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78.帰還

「ブレスレットが・・・」


落ちたミサンガに気が付いて、オフィーリアはすぐに拾った。


「糸が切れてしまったわ・・・」


しゃがみ込んだまま、残念そうに拾ったミサンガを見つめた。


「どうした? オフィーリア?」


セオドアもオフィーリアの前にしゃがみこんだ。


「ブレスレットが切れてしまったのです。糸で編んだ物なのですけど」


そう言いいながら切れたミサンガをぶらりと顔の前にぶら下げてセオドアに見せた。


「そう言えば、ずっとそれをしていたな。派手な色だと思っていたけど」


「ふふふ、確かにちょっと派手でしたわね。派手というより、品の無い色合いと思っていらしたんじゃない?」


オフィーリアはクスリと笑って見せた。


「ははは、まあね。でも気に入っていたのか? 切れてしまって残念だったな」


「少しだけ。でも、本当はこれは切れていいものなんですのよ。切れれば願いが叶うっていうブレスレットでして・・・」


「へえ・・・」


「ええ・・・」


二人はお互いの顔の前にぶら下がっているミサンガをジッと見つめた。


「・・・」

「・・・」


ミサンガを挟んでお互いの顔をジッと見る。全然違和感がないようで何処か違和感がある。


「セオドア様・・・?」

「オフィーリア・・・?」


二人は同時にバッと立ち上がると、周りを見渡した。


「え・・・? うそ・・・?」

「どういうことだ? ここは・・・?」


そこには二人の見覚えのある光景があった。

同じ年頃の生徒達の団欒風景。カードゲームやボードゲーム、そしてチェスに興じている生徒達に、ただおしゃべりに没頭している生徒達。新聞片手に時事ネタ論争している生徒もいる。


「ここって・・・」

「共用サロンだ・・・」


二人はゆっくり周りを見渡し、最後にはお互いの顔を見合わせた。


オフィーリアの目の前にいる男性は白い肌で金髪碧眼の青年。小麦色の肌で黒髪の柳ではない。そしてセオドアの前にいる女性も黒髪で小太りのメガネ少女ではなく、艶やかな長い赤髪で陶磁器のように白い肌の美少女だ。


「戻ってきたのだわ・・・」


オフィーリアは呟いた。


「戻って来られましたわ! セオドア様!」


「ああ! 戻ってきた! 帰って来たな! オフィーリア!」


二人は見つめ合うと、お互いの両手をギュッと力強く握りしめた。



☆彡



今までの柳の椿への執着っぷりが見事だったおかげで、二人が熱く見つめ合いながら手を取り合っていても、それはもはや当たり前の光景になりつつあり、茶化したりする者は誰もいなかった。誰も何も言わないので、感極まっている二人は、暫くの間ずっとお互い見つめ合っていた。


しかし、そんな二人を快く思わない者もいたようだ。


「イチャつくなら余所でやってくれ。目障りだ」


二人はその言葉にやっと我に返った。ハッとしたようにその言葉の主に振り向いた。


「ジャック・・・」


そこには怒りの形相のジャックが立っていた。そしてその隣には、辛そうな顔で二人を見ているオリビアがいた。


「オリビア・・・」


セオドアは未だに夢を見ているかのように呟いた。

久しぶりに見る恋人の顔。その寂し気な視線の先を追ってみるとそれは自分の手元だ。その手はしっかりとオフィーリアの両手を握っていた。


「っ!」


セオドアは慌ててオフィーリアから手を離した。

突然、両手から温もりが去って、オフィーリアの心にサーっと冷たい風が流れ込んだ。


「オ、オリビア・・・、これは・・・」


セオドアはオリビアの元に近寄ろうと足を一歩踏み出した。しかし、何故かそれ以上進む事が躊躇われた。もう一歩が踏み出せない。


早くオリビアの傍に行かなければいけないのに、早く・・・!

今の状況を見て彼女は完全に誤解をしている。だから誤解を解かなければいけないのに。彼女こそが自分の選んだ女性なはずなのに。オフィーリアではなくオリビアが・・・。


「これは・・・その、誤解だ・・・、オリビア・・・」


何かに揺さぶられる思いを振り切るように、セオドアは一歩足を踏み出した。


「なにが誤解だ! 白々しい!」


ジャックが吐き捨てるように言うと、オリビアを庇うようにセオドアの前に立ちふさがった。鋭い目でセオドアを睨みつけている。オリビアを巡る嫉妬心だけでなく、まるで個人的にもセオドアに恨みがあるかのようだ。


「ええ! 本当に誤解ですわ! ジャック様!」


それを見て、今度はオフィーリアがセオドアを庇うようにジャックの前に躍り出た。


「誤解ですのよ! 本当に!」


「はあ?! 何を言って・・・!」


目を剥いているジャックを一瞥すると、オフィーリアはセオドアに振り向いた。


「わたくしはこれで失礼しますわね。セオドア様」


そう言うと、もう一度はジャックに振り向いた。


「ではジャック様。一緒に失礼いたしましょう。お騒がせしましたわ、オリビア様」


「はああ?! 本当に貴女は何を言って・・・」


「お邪魔虫はわたくしだけではないと申し上げていますの。貴方もですわよ、ジャック様」


ジャックに向かってピシッと人差し指を向けた。だが、すぐにニコッと笑うと、クルリと華麗にターンをして、


「では、わたくしはお先に!」


そう言い残し、軽い足取りでその場を後にした。


サロンを出て扉を閉めた後、オフィーリアは自分の両手を広げて見た。

手のひらには紐の切れたミサンガがある。


「わたくしの願いは叶ったのだわ・・・。もう、十分ね。これ以上は望まない・・・」


さっきまで両手を包んでいた優しい温もりはもう消えている。その手のひらにポタッと雫が一つ落ちた。


「でも、あのガーベラだけはこちらに持ってきたかったわ・・・」


一輪の黄色いガーベラ。たった一輪だったけど、とても可愛らしくラッピングされていて心が込められていることが分かり、胸が高鳴った。


初めてもらった贈り物。

婚約者ではなく友達としてもらったものだけれど、オフィーリアにとって両手いっぱいの薔薇の花束よりずっとずっと素敵だった。


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