56.揺るがない思い
「修道院へ送るなんてこと・・・なさらないでっ・・・!」
涙ながらに訴えるオフィーリアにセオドアはたじろいだ。
「修道院って・・・、何を言って・・・」
いるんだと言いかけたところに、さほど遠くないところから人の呼ぶ声がした。
「柳ぃー! ここにいたのかよー!」
例の三人組だ。セオドアは軽く舌打ちをした。
「な~にしてたんだよ~!」
「帰ろうぜぇ~~、柳っち~~!」
一人がセオドアの背中に飛び掛かるように抱きついてきた。そのまま、足をセオドアの腹に巻き付け噛り付いた。
「お、重っ・・・! ちょ、ちょっと、放せっ!」
セオドアは唸り声を上げるが、男子はケラケラ笑って離れない。
「おー! 山田さん、おつかれ・・・って、あれ? 泣いてんの? 山田さん?」
「え? 嘘? マジで? 何で何で?」
二人の男子生徒がオフィーリアの傍にやって来た。セオドアに噛り付いてた男子生徒も慌てて降りて、心配そうに様子を伺う。
「どうした? 山田さん?」
一人の男子生徒が膝に両手をつき中腰になってオフィーリアの顔を覗き込んだ。
「え・・・、いえ。何でもありませんわ! ちょっと、目にゴミが・・・」
オフィーリアは慌てて目を擦った。
「うわぁ! 超ベタな嘘~! おーい、柳! お前、何言ったんだよ?!」
中腰男子―――佐々木の隣に立っていた田中がセオドアに振り向いた。
「お、俺は・・・」
「おーい、柳っち、顔が良いからって何でも許されるわけじゃねーぞぉ」
セオドアの背中から降りた後藤は肘でセオドアの腕をツンツンと突いた。
「俺は・・・」
セオドアは何も言うことが出来ず、俯いてしまった。
「ったく・・・」
中腰のままセオドアの方をチラ見した佐々木は、はぁ~と呆れたように溜息を付いた。
「まあ、俺達もここで追及するほど野暮じゃねーけどよ」
そう言って姿勢を戻した。そしてポケットからハンカチを取り出すと、オフィーリアに差し出した。
品の無いと男子生徒と思い込んでいた一人からスマートにハンカチを差し出されたことにオフィーリアは驚いてしまった。
「ありがとうございます・・・」
素直に受け取ると、
「いやだぁ~、佐々木くーん、超紳士~! カッコいいー、惚れちゃ~う!」
それを見ていた田中が冷やかした。
佐々木は田中の脛に軽く蹴りを入れると、
「おめーがさっさと出さねーからだよ」
ツンと茶化しをかわした。
「え~、俺のハンカチ? だってこれだぜ? これでいいの? これ使う? 使う勇気ある? 山田さん?」
田中はポケットからクチャクチャに丸まったハンカチを取り出して、オフィーリアに見せた。
オフィーリアは全力で首を横に振った。
「だよね~。ごめんね~、でもそんなに汚れてないよ?」
「やべーよ、それ。山田さん、俺のマジで綺麗だから。安心して使って」
二人の会話にオフィーリアは思わず笑みが零れた。
オフィーリアの笑顔を見て、セオドアはどうしてか胸の奥がズキンッと疼いた。
思わず片手で胸を押さえた。
「やーっぱ、佐々木っちは男前だな~。柳っちも見習えよ~、って俺もか?」
後藤は笑いながらセオドアの腕をポンポンと叩くと、両手を頭の後ろで組んでオフィーリア達を見た。
セオドアはチラッと後藤を見た後、オフィーリアに視線を戻した。
さっきまであんなに悲しそうに泣いていたのに・・・。
その涙はまだ乾ききっていない。でも、今はもう、佐々木と田中を見て笑っている。
佐々木に渡されたハンカチを口元に当てて微笑んでいる。
セオドアは胸を押さえていた手で無意識に胸元のシャツを握り締めていた。
☆彡
その日の夜、オフィーリアは椿にセオドアに婚約解消を申し入れたことを報告した。
「ええええ~~~~!?」
椿は鏡の向こうで仰天している。
「ちょっと、声が大きいですわよ! 椿様!」
オフィーリアは鏡に向かってシーっと人差し指を口元に添えた。
「ででででも、ほほほ、本気ですか?! オフィーリア様! だって、だって、オフィーリア様はセオドア様が好きなんでしょう?」
「ええ、そうですわね。でも、わたくしがいくら好きだってどうにもならないもの。向こうから婚約破棄されるよりはいいでしょう? 修道院送りも止めていただくようにお願いしてみましたわ」
「そんなシレっと言われましても・・・。頑張りましょうって言ったじゃないですか・・・。頑張って誤解を解いてもらいましょうって・・・」
椿は困惑した顔でオフィーリアを見ている。
「ええ、頑張って断罪回避!修道院送り回避!っていいましたわね。ですから、早々に直訴したまでですわ」
オフィーリアはツンと顔を背けて見せた。
「そうです・・・か・・・。でも・・・、仲良くする努力もした方が・・・」
泣きそうな顔で訴える椿に、オフィーリアは観念したように溜息をつくと、
「ごめんなさい、椿様。努力はしても結果は同じなの。今までより少しは親しくなれるかもしれないけれど、婚約解消は免れませんわ、きっと」
真っ直ぐ椿に向き直った。
「セオドア様の気持ちは揺らぐことはないわ。不動よ。誤解が解けたからと言ってわたくしに振り向くことは絶対に無いの・・・」
そう言って目を伏せた。




