74.願い
「小さなマーケットと言っても、こういった人混みはスリが多いと聞きますから、お互い気を付けましょう」
ダリアが歩きながら注意を促す。
ブンブンを椿は首を縦に振った。緊張感をもってマーケット内に足を踏み入れる。
「お嬢さん! 美味しいオレンジだよ!」
「よかったら味見してって!」
「今朝焼いたパンだよ!」
歩き出した途端、いろんな店から声を掛けられる。活気があっていい明るいマーケットだ。
通る客たちも店主と楽しそうにおしゃべりをしながら買い物をしている。
コミュ障椿にとって、こうした気さくな客引きでさえ、正直あまり得意ではないが、蚤の市のような雰囲気は昔から好きだ。自分だけのお宝に巡り合える気がしてワクワクする。
最初は四人でしっかり固まって歩いていたが、慣れてくるとそれぞれ興味があるところに足が向き出した。
ダリアはさっき言ったように果物屋ばかり見ているし、クラリスはいい匂いがするパン屋に吸い寄せられている。アニーは手作りアクセサリーに釘付けだ。
椿は一件のアンティークな小物が置いてある店の前で足を止めた。
古そうな燭台や派手な装飾の宝石箱、古そうなボタンやカフス、ランプやグラス。ガラクタに近い小物まで無造作に並んでいた。
何気なく商品を眺めていると、どこからか強い視線を感じた。
「?」
不思議に思い、その方向に振り向いた。
それは隣の店だった。
隣の店に座っている老婆がジッと椿を見ていた。
(私・・・?)
椿は周りをキョロキョロと見まわした。周りには他にもたくさん人がいる。勘違いだろうと思い、もう一度さりげなく老婆に視線を戻す。しかし、老婆はやはりジッと椿を見つめていた。
(やっぱり、私・・・?)
椿と目が合っても逸らさない。それどころかもっと強く見つめてくる。
(なななな、なんで・・・?)
恐怖が体を走る抜ける。寒気がしてブルっと体が震えた。
引き返そうと思った時、
「そこのお嬢さん。久しぶりだね・・・」
とうとう老婆から声を掛けられてしまった。
「はひっ・・・? わわわ、わ、私ですか・・・?」
恐怖で固まっているうちに、気が付くと老婆が傍まで来ていた。
「そうさね。いやだねぇ、忘れちまったのかい? あんたはまだこんなに若いのに、この老いぼれの方が覚えているなんて」
「すす、すみません・・・、あ、あんまり記憶力が良い方でないので・・・その・・・えっと・・・」
小刻みに震えてる椿を老婆は面白そうに見つめた。そしていきなり椿の左手首を取った。
「ひっ!!」
急なことに驚き、慌てて手を引っ込めようとしたが老婆の力は想像以上に強く、全く歯が立たない。
「このブレスレットをお買い求め下さったじゃろう?」
「へ? ブレスレット・・・?」
椿は老婆に握られた自分の左手首を見た。そこには派手なミサンガが付いている。
「あ・・・、これ・・・もしかしてここで買ったの?」
「あれまあ、本当にお忘れかい? ひどいお嬢さんだねえ。渾身込めて作ったものだというのに・・・」
「す、すみませんでしたぁ! 気に入ってます、気に入ってます! あははは!」
椿は誤魔化しながらさりげなく手を引っ込めようするが、老婆は離す気配はない。さらに椿の手首を引っ張って自分の顔に近づけた。
「そうかい、気に入ってくれたかい、それは嬉しいね。でも、そろそろお役御免のようだね」
ミサンガを見てニッと口角を上げた。
「お役御免・・・?」
「だって、そうだろ? ほら、ここをごらん」
椿は恐る恐る老婆が指を差した箇所を覗いた。
「ほらね、三色の糸の内、二色も切れている」
ミサンガはショッキングピンクと水色の糸が切れ、黄色の糸だけで繋がっていた。
「ホントだ! 気が付かなった! 朝までは普通だった気がするけど。何で?!」
椿は驚いてミサンガを見た。
「何でって。お前さんの願いが叶いそうなんだろうよ? このブレスレットは自然に切れたときに願いが叶うんだから」
「願い・・・」
願い? 私の願い? 私の願いは元の世界に戻ること! 柳と共に。できれば中間テスト前に! もしかしたらそれが叶うのか?!
「願いがあっただろう? このブレスレット買う前に」
え? これを買う前? これを買う前に願いなんてあったか? いいや、何にも願ってない。そもそも自分はこのミサンガを買っていない。従姉妹から貰ったもので・・・。
(あ・・・! 違う、私じゃない、オフィーリア様のことだ! オフィーリア様の願いだ! オフィーリア様に願いがあったんだ! もしかして、その願いが叶うということ?!)
椿は左手首に巻かれているミサンガに見入った。
向こうの世界でオフィーリアも同じミサンガを身に付けているはずだ。
そのミサンガの糸はこれと同じように切れかかっているのだろうか?
(オフィーリアの願いって・・・? それって・・・)
トクトクトクと椿の鼓動が早くなる。
「ずいぶんと思い悩んでいたようだからね。心を込めて作ってあげたんだよ。切れたら願いが叶う呪いを他のブレスレットよりもずっとずっと込めてあげたんだから」
老婆は優しく椿の手を摩った。
「でもね、自分だって努力しなきゃダメだ。自分だって心を開かなきゃ、相手だって開かない。当然だろう?」
「自分も努力しないと・・・」
無意識にオウム返しした椿に老婆は小さく頷いた。
「それとね、お嬢さんの願いが叶ったら、あんたの願いも叶うだろうよ」
そう言うと椿から手を離した。
「え・・・?」
それってどういう意味?
そう聞こうとした時、背後から自分を呼んでいる声が聞こえた。
「オフィーリア様!」
思わず、後ろを振り返った。三人が手を振ってこちらに向かってくる。椿も三人に向かって手を振った。
「きっと帰れるよ。椿お姉ちゃん」
「?!」
椿はビックリして老婆に振り返った。
しかし、そこにはもう誰もいなかった。




