アレ【Bパート】
「残糸、断ち切る!」
猛然と突っ込んで来た真雨は、鼻毛切り鋏で地縛霊とこの世を繋いでいた未練とも言うべき残滓の糸、『残糸』を捕らえた。
残糸は地縛霊だけではなく、あらゆる霊や妖の類の弱点と言えるもので、これを切られた者は耐久力により時間差はあるが『死』が確定する。いわゆる『成仏』で、守護霊たちはこれを『消滅』と呼んでいた。
だが――
「んんっ? 切れねぇーっ!」
鼻毛切り鋏には荷が重かった。
「ざぁーん念、そんなヘッポコピーな道具で、ワシのこの世への未練が断ち切れるものかっ!」
老人の地縛霊はニタリと下卑た笑みを浮かべると、
ビシッ! ビシッ! ビシッ! ビシッ!
またも空手チョップで真雨を滅多打ちにする。
「ぐはあっ!」
ドサッ!
三度、地に伏せる真雨。
「あんた、一体この世に何の未練があるってんだ!?」
健悟が問う。
「そうか、そんなに知りたくば教えてやろう。」
老人の地縛霊は両手を腰に当て、胸を張って告げた。
実際のところ、健悟は全く以て地縛霊の事情などに興味はなかった。
問い掛けは単なる自身の延命処置である。
「あれは太平洋戦争が終わって数年後の事じゃった。」
● ● ●
「ヘイ、ジャップ!
ユーは何故アングル通りに試合をしない!?」
ハワイの格闘技ショーの大物プロモーターが生前の地縛霊に対して怒鳴りつけた。
ちなみにアングルとは前もって決められる段取りの事だ。
「ワシ、玄武憲政は八百長試合などはせん!
空手の道を汚す事は許されんからな。」
「シャラップ!
カラテのチャンプだから破格のマネーを支払ってきたが、地元のホープをノックアウトしたのは許されない。
ユーとの契約は今日までヨ。」
プロモーターはそう言うと指を鳴らした。
その音に反応して部屋に集まる男たち。
「こいつを生きてジャパンに帰すな。――やれ。」
「かぁっかっかっかっ、ワシは空手九段、柔道五段の腕前!
何人束になろうとも倒せはせん!」
と、身構える玄武であったが、
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
拳銃には勝てなかった。
「くそっ‥‥ワシは‥‥生きて日本に‥‥」
それが生前、最後の言葉となった。
● ● ●
「空手のチャンピオンだったんですか!?」
偉大なる先人に、思わず健悟の口から敬語が飛び出した。
(どうりで真雨が太刀打ち出来ないはずだ。)
「さて、昔話はここまでだ。
さあ、ワシと一つになろうではないか。」
「ま、待ってください!
そんなあなたが、何で女装をしてたんですか?」
健悟は徹底的に引き延ばす。
「そ、それはだな‥‥。」
玄武は急にもじもじし始めた。
「それは?」
問い詰める健悟。
「ワシは童貞で死んでしまったからだ!」
「‥‥はい?」
健悟は玄武のセカンド・カミングアウトに目が点になった。
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