73.街へお出かけ
とうとう朝になってしまった。
窓の外からチュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。
椿は仰向けになったままボーッと天井を見つめた。
昨日の夜は緊張のせいでなかなか寝付けなかった。おかげでまだ眠い。
ボーっとしたままのっそり起き上がると、ズルズルとだらしなく窓辺に向かって歩く。
シャーっとカーテンを開けると眩しい光が部屋に差し込んだ。
「・・・なんて清々しい朝・・・。まさにお出かけ日和・・・」
土砂降りになってお出かけが中止になれば・・・と、心の片隅でとても小さな期待を抱いていたのだが、そんな邪念なんぞ天の神様が聞き届けてくれるはずなどない。
そこにドアノックの音が聞こえたと同時にマリーが朝食を持って入ってきた。
「おはようございます。山田さん。今日はとても良いお天気で、お出かけ日和ですよ! あれ・・・? 浮かない顔ですね?」
「はい・・・。だって、山田にとってはこれも試練の一つで・・・」
「そんな、試練なんて思わないで。気晴らしと思って楽しんできてください! お嬢様も街でのお買い物は大好きでしたから」
マリーは笑いながら小さなテーブルに朝食を並べた。
「さあ、召し上がれ。食べ終わったらお仕度しましょう。お洋服選びはお任せください! お友達四人の中で一番可愛くしてあげますからね!」
「はい・・・。よろしくお願いします・・・」
不安な自分を勇気付けるマリーにペコリと頭を下がると、椿はテーブルに着き、朝食を食べ始めた。
☆彡
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
四人のお嬢様はそれぞれの侍女達に女子寮の門の前で見送られて、元気よく(一名を除き)外に繰り出した。
街までは乗合馬車で向かう。
(ふああああ!)
初めての馬車! 初めての乗り心地! 想像以上の揺れ!
そして初めて目にするこの世界の景色。椿は窓の外の景色を夢中で眺め、心の中で感嘆の雄叫びを上げた。
目に飛び込むのは、石畳の道に西洋の中世を思わせる建物。
街の中心の広場に辿り着くと、そこにはいくつもの屋台が並び、マーケットが開かれていた。
(ヨーロッパに旅行に来たみたい! あ~! カメラがあればあそこの教会の前で写真撮るのに~!)
馬車を降り、鼻息荒く周りを見渡している椿に、
「オフィーリア様、最初はどこに行きましょうか?」
ダリアが優しく尋ねた。
「え? え? えっと、山・・・わ、私はどこでも! 皆さんはっ?」
「わたくし、ソレイユに行きたいわ!」
アニーが顔の前で両手を合わせてうっとりとしてみせた。
「まあ! アニー様ったらいきなりカフェですの? お茶はもうちょっと散策してからでよろしいんじゃない?」
「え~、先に甘いものを頂いてから散策して、そしてまた休憩しましょうよ!」
「ふふふ! いつものアニー様のパターンね!」
「あとね、わたくし、オフィーリア様とお揃いのおリボンが欲しいの!」
「わたくしは靴が見たいわ。最近ね、新しいお店が出店したんですって!」
「まあ! 是非行きたいわ! わたくしは・・・」
楽しそうにはしゃぐオフィーリア・ガールズ。
その隣で椿この景色を焼き付けんとばかりに皿のように目を広げ、興奮気味に周りを見渡していた。
「ではお茶にしましょ!」
いつの間にか行先は決まったようで、椿は三人に引きずられるようにカフェに連れて行かれた。
凡人が足を踏み入れるには躊躇するような高級感漂うカフェに、目の前に置かれた美しいスイーツ。それに舌鼓を打ちながら繰り広げられるガールズトークに椿は眩暈を感じながらも必死について行く。
しかし、当然、自分から話を広げるなどと言う芸当はできない。ひたすら相槌を打つだけだ。普段のオフィーリアなら率先して話題を振るだろうに。それでもそんなオフィーリアらしからぬ椿の態度に三人は何も言わない。自分たちのおしゃべりに頷く椿を見て嬉しそうに微笑む。
(本当に神対応だ、この人たち・・・。オフィーリア様のことが大好きなんだろうな。ごめんなさい、私がオフィーリア様じゃなくて)
三人が慕っているオフィーリアの中身が自分みたいなコミュ障喪女だなんて知ったらどう思うのだろう?
罪悪感を抱えながら、美しいスイーツを口にする。
(お、美味しい・・・!)
喋らずに頷くだけの椿は三人よりも早く皿が空になった。しかし、ガールズトークは盛り上がる一方で終わる気配はない。
椿はひっそりとボーイを呼んだ。
「季節のデザートをもう一つ・・・」
「かしこまりました」
☆彡
カフェを出ると次はショッピングだ。
三人が行きたい店を順番に巡る。もちろん椿は付いて行くだけ。三人がはしゃいでる姿、その神々しさを拝むだけだ。
散々お店を回った後、最初に馬車を降りた広場に戻ってきた。
「本当にオフィーリア様は行きたいところはございませんの?」
ダリアが気を使って声を掛けてくれた。
「そうですわ。わたくしたちの行きたいところばかりで。遠慮せずにおっしゃって」
アニーもクラリスも頷いてくれる。
「えっと、じゃあ・・・本屋に・・・」
と言いかけたが、目の前にある小さな屋台たくさん並ぶマーケットが気になった。
軒を連ねているのは野菜や果物の店が目立つが、中にはアンティークな小物などを置いている店もある。蚤の市のようで椿には魅力的だ。ただお嬢様方にはどうだろう?
(でも、気になる・・・!)
「あの・・・、マーケットの中を歩いてもいいですか・・・?」
椿は勇気を出して尋ねてみた。
「いいですわね! 行きましょう!」
予想と反して、あっさり許可が出た。
「折角だわ。わたくし、何かフルーツを買って帰ろうかしら? お夜食用に」
ダリアは椿に微笑んだ。
きっと椿に丈を合わせてくれているのだろう。彼女に気遣いに心がホワっと暖かくなった。
「ありがとうございます。ダリア様」
椿もダリアに微笑んだ。




