70.女狐
「マジか・・・いや、ってか、まあそうだろうな・・・」
柳は後頭部を掻きながら溜息をついた。
「ホント・・・何やってんだろうな、セオドアってよ・・・、何簡単に信じてんだ? ヤバくね? アホなのかな?」
「?? セオドア様?」
ブチブチと何か呟き出した柳に、ダリアは首を傾げた。
「いや、何でもない。独り言・・・」
柳はもう一度大きく溜息をすると、情報提供者の女子生徒に振り向いた。
「その『赤髪女』って他でも見てんの?」
「い、いいえ・・・」
二人は揃って首を振った。
「そうか、分かった。いろいろ話してくれてありがとな」
柳は礼を言って踵を返すと、ダリアも二人に礼を言って柳を追いかけた。
「なあ、ロン毛の赤髪女ってさ、オフィーリア以外に知ってるか? そう言や、あんま見かけねーなって思ってさ」
「それが・・・、さっきから私も気になっているのですが、赤毛の方ってあまりいない気がしますわ。特にオフィーリア様のようにはっきりとした美しい赤髪は・・・」
「思った以上に目立つよな~、あの髪の色」
「美しい赤髪と言えば、どなたもオフィーリア様を思い浮かべると思いますわ」
「ピンク頭って言えばオリビアを思い浮かべるのと同じだな。それくらいのインパクトあるもんな」
「ピンク頭・・・」
ダリアは目をパチパチさせて柳を見た。そしてプッと吹き出した。
「ピンク頭って・・・。セオドア様がオリビア様のことをそんな風におっしゃるなんて・・・。本当に今はオリビア様のことを何とも思っていらっしゃらないのですね?」
クスクスと笑いながら柳を見た。柳は首を竦めて見せた。
「ああ、今はね。でも、記憶が戻ったら分かんねーぜ?」
「え?」
「だから、今のうちにオフィーリアの潔白を証明したいんだ、記憶が戻る前に。冷静な判断ができるうちにな」
柳の真剣な顔に、ダリアの顔から笑顔が消えて真顔になった。
「途中で記憶が戻っちまって、またオリビアの虜になったとしても、あんた達が俺に証拠を突き付けてくれよ。頼むな」
「分かりましたわ!」
ダリアは力強く頷いた。
☆彡
「それにしてもよ、濡れた状態のオリビアの姿を見かけてる奴が結構多くね?」
歩きながら柳はダリアに話しかけた。
「そうですわね。そんな姿をたくさんの方に見られてしまったことは、少々気の毒に思いますわ」
「見られたんじゃなくて見せびらかしてたんじゃねーの?」
「え?」
ダリアは驚いたように柳を見た。
「だってよ、水をぶっかけられたのって北校舎の端って言ってたじゃん。それなのに、校舎内や中庭とかいろんな場所でいろんな奴らに見られてるんだぜ?」
「そうですね・・・」
「北校舎の端の階段つったら、すぐ外に出られるし、しかも校門に近いじゃん。さっさと寮に戻って着替えりゃいいのに、何でわざわざ校舎内を歩いた上に、中庭まで通過してんだよ。翌日風邪引いたんだろ? それって無駄にうろつき回ったせいじゃねーの?」
「確かに・・・」
「俺的にはわざと見せびらかしてたとしか思えねーんだけど」
「でも・・・、お言葉ですが、セオドア様を探していたのかもしれませんわよ? 助けを求めて」
「うへぇ、俺に? ずぶ濡れのまま? いやいやいや、そこはまず着替えよーぜって話だぜ?」
「・・・」
「まあ、でも、その方が同情誘うからな~。実際にセオドアもそれにやられちまったわけだろ?」
「・・・」
「なーんか、女狐感半端ねーな。そう思うの俺だけ?」
「い、いえ・・・」
ダリアは目を丸めたまま、呟くように返事をした。
記憶を失ったという彼は、自分が知っているセオドアとは別人のようだとは思っていたが、ここまでくると本当に他人ではないかと疑ってしまう。有り得ないことなのに。
同じ頃からオフィーリアも人が変わったように大人しくなってしまったが、何か関係があるのだろうか?
(今はそんなこと考えている場合ではないわ)
ダリアはプルプルっと頭を振った。
セオドア自身が協力をしてくれるうちにオフィーリアや自分たちの汚名を晴らさねばならない。
「もっと聞き込みしましょう、セオドア様。わたくしは他のお友達にも当たってみますわね」
「おう、よろしくな!」
「はい。お任せください」
正直に言って今のセオドアは非常に品がない。返事一つにしてもそうだ。
だが、こんなにもオフィーリアを気遣ってくれるなら、例え紳士とは程遠くとも、このままの彼の方がずっといいかもしれない。
ダリアはそんなことを考えながら、セオドアに頷いた。




