上がったよなぁ! また相手をしておくれよ!」
「そうだよ! いいだろう? セオドア!」
「俺も! 今度は勝つよ! セオドア!」
セオドアは三人に囲まれ困惑気味に彼らを見た。
「チェスか・・・」
しかし、思い直したようにニッと笑った。
「いいよ! 勝負しよう! 他にもいないか? どうせなら大勢で楽しまないか?」
「ああ! いいね!」
セオドアの提案に三人は嬉しそうに頷いた。
「俺、他の奴らにも声を掛けてくる!」
「場所はどうする?」
「男子寮の談話室で!」
「分かった!」
セオドアが場所を指定すると、一人の男子生徒はクルリと踵を返し、仲間を呼びに駆けて行った。
「じゃあ、俺達は先に行こうか!」
セオドアは残った二人を引き連れて、男子寮の談話室に向かった。
なんていいタイミングだ!
これはチャンスだ。普段接点のない生徒たちから情報を集められるし、協力を求めることもできる。
(健一もチェスが得意だったんだな。よかった)
セオドアはチェスが得意だ。ある程度の凄腕が揃ったとしても、その場を盛り上げるだけの腕はあるという自信がある。
(これを機に知らない生徒たちとも親交を深めておこう!)
まず、一つ目の課題に集中しよう。さっきの沈んだ気持ちを追いやるように力強い足取りで談話室に向かって歩いて行った。
☆彡
「お疲れ様でした。ラガンお嬢様。片付けは僕がしておきますので。女子寮までお送りします」
水やりの作業を終えたオフィーリアに、庭師見習いの少年がオフィーリアからじょうろ受け取った。
セオドアが去った後、この少年はいつの間にか近くの花壇の世話をしていた。オフィーリアの気のせいでなければ、チラチラとこちらを気にしていたようだ。
「大丈夫ですわよ、送っていただかなくても。女子寮はすぐ近くですもの」
「いいえ! お送りします! オフィーリア様をお一人にしないようにって頼まれましたので!」
男の子は帽子を脱いでピシッと姿勢を正した。
「え? え? どなたに?」
「セオドア・グレイ様です!」
「はい?」
何故セオドアが・・・。
「お小遣いも貰ってしまいました! 送らせてください、ラガンお嬢様!」
男の子は馬鹿正直に告白すると頭を下げた。
小遣いまで・・・。何故に・・・?
益々分からない。首を傾げるばかりだ。
しかし、見習い少年の責任感溢れる真っ直ぐな瞳に見つめられ、断るという選択肢は無かった。
「ありがとう。小さいけれど頼もしいナイト様ね。よろしくお願いしますわ」
オフィーリアは少年に対して優雅にお辞儀をするとにっこりと微笑んだ。
そんなオフィーリアの美しい笑顔に少年は真っ赤になった。
オフィーリアはクスっと笑うと、クルリと踵を返した。
そして、いつまでも真っ赤な顔の男の子に護衛されながら、女子寮に帰っていった。
☆彡
女子寮に帰ると、共用サロンから戻ってきたダリアと行き会った。
「ごきげんよう。オフィーリア様!」
ダリアはにっこりと微笑みながら声を掛けてきた。
その笑顔にオフィーリアは嬉しさと懐かしさが込み上げてくる。
「ごきげんようっ! ダリア様っ!!」
「??」
オフィーリアの想像以上に弾んだ声に、ダリアは首を傾げた。
「ご機嫌ですわね。オフィーリア様」
「ええ! とっても! 朝から大親友に会えてこんなに嬉しいことってあるかしら!?」
オフィーリアはダリアの両手を握りしめた。
「・・・オフィーリア様・・・? いつもと感じが・・・というか、以前のオフィーリア様に戻られた・・・?」
キラキラと瞳を輝かせ生き生きした顔は、昨日までの何処か不安そうで気弱なオフィーリアとは大違いだ。
「ふふふ! 昨日までのわたくしはどうでした? オドオドと挙動不審だったのではありません?」
「え、ええ・・・」
「ご安心なさって、ダリア様。そんなオフィーリアはもうどこにも居りませんわよ!」
オフィーリアはダリアから手を離すと、バンッと自分の胸を叩いた。
「オ~ホホホ! わたくしこそ、オフィーリア・ラガン! 今ここに帰ってきましたわっ!!」
踏ん反り返るオフィーリアに、ダリアは暫く目が点のまま彼女を見つめていた。




