71.柳の言う通り
「あの、オフィーリア様。私事ですが、山田は明後日の学院のお休みの日にオフィーリア様のお友達と街へ出かけることになりました・・・」
夜の10時。壁に掛かった鏡の前で椿はオフィーリアに報告した。
「まあ。それはよろしいわ! わたくしのお友達とちゃんとお付き合いなさっているのね!?」
「はい。皆さん、とても優しくていい人たちですね」
「ふふふ、そうでしょう? 自慢のお友達ですのよ! お友達って素敵ね!」
オフィーリアは嬉しそうに笑った。
昨日、辛そうに婚約解消をセオドアに告げたと言っていたオフィーリアとは打って変わって、どこかとても楽し気な様子だ。椿は首を傾げた。
「あの・・・、オフィーリア様の方は・・・?」
「わたくし? わたくしはセオドア様に婚約解消を受け入れていただきましたの!」
「そ、そんな・・・」
本人が了承したということは、このままだと本当に婚約解消されてしまうではないか! なのにこのお嬢様は何で喜んでいるのだ?
椿はますます首を傾げた。
「だから、わたくし達、お友達になりましたのよ!」
「はい?」
「婚約者ではなくてお友達になりました。お友達になったので、今日、セオドア様は美化委員のお仕事を手伝ってくれましたのよ!」
「び、美化委員・・・?」
「そしてね、自転車の乗り方を教えてもらいましたの!」
「自・・・転車・・・?」
「ふふふ、ぜんぜん乗れませんでしたけど!」
「・・・」
「明日も学校帰りに教えてくれるそうですわ。あ、その前に、美化委員のお仕事もあるのですが、それも手伝ってくださるって、お友達だから!」
「・・・」
「それにしても、美化委員の活動って大変ですわね。まさに肉体労働ですわ。だからと言って、委員の方たちが集まらず仕事を放棄するのは問題ですわね。本当なら明日のお仕事はなかったはずですのよ。それなのに明日も作業をする羽目になってしまったのは、今日の作業に委員全員が揃わなかったからですの。委員長の泉谷様にはもっとしっかりして頂かないといけませんわね。それと用務員の斉藤様はとてもお優しい方で・・・」
とても饒舌に語りだしたオフィーリアに椿は目が点になった。言葉を挟む隙がない。
(え・・・? どういう事? 逆に仲良くなったって事?)
『だーいじょうぶ、大丈夫! 絶対仲良くなるって、俺達みたいにさ! 心配し過ぎた、バカみてー、あはは!』
椿は柳の言葉を思い出した。
「自転車ってとても高度な乗り物ですのね。セオドア様はコツを掴めば簡単とおっしゃっているのですが、わたくしにはなかなか・・・。そうそう、柳様の自転車をお借りして練習しましたのよ。柳様によろしくお伝えくださいませ。それから・・・」
相変わらずご機嫌に話し続けるオフィーリアをポカンと見つめた。
(すごい・・・、本当にそうなった・・・。恐るべし柳君・・・)
『心配し過ぎた、バカみてー、あはは!』
(うん。心配し過ぎた・・・。バカみたいとは思いませんが・・・)
楽しそうなオフィーリアを見て、椿も嬉しくなって頬が緩んだ。そして、楽しそうな自分の顔を見て、笑うとこんな顔になるんだなと何処か冷静に観察した。
『笑うと可愛いよ』
また柳の言葉が頭を過る。
決して笑ったってオフィーリアのように可憐ではない。それでも悪くはないものだと自分の顔を眺めていた。
☆彡
「すみません、柳君。山田は何にも手伝わなくて、すべて柳君任せで・・・」
翌朝、いつもの花壇の前で椿は柳に頭を下げた。
「いいって、いいって。山田はオフィーリアなんだし面が割れてっから下手に動かねー方がいいんだよ」
面が割れているのは柳君、あなたもですよ?
ついそう突っ込みたくなるのをぐっと抑え、椿は頭を上げた。
「それより山田の方はどう? 大丈夫か? 例のお取巻きと上手くやれてる?」
「はい。柳君が根回ししてくれたお陰で。それに皆さん本当に良い人たちなので何とかやれてます」
「そっか、良かったな」
柳はニッと笑った。椿も微笑むと、
「それと、明日のお休みですが、皆さんと一緒に街へ買い物に行くことになりました」
そう報告した。
「マジで? 大丈夫かよ? コミュ障のくせに!」
柳はビックリしたように目を丸めた。
「はい。非常に心配ですが、休み時間の延長と思えば・・・。今日だって休み時間は皆さんと過ごすわけですし、しっかり免疫を付けて明日に挑みます!」
「そうか・・・? 大丈夫そう? 俺も一緒に行く?」
「いいえ、柳君。これは女子会ってやつです。山田だけで挑みます! 大丈夫です。頑張ります!」
椿はグググッと拳を握った。
「それに」
心配そうな柳に向かって微笑むと、握りしめた拳をちょっと突き上げて見せた。
「オフィーリア様も頑張っているんですよ! 婚約解消とか言ってましたが、逆にセオドア様と仲良くなっているみたいなんです! 自転車の乗り方を教えてもらってるとか言ってました!」
「は? 自転車?」
「はい。柳君の自転車で」
「え? 俺の?」
「はい。山田は自転車を持っていないので。オフィーリア様が柳君によろしくって言ってました。とっても楽しそうでしたよ!」
にっこりと笑う椿に対して、柳は不安そうな顔を見せた。
「そっか・・・俺のヘラクレス号で・・・。そっか・・・」
「え゛? そんな大層な自転車なんですか? もしかしてマウンテンバイクとか?」
「いや・・・何でもない。うん! 山田は気にすんな! あははっ!」
「き、気になります! そ、そんな高級な自転車なんですか?! ど、どうしましょう?!」
「いいって、いいって! あははははははは」
「目が笑ってないです~! 柳君~!」
どんなに案じても別の世界にいる二人には成す術はない。
やはり早く帰らなければと再認識する二人だった。




