100.別の世界の人間
「俺的には、オリビアが黒な気がすんだよな。まあ、完全黒じゃないにしてもかなりグレー?」
「へ?」
椿はポカンと柳を見た。柳はそんな椿に申し訳なさそうに首を竦めた。
「山田には言ってなかったんだけどさ、オフィーリアの友達と・・・名前何つったっけ?・・・いろいろ調べてみたんだけど、何か胡散臭ーんだよ、オリビアの行動が」
「う、胡散臭い・・・?」
「オリビアの虐めの現場には必ず目撃者がいてさ、そいつらみんなロン毛の赤髪女を見てる。しかも後ろ姿。オリビアは虐められた姿をいろんな奴らに見られてるし。現場にいない奴らにもさ。俺的には見せて回ってるとしか思えねんだよなぁ」
「そ、そんな・・・、それじゃ、ヒ、ヒロイン自ら仕組んだってこと・・・ですか・・・?」
「んー、まあ、あくまでも俺の推理? 本当のところは分かんねー。後はセオドアとオフィーリアの友達が引き続き調べてくれればいいんだけどな」
柳は野菜ジュースをズズズーッと最後まで飲み干した。思いもよらないことを聞いた椿は心配そうに柳を見つめた。
「調べてくれるでしょうか・・・? セオドア様・・・。きっとダリア様は調べてくれると思いますけど・・・」
「そうそうダリア、そんな名前だったな」
柳は思い出したように呟くと、ニッと笑って椿を見た。
「ま、大丈夫だろ、きっと。仮にもオフィーリアに告ったんならさ。それに、アイツの部屋に残してきた俺のメモが役に立ってるかもよ?」
「メモ?」
「おう。俺の推理メモをセオドアの机に置きっぱなしにしてた。あれを見たらセオドアだってよっぽどのアホじゃなきゃ動くだろ」
それでも心配そうな顔をしている椿の頭を、柳はいつもの通りポンポンと優しく撫でた。
もう撫でてもらうことなどないと思っていた椿はビックリして飛び上がりそうになった。急に心臓が早打ちし始める。頬も熱を帯びるのが分かり、赤い顔を見られるのが気恥ずかしく、慌てて顔を伏せた。
「心配すんなって、山田。それにさ、俺らが心配したってもう何もしてやれることはないんだし。気を揉ますだけ無駄無駄。アイツらはアイツら、俺らは俺ら。別の世界の人間なんだからどうにもなんねーよ」
別の世界の人間―――。
その一言が浮き立つ椿の心に刺さった。途端に心臓の動きが正常に戻る。顔の熱も引いてきた。
「そうですね、そうです。山田がどう悩んでも仕方がないですね」
椿は顔を上げると柳に向かって微笑んだ。そして、弁当箱をしまうと立ち上がった。
「あの、山田はこの後図書室に行きますので」
「え? 図書室? 読書?」
「はい。あの・・・。柳君、今回のことは本当にお世話になりました。柳君がいてくれたおかげでとても心強かったですし、それに何度も助けてもらって、本当に感謝しかありません。本当にありがとうございました」
椿は柳に向かって深々と頭を下げた。
「いいって。律儀だな、山田って。お互い様じゃん」
柳は笑いながら答えたが、どこか表情は寂しそうだ。
その時、ブブブッとスマートフォンのバイブレーションの音がした。柳はポケットに手を入れた。
「んだよ・・・。誰だよ、もう。遠藤・・・?」
メッセージが届いたようだ。柳はブツブツ言いながらスマートフォンを操作する。
遠藤という名は知っている。クラスメイトでいつも柳の周りに集まる女子の一人。
「それじゃあ、山田はもう行きますので」
椿はもう一度柳にペコリと頭を下げると、踵を返し走り出した。
「え・・・? ちょ・・・待っ・・・、やま・・・」
膝の上に弁当箱を置いてスマートフォンをいじっていた柳は急に立ち上がることは出来ず、そのまま椿を見送ってしまった。
(別の世界の人か・・・。それは私も柳君も一緒だ・・・)
引き留めようとする柳の言葉が聞こえた気がする。でもきっと気のせいだ。
(勘違いするな、私!)
椿は振り向かずに図書室に向かって走って行った。




