105.それぞれのエピローグ(椿&柳)
「椿! 一緒に帰ろうぜ~!」
「っ!!」
ホームルームが終わるといつものように柳が椿の席まで迎えに来る。
友達宣言から二週間。昨日、心配していた中間テストも何とか無事に切り抜けた。
とは言えど、結果はこれから。正直なところ、今回は成績が下がることは覚悟している。それでも、ゴールデンウイークがあったお陰で、こちらの空白の時間は一週間だったことが幸いした。また、オフィーリアとセオドアが分からないなりにも頑張って取ってくれたノートも想像以上に役に立った。
そして、この二週間の間に、いつのまにか苗字呼びから名前呼びに変わったが、椿はまだその呼び方に慣れず、呼ばれる度に恥ずかしさから顔が赤くなってしまう。
「え、えっと、今日はテスト明けで早速美化委員活動がありまして、一緒に帰るのはちょっと無理かと・・・」
「え~~~・・・」
申し訳なさそうに謝る椿に、柳はガックリと肩を落とした。
「そこは『俺も手伝うよ』って言うところだから! 少しは頭使いなさいよ、柳君」
近くにいた女子生徒が呆れたように柳の後ろからフォローする。そして、椿にだけ見えるように親指を立てて、ニッと笑った。
「そっか! サンキュ! 椿、俺も手伝うよ!!」
「で、でも、ご迷惑じゃ・・・?」
「いいって、いいって! んじゃ、行こうぜ!」
柳は椿の手首を取ると、
「ちゃっちゃと終わらせて帰ろうぜー! 帰りにたこ焼き食ってこうよ」
そう言いながらズンズンと歩き出した。
「行ってら~~、頑張って~、柳っち」
「山田さん、柳をよろしく~」
「柳ー、ちゃんと手伝えよ~」
教室から出て行く二人を佐々木たちクラスメイトはヒラヒラと手を振りながら見送る。
「おー、またなー!」
柳は手を振り返し、椿はアワアワとペコリと頭を下げて、柳に引きずられるように歩いていく。
「今日も柳君、頑張ってるね・・・」
「あそこまでいくと、何か逆に山田さん、ちょっと可哀想・・・?」
「『彼氏』に昇格すれば少しは落ち着くんじゃない?」
クラスの女子生徒たちも生温く見守っている。
柳は人気者であるがゆえに、女子生徒にもモテていた。
そんな柳の想い人が喪女の椿と知れ渡った時にはクラス中が動揺した。当然、椿は柳に想いを寄せていた女子生徒からの反感を買うことになるのだが、柳のガードの方が強かった。
椿への執着っぷりを堂々とお披露目したおかげで、誰も椿に手が出せなくなったのだ。
そんな中、椿は陽キャの柳の影響もあり、徐々に柳の知り合いと言葉を交わすようになった。
一気に喪女は脱せない。一日で陰キャが陽キャに変わることは不可能。それでも、人気者の柳の傍にいてもおかしくないように、少しずつゆっくりと椿も変わる努力をしていた。
「柳君。実は報告があるんです!」
苗を植えるための穴をシャベルで掘りながら、椿は柳に話しかけた。その顔は少し興奮気味だ。
「何?」
「さっきの休み時間のことなんですけど。山田は今日、例の『麗しのオリビア』を持ってきてまして」
「おー、例のラノベ?」
「はい。中間テストも終わったのでもう一度読んでみようと思って・・・。そうしたら、表紙が・・・、少しの間だけ表紙の絵が変わったんです!」
「へ?」
「本当の表紙はオリビア様が真ん中で両端にセオドア様とジャック様がいて、隅の方に小さくオフィーリア様が描かれているんですけど、それが・・・」
ピンクの髪の可憐な少女。その右隣に彼女の手を取り、優しく見つめる金髪碧眼の青年、左後ろに茶髪碧眼の青年が立っており、彼も愛しそうに少女を見つめている。そして、隅の方に長い赤毛の少女が小さく描かれている。
これが本当の表紙だ。
「それが、なんと、長い赤髪の美少女と金髪の青年が仲良く寄り添っている姿が表紙になっていたんです!」
「マジか?!」
「はい! だけど、驚いて目を擦ってもう一度見たら、元に戻っていて・・・。でも、絶対に見間違いではないと思うんです!」
「わー! すげー! じゃあ、やっぱ、二人は上手くいったんだな!」
「信じてくれますか? 到底信じられない話ですけど」
「あったり前じゃん!! だって、俺たち一緒に到底信じられない体験をしてきてんだぜ? 信じるに決まってんじゃん!」
「ありがとうございます。柳君」
興奮気味に頷く柳に、椿はホッと安心したように微笑んだ。
「きっとさー、椿に教えてくれたんだよ、神様か誰だか知んねーけどさ。小説の中身は変わらずオフィーリアバッドエンドだとしても、実際の向こうの世界ではちゃんとハッピーエンドになってんだってさ」
「はい! きっとそうですね!」
「そっかー、向こうは無事ハッピーエンドになったかー。じゃあ、こっちも早くハッピーエンドにならなきゃな!」
柳はニッと笑って椿を見た。その顔は少し赤い。釣られるように椿も頬が赤くなるのが分かった。慌てて顔を背け、傍に置いてある苗を掴むと、
「こ、こ、この苗! サ、サルビア! 可愛いですよねっ!」
無理やり話題を変えた。椿の慌てぶりに柳はクスッと笑った。
「おー、可愛い。けど、椿も可愛い」
「!!」
椿はボトッと苗を落とした。
「あー、椿の花が可愛いって言ってんじゃねーよ? まあ、椿も綺麗だけどさ。俺が可愛いって言ってんのは椿のことね、椿、山田椿」
「わ、わ、分かりました! 分かりましたから、やめてください!」
「わ! 椿! 軍手のまま顔を覆うな! 顔に土が付くぞ!」
「あ゛・・・」
「ほらな~」
校舎の片隅の花壇からそんな幸せそうな会話が聞こえる。
柳が望むハッピーエンドを迎えるのも、もう間近のようだ。
完
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