40.衝撃
CT検査を終えたオフィーリアとセオドアは呆然と病院の廊下の長椅子に座っていた。
完全に脱力し、まるで魂が抜けているような状態だ。二人ともボーっと前を見ているだけ。もう何が何だか分からない。
竹田はまたどこかに行ってしまったようだ。看護婦にここに座って待っているように言われ、大人しく彼を待っている。と言うよりも、今は立ち上がる気力さえない。
(わたくし達は一体何をされたの・・・?)
無意識に二人は手を繋いでいた。そのことに竹田が戻って来るまでまったく気が付かなかった。それほどまでに今経験した「CT検査」というものが衝撃だったのだ。
少し前、二人は医者の小部屋から連れ出されると、また別の小部屋に連れて行かれた。しかし、今度は二人別々。
セオドアと引き離され不安な気持ちの中、オフィーリアは細身のベッドに寝かされた。その上、体を固定された。恐ろしくて悲鳴を上げたら、看護婦らしき女性が大丈夫よ~と優しく手を握ってくれた。次の瞬間、ベッドがゆっくりと動き出した。驚き過ぎて息が止まりそうになった。
「大丈夫よ~、すぐ終わりますからね~」
看護婦の微笑みながら握っていた手を放した。
頭の方に大きな円形の物体が口を開けて待っている。その中に吸い込まれるようにベッドが入っていく。
(もう駄目・・・!)
そう思った時、プツっと意識が途絶えた。
意識が戻ったのは、看護婦に肩を叩かれて起こされた時だ。
「終わりましたよ~。気を付けて起き上がってね~」
悪意のない優しい笑顔。悪さをされたわけではないようだ。
看護婦に助けられながら起き上がる。フラフラっと廊下に出ると、同じタイミングで別の小部屋から真っ青な顔のセオドアが出てきた。
二人はふら付きながら近づいた。お互い無言で手を取ると、脱力したように椅子に沈んだ。
☆彡
お互い言葉を交わすことなく、呆然と座っているところに竹田が中年女性二人を伴って戻ってきた。
「椿! 大丈夫?」
「健一! あんたって子は!」
中年女性は二人の元に駆け寄ると、一人はオフィーリアに、もう一人はセオドアの前に立った。
「大丈夫ですか、山田さん? 息子が、この馬鹿が本当に申し訳ない!」
セオドアの前に立った女性は、なぜかオフィーリアに深く頭を下げた。
「いいえ! そんな! 先生のお話ですと娘を助けようと一緒に落ちたって言うのに! 頭を上げてください」
椿の前にいる女性が頭を下げている女性に声を掛ける。
「ほら、お陰様で娘は無傷ですし! それなのに柳君は怪我をしてしまって。柳君、ありがとうね! 怪我は大丈夫?」
「こんな擦り傷! もとはと言えば息子がふざけていたせいですから!」
そんな中年女性のやり取りをオフィーリアとセオドアはポカンと見ていると、竹田が申し訳なさそうに間に入ってきた。
「実は・・・、さっきも言いましたが・・・二人して頭を打ったようで、記憶が混乱しているようなんです。検査は終わったので、後はお医者様の説明があると思います」
そこに看護婦から声が掛かった。
竹田は中年女性二人と生徒二人を診察室へ促した。
ポカンとしている生徒二人を立たせようとした時、二人の手がしっかりと握られていることに気が付いた。不安からなのだろうが、お互い頼り合っているように見える。こちらの心配事は尽きないが、被害者と加害者である二人が寄り添っていることは第三者としては少々ホッとする。
竹田の視線が自分たちの手元に注がれていることに気が付き、オフィーリアは首を傾げた。しかし、その視線を追って目にした光景に自分でも驚いた。セオドアが自分の手をしっかりと握っている。
「っ!」
セオドアも気が付いたようだ。二人は慌てて手を放した。
お互い気まずそうにそっぽを向く。
竹田は見て見ぬふりをして、二人を立たせると診察室に急いだ。
☆彡
「どこも異常はありませんね」
医者はパソコンの液晶画面に映ったCT画像を二人の母親と担任教諭に見せながら言った。
「ショックで一時的に記憶が錯乱しているのかもしれませんが・・・。自分を別人と言い切る現象はなかなか珍しい・・・」
医者は腕を組みながら頭を捻る。
「あ、あの・・・娘は、その直るのでしょうか?」
「息子は・・・?」
母親も混乱しているようだ。食い入るように医者を見つめている。竹田も然り。
その横で、オフィーリアとセオドアはちんまりと座っていた。
座っている椅子の座面がクルクル回る。不安定だ。油断をすると変な方向を向いてしまう。
「今は何とも言えません。様子を見るしかないでしょう」
「そんな・・・」
「困ったわ・・・」
医師の言葉に母親二人は暗い表情になった。
隣でオフィーリアの椅子がクルンと回り、咄嗟にセオドアの腕を掴む。
「当院の心療内科を紹介しましょう」
「ありがとうございます」
「是非、お願いします」
今度はセオドアがクルンと回る。慌てて止めようとお互い手を伸ばす。
向きを変えようとする度に、椅子は自分の想像以上に回る。
「日常生活に不安が無ければ、気長に様子を見・・・」
〔下手に動かない方がいい、オフィーリア。床に足をちゃんと付けて〕
〔わ、分かってますわ。でもすぐクルって回るんですもの・・・!〕
バランスを保とうと必死なオフィーリアをセオドアが支えている。
「・・・」
そんな二人の様子を大人四人は絶望的に眺めた。
「え、えっと、まあ、その日常生活にそんなに支障が無ければ、気長に様子を見ましょう!」
「・・・」
二人の母親と教諭は医者を軽く睨んだ。




