55.私のせいにしたいだけ
「オフィーリア・・・」
自分を呼ぶ声が聞こえ、オフィーリアはボーッと声がした方へ振り向いた。
「・・・セオドア・・・様・・・」
そこには心配そうな顔をしているセオドアが立っていた。
「泣いているのか・・・? オフィーリア」
「え・・・?」
セオドアに言われて初めて自分が泣いていることに気が付いた。
慌てて顔を背け、片手で涙を拭った。
「何故・・・?」
心配そうに尋ねながらセオドアが近づいてきた。
何故だと・・・?
それを貴方が聞くのか? 何て鈍感な人なんだろう。
一瞬、そう思い腹が立った。しかし、自分が泣いている理由も分かってもらえないほど、この人とは距離があるのだ。そう気付かされ、怒りより侘しさの方が大きくなった。
「いや・・・、すまない・・・。俺のせいだな・・・」
分かっていたのか・・・?
オフィーリアは瞬きをしてセオドアを見た。彼は気まずそうに眼を逸らした。
「オフィーリア、その、婚約解消の件だが・・・、本気なのか? 本気で俺と婚約解消をすると?」
「ええ。なぜ疑っていらっしゃるの?」
「君から切り出されるとは思わなかったから・・・」
申し訳なさそうな態度を見せながらも、思いもよらないことと素直に認めた彼の傲慢さに苛立ちを覚える。
「あら、わたくしから切り出したことにご不満でも?」
苛立ちから、つい皮肉が口をついて出てしまう。
「先に言われて自尊心が傷つかれたとか? そうでしょうね、本当ならわたくしの事をバッサリ切って捨てるおつもりのようでしたから。先を越されてガッカリされました?」
「何を言って・・・」
「でも、これくらいはさせてくださいな。散々裏切られたのはわたくし。他所の女性と不義を働いたのはセオドア様ですのよ?」
「他所の女性だと?!」
セオドアの目が吊り上がった。
「ええ。他所の女」
オフィーリアは力強く言い返した。
「その他所の女性に対して散々嫌がらせをしたのは誰だ!? 君じゃないか! 俺は彼女を守っていたんだ! こともあろうに自分の婚約者からな!」
「・・・オリビア様を守る・・・? わたくしから・・・?」
スーっとオフィーリアの体温が下がった。
「ああ! 君のオリビアへの仕打ちはあまりに酷い! 目に余るほどだ!」
「そうですか・・・。やっぱり・・・」
この人は私が卑劣な行為をしていると信じて疑っていないのだ。そんなことはないと心の隅の方で僅かな期待を持っていたが、それは空しく散ってしまった。
オフィーリアはキッとセオドアを睨んだ。
「ではお伺いしますが、具体的にはどのように酷いことをしたとおしゃるのですか?」
「何?!」
「わたくしがオリビア様にした仕打ちです。具体的にどのような事を?」
「とぼける気か?」
「いいえ。わたくしがしたことは彼女が淑女らしくない行いをした時にそれを咎めたことくらいですわ」
「は? 何を言っている! それだけではないだろう?」
「いいえ。それだけです。ただし、咎め方が悪かったことは反省しています。人前で聞こえよがしに言ったりしましたわ。嫌味な言い方になってしまったこともあります。確かにこれは彼女への侮辱ですわね。それは認めます」
オフィーリアは目を伏せた。
「でも、セオドア様がおっしゃっている酷いこととは、このことではないのでしょう? もっと卑劣なことでしょう? 例えば教科書を破いたり、捨てたり・・・、水をかけたり・・・。でも、そんなことはしておりません!」
再び顔を上げ、真っ直ぐとセオドアを見据えた。
「そんな卑劣で野蛮な行為は断じてしておりません! わたくしはオフィーリア・ラガンですのよ! ラガン家の娘としてのプライドがあります! そんな行為、そのプライドが許しませんわ!」
オフィーリアの勢いにセオドアは息を呑んだ。
「それに、証拠はありますの? わたくしがやったという証拠が!」
「そ、それは・・・」
痛いところを突かれたのか口ごもる。
「オリビア様がおっしゃったから? 証拠も無いのに、オリビア様がおっしゃっただけでわたくしのせいだと信じるのですか?」
「オリビアが嘘を付いていると・・・?」
セオドアは再びオフィーリアを睨んだ。
オフィーリアはギュッと唇を噛んだ。
「いいえ・・・、ただ安易だと申し上げているのです。わたくしだって、セオドア様にわたくしとオリビア様どちらを信じると尋ねて、わたくしと答えるなど絶対に無いことくらい分かってますわ」
じょうろを抱えている両手が微かに震える。
「それに・・・セオドア様は・・・・、オリビア様を信じるというより・・・わたくしが犯人だと信じたいのでしょう? その方が何かと都合がいいですものね」
オフィーリアは再び目を伏せた。
「わたくしとの婚約を破棄する言い訳になるもの。だから、わたくしが犯人であってほしいのでしょう? だから・・・、だから・・・証拠も無いのにわたくしのせいだとおっしゃるのだわ」
花壇の苗の葉が目に入った。風に揺れるその葉が霞んできた。泣くまいと必死に歯を喰いしばる。
「でも残念ながら違うのです。わたくしではないの。だから・・・」
涙はオフィーリア意思ではどうにもならなかった。ポタポタと雫が数滴地面に落ちた。
「修道院へ送るなんてこと・・・なさらないでっ・・・!」




