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66.知らないことばかり

「オフィーリアもこんな風に笑うんだな」


二人して暫く笑った後、セオドアは呟くように言った。


「ふふふ、はしたなくてごめんなさい。呆れましたか?」


「いや、そうじゃなくて・・・。知らなかったと思って」


セオドアが申し訳なさそうに小さく笑った。


「それに、君がこんなにも好奇心旺盛だったなんて。正直、意外だった」


「・・・そうでしょうね。知らなくって当然ですわ・・・」


オフィーリアはふっと寂しそうに笑った。


「だって、セオドア様は今までわたくしのことなんて少しも見て下さらなかったでしょう? 知ろうともして下さらなかったもの」


そう言ってそっと顔を背けた。

その寂しそうな仕草に、セオドアの胸はズキンッと痛んだ。


「そ、それは・・・」


「でも、もういいのですけれどね! だって、これからわたくしの事を知って頂ければいいもの。お友達としてのわたくしをね」


オフィーリアは無理やり笑顔を作ってセオドアに振り向いた。


「友達として・・・」


「ええ、お友達として!」


友達―――。

セオドアは自分の胸に手を押し当て、ギュッとシャツを握った。


今まで何度も口にしてきた『友達』というフレーズ。何故か鉛のように重く胸に響く。


婚約者であることを放棄したいと願ったのは自分ではなかったか。

それなのに彼女の口から以前のような『婚約者なのに』という言葉ではなく、『お友達だから』と発せられる事に、どうしてこんなにも違和感を覚えるのだろう。


「セオドア様・・・?」


オフィーリアに声を掛けられ、セオドアはハッと我に返った。

不思議そうに自分を見ているオフィーリアに慌てて平静を装うと、


「そろそろ帰ろうか?」


そう言って立ち上がった。


「そうですわね。わたくしもこれから寄るところがありますし」


オフィーリアも続けて立ち上がった。


「寄るところ?」


「ええ。お花屋さんに。お母様のためにお花を買おうと思って。セオドア様、知ってましたか? 明日は『母の日』だそうです。母親に感謝を伝える日なのですって。椿様から教えていただきました」


「母の日?」


「カーネーションを贈るのが定番だそうですわ。椿様からお母様にお花をプレゼントするように頼まれましたの。だからわたくしの感謝の気持ちも一緒に込めて送ろうと思いますのよ」


「そう言えば・・・佐々木たちが話していた・・・。プレゼントはどうするって」


セオドアは思い出したように呟いた。


「まあ! お母様想いなのですね、皆様。セオドア様も是非柳様のお母様にプレゼントなさいな! 感謝を込めて!」


「そうだな。俺も一緒に花屋に行くよ」


頷くセオドアにオフィーリアはにっこりと微笑んで見せた。



☆彡



「素敵ですわね! 綺麗な花束がいっぱいだわ!」


花屋の店頭には母の日用のアレンジメントや花束や鉢植えが所狭しと並んでいた。


「どうしましょう! 迷ってしまうわ!!」


オフィーリアは目を輝かせてキョロキョロしている。


「それにしても椿様の言っていた通り、カーネーションが多いですわね~。カーネーションじゃなきゃダメなのかしら・・・」


「そんなことないですよ! 何もカーネーションにこだわらなくたって! お母様のお好きなお花をプレゼントしてあげてくださいな。もしくはお嬢さんが好きな花でもいいと思いますよ!」


オフィーリアの独り言に花屋のおばさんが声を掛けてくれた。


「そうですわよね! わたくし、マーガレットとかガーベラとか可愛いと思いますの!」


「ええ! ポップでいいわよね! アレンジしましょうか?」


「是非お願いしますわ!!」


オフィーリアが楽しそうに定員と話している横で、セオドアも店頭の花々を見渡した。たくさんの種類の中でつい目が行くのは薔薇だ。やはり薔薇は豪華で存在感がある。


しかし、オフィーリアはそんな薔薇には目もくれず、可愛らしいキク科の花ばかり選んでいる。


その光景を見て、一つだけオフィーリアについて知っていたことを思い出した。


「そうだ・・・。オフィーリアは薔薇が嫌いだったな・・・」


だからと言って、彼女がどんな花を好きかなんて知らなかった。


『わたしのことなんて知ろうともして下さらなかったもの』


さっきの言葉が蘇る。ズキンと胸に痛みが走った。


(本当にそうだった・・・)


薔薇が嫌いだという事実を知った時、ならばどんな花を好きなのか聞こうとしなかった。

確かに自分から歩み寄ろうとしなかったのだ。あの時・・・。

彼女が薔薇を嫌いだと知ったあの時・・・。


オフィーリアとの婚約が成立した直後、自邸で催されたお茶会で彼女に送るためにバラの花束を用意していた。自ら望んだ婚約ではなかったが、相手に誠意を見せようと思ってのことだった。


オフィーリアは家柄だけでなく、その美しい容姿から上位貴族にとても人気があった。自分との婚約が成立しても、彼女を望む令息は多く、一縷の望みを抱いて彼女に近寄る男は少なくなかった。


その日も、一人の令息から花束を差し出されているところを見かけた。自分が用意したもの以上に素晴らしく立派な薔薇の花束だった。

しかし、彼女は、


『あら、わたくし薔薇は嫌いですの。全ての女性が薔薇を好きだと思っておいでなの? それは浅はかな考えではなくって?』


そう言い捨てて去って行った。

思わず自分の花束を背中に隠した。まるで自分に言われたようだった。何故なら図星だったからだ。深く考えていなかった。薔薇なら誰でも喜ぶだろうと思っていたのだ。


渡しそびれた花束を持って歩いていた時、ジャックとオリビアを見かけた。

楽しそうに談笑している。彼女の手にはバラの花束が握られていた。それを嬉しそうに眺めている。


淡い恋心を抱いていた彼女。彼女はあんなに薔薇の花を喜んでいるのに。


行き場を失った自分の花束はそのままごみ箱に捨てた。

そして、それっきりオフィーリアのために花束を作ることはなかった。


あの時、もう一度オフィーリアのところに戻って、薔薇でなければどんな花が好きなのか聞くことはできたはずなのに。

いいや、薔薇の花束を用意する前に、事前に好きな花を聞くことだってできたはずだ。


意固地になって歩み寄らなかったのは自分なのだ。


(本当に、彼女の事を知ろうとしなかったな・・・)


花を選ぶオフィーリアを見ながら、セオドアは思わずギュッと拳を握った。



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