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62.穏やかな空気

「こ、こんな高度な乗り物だったなんて・・・」


オフィーリアはベンチに腰掛け、ガックリと項垂れた。

セオドアに支えられながら、何とかペダルを漕いでみるのだが、ほんの少し進んだだけですぐにバランスを崩し、地面に足を着いてしまう。

結局、碌な進歩も見せないうちに、日も暮れてきてしまい、今日は断念することになった。


「確かに最初は高度だな。でも、子供だって乗れるんだ。絶対乗れるようになるから」


セオドアは自転車を止めると、オフィーリアの隣に腰を降ろした。


「・・・そうでしょうか・・・、自分で認めるのも悔しいですが、まるでセンスがないような気が・・・」


「あはは! そんなことない。俺も初めて乗った時は大変だった。コツを掴むまで健一の父上に押さえてもらっていたよ。今日のオフィーリアはその時の自分を見ているようだった」


楽しそうに笑いながらオフィーリアを見た。


「セオドア様もあんな風に無様によろけてましたの?」


「ああ、ヨロヨロしてたし、何度も・・・」


転んだと言いかけて、慌てて口を閉じた。オフィーリアを怖がらせると思ったからだ。だが、オフィーリアは誤魔化されなかった。


「何度も?」


「・・・転んだよ」


「う・・・、やっぱり転ぶのですのね」


オフィーリアはサッと青ざめた。

セオドアがいなかったら自分は一体何回無様に転んでいたのだろう? 無傷で終えられたのは彼のお陰だ。


「まあ、一、二回は転ぶことは覚悟しておいた方がいい。もちろん、出来るだけそうならないようにサポートするから」


「え?」


セオドアの言葉に目を丸めて固まっていると、


「それとも、諦める?」


セオドアは少し残念そうな顔をした。


「えっと・・・、でも」


「乗りたいんだろう?」


「そうですが・・・、また教えてくださるのですか?」


目を丸めたまま尋ねると、セオドアがフッと笑った。


「ああ、もちろん。折角だしマスターしよう。続きは明日だ」


「本当に?」


「ああ、明日も学校帰りにここで練習しよう」


「お友達だからお付き合いくださるの?」


「ああ、友達だから」


セオドアが頷いた。その顔は優しい笑顔だ。オフィーリアも自然と頬が緩む。


「ふふ、ありがとうございます。セオドア様」


(やっぱり、『友達』ってすごいわ!)


持つべきものは「婚約者」なんかよりも「友達」だ。

オフィーリアは笑顔で返事をした。



☆彡



婚約者を辞め、友達になった途端、セオドアはすっかりオフィーリアに心を許してくれたようだ。今日も二人でランチを一緒に食べている。

場所は昨日と同じ校舎隅にある静かな階段。


「セオドア様、今日はパンではなくてお弁当ですの? 大きなお弁当箱ですわね」


セオドアの膝の上に広げられた大きなお弁当箱を見ながらオフィーリアは呑気にそんなことを聞く。自分のお弁当箱を見比べると優に一回りは大きい。


「ああ。昨日は健一の母上が忙しかったらしくパンにしてくれって言われてね。いつもは父上の分も俺の分も作ってくださる」


「椿様のお母様も毎日作ってくださるの。感謝ですわね。あら、セオドア様、お箸を使えますの?」


箸箱から箸を出したセオドアにオフィーリアは目を丸めた。


「ああ。健一の母上に教えてもらって・・・。オフィーリアは使えないのか?」


可愛らしいスプーンとフォークを握っているオフィーリアにセオドアは首を傾げた。


「つ、使えますわよ! これはお弁当箱とセットのカトラリーですの! お家ではお箸を使ってますわ!」


「ふーん?」


セオドアは意味ありげに微笑んだ。


「ほ、本当ですわよ! バカにしないで下さいませ!!」


オフィーリアはツンと顔を背けた。嘘は言っていない。未だに下手糞だが、夕食時は頑張って箸で食べているのだ。


「ハハハ、これもコツを掴めば簡単だものな。自転車もそうだ」


セオドアは箸を持つと、これ見よがしに上下に動かし、器用にから揚げを摘まんで見せた。そして、ポイっと自分の口の中へ放り込むと、ニッと少し意地悪っぽい笑みを浮かべオフィーリアを見た。


(く・・・っ。どこまで器用な人なのよ、この人は!)


モグモグと美味しそうに食べるセオドアをオフィーリア恨めしそうに一睨みすると、卵焼きをフォークで刺した。


ツンっと捻くれた態度を取ってしまっているのに、不思議とこれまでのような険悪なムードにならない。


そこには、今までの二人では考えられないほど、穏やかな空気が流れていた。


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