41.椿の家
オフィーリアとセオドアは病院のロビーで別れることになった。
それぞれの母親と家に帰ることになったからだ。
「本当にこれからどうすれば・・・」
母親同士は頭を悩ます。
「お母さん方も心配だと思いますが、一番辛いのは本人ですから。是非家族で支えてください。学校も全面的にフォローしますので。私も極力二人の様子を気にかけるようにしますから。何かあったらすぐにご連絡します」
竹田はポンと自分の胸を叩いた。
「とにかく、お医者様の言っていた通り、あまり本人を否定しないようにしましょう、お母さん」
「はい・・・」
「そうですね・・・」
母親達はガックリしたように頷いた。
「ただ、椿が柳君と親し気で助かりました・・・。あの調子なのに学校で一人になってしまうと思うと不安で・・・。もともと友達が少ない子なので」
椿の母は、離れたところで長椅子に座っている二人を見た。
「それは健一も同じですよ! 一人でないのが救いです。健一に山田さんを助けるようによく言って聞かせますから!」
「私も山田を守りますよ! もちろん柳も!」
柳の母と一緒に竹田も大きく頷く。
「まあ、幸い明日からゴールデンウイークで学校は休みですし、もしかしたらその間に記憶が戻るかもしれませんよ! あまり気を落とさないで! おーい! 山田ぁ、柳ぃ、帰るぞぉ!」
二人を否定するなと言った竹田本人が大声で山田と柳を呼んだ。
☆彡
「オフィーリアちゃんって言ったっけ? 着いたわよ。ここが我が家」
タクシーを降りるとそこはとても小さい家の前だった。
車に乗ったのが人生二度目のオフィーリアは、まだ恐怖に慣れない。膝が少し震えている。それでもそんなみっともない姿を見せるまいと、フーっと大きく息を吸うと、シャンと胸を張った。
周りを見渡すと、「我が家」と言われた家と同じような家屋が建ち並んでいた。
母親は小さい門扉を開けると、オフィーリアを家に入れた。
早速、玄関の上り框に戸惑う。何で一段高くなっているのだろう? 何で靴が並んでいるのだろうか?
不思議に思いながらも、そのまま玄関を上がろうとすると、
「ちょ、ちょい待ち! 靴脱ぐのよ、靴!」
母親に止められた。
「まあ、ここで靴を脱ぐのですか? わたくしの国と風習が違いますわ」
目を丸める娘に、母親は呆れたような顔を見せた。
「ほんとーーーに、椿じゃないのね、あんた・・・。ここまでくると納得せざるを得ないと言うか何と言うか・・・」
母親は大きく溜息を付いた。
「まあ、仕方ないわね・・・。とにかく、家の中は靴を脱ぐのよ。靴を脱いでスリッパに履き替えて。これが椿のスリッパ。花柄で可愛いでしょ?」
母親は先に玄関を上がると、オフィーリアの前にスリッパを並べた。
オフィーリアも母親を真似て靴を脱ぎ、用意してくれたスリッパを履いた。
「おいで。椿の部屋に案内するから。二階よ」
母親はリズムよくトントンと階段を上がっていく。オフィーリアも後を追った。
そして一つの扉を開けた。
「・・・ここが・・・?」
狭い部屋だ。天井も低い。自邸の自分の部屋とは大違い。学院の寮の部屋ですらここより広いのではないか。
仕方がない。家屋を見る限り、この家族は街中に住むただの平民だ。部屋が狭いのは当たり前。もしかしたら自分の部屋すらないのではと不安に思っていたほどだ。
「とりあえず制服を着替えちゃいなさい。こっちに部屋着がしまってあるからね。好きなのを着なさい」
母親はタンスを指差した。
「着替えたら下においで。疲れたでしょう? お茶入れるからおやつ食べよう、おやつ。お饅頭あるから。甘いものでも食べて脳を落ち着かせないと」
そんなことを言いながら母親は部屋を出て行ってしまった。
ポツンと一人残されたオフィーリアは、再び部屋を見渡した。
簡素な机とそれには不似合いな不思議な形をした椅子。本棚もとても簡素でただの木の板の箱のようだ。その本棚には小さな本がぎっしりと詰まっている。そして、これもまた簡素なベッド。ただ、掛けてあるベッドカバーが可愛い花柄で、他の地味な家具とは不釣り合いだ。
オフィーリアは溜息を付いて、母親が教えてくれたタンスに手を掛けた。
☆彡
ダダダダっと階段を駆け下りてくる音に、急須に茶葉を入れていた母親は驚いたように顔を上げた。
「どうしたの!?」
階段を降り切ったものの、どこに行けばいいか分からずキョロキョロとしている娘に声をかけた。娘の手にはスウェットの上下が握られている。
「お母様! 椿様のお母様! お洋服って・・・こんなみすぼらしい・・・ズボンのような物しか見当たらないのですが! 他にはないのですか!?」
「?? だってあんた・・・。あ、いや・・・そうね、あの子、椿ってお洒落に無頓着だから。ジャージ系の楽ちんズボンしか持ってないわね。お母さんが可愛いの選んだって嫌がるのよ」
母親は肩を竦めた。
「でも、家の中じゃそういうのが一番楽よ。ほら、着替えておいで。制服はちゃんとハンガーに掛けるのよ」
そう言うと、オフィーリアの向きをクルっと変え、部屋に戻るように背中を押した。
オフィーリアは押されるがまま階段を上がり、そのままスゴスゴと部屋に向かった。




