狙われた男【Cパート】
「はい、今月分、確かに受領しました♪」
翌月十日の午前九時、鷹端瑞希神療内科の受付で、山田が無駄に明るい声を健悟と真雨に浴びせ掛けた。
「‥‥では、また来月。」
と、健悟が去ろうとした瞬間だった。
「体調がすぐれないご様子ですね、飯綱さん。」
院長の瑞希が声を掛けた。
「ああ、先生‥‥。
慣れない深夜帯の仕事で疲れ切ってしまいまして‥‥。
おまけに土日祝はナシだは、時給は安いはで‥‥。」
やつれ切った顔の健悟がかすれた声で事情を説明をする。
「睡眠は取れていますか?」
「疲れ切った身体で帰宅しても、真っ昼間に熟睡するのが難しくて‥‥。
本当なら昼間に三時間程度のバイトも入れたかったのですが‥‥。」
うつむき加減に答える健悟。
すると、それまで黙っていた真雨が、
「ったく、齢を考えろっつーの、高齢者予備軍が。」
と、毒を吐いた。
「飯綱さん、このままでは死んでしまいますよ。
ローンの額は増えますが、やはり守護霊をチェンジした方がよいのでは?」
瑞希は健悟の身を案じ、再度提案してきた。
「ええ、そうしたいのは山々なのですが‥‥現在の収入ではちょっと‥‥。」
「チェンジした守護霊の方がレベルが下だったという事例はあります。
しかし、落ちこぼれのインターンより下はありません。
つまり飯綱さんの場合、必ず現在よりもレベルが上の守護霊と巡り逢えます。
そうすれば仕事面も収入面も安定すると思うのですが?
――どうでしょう、こちらの冊子をお渡ししますのでご検討ください。」
そう言うと瑞希は『私はこうして幸運を手に入れた~守護霊チェンジの勧め~』という題の小冊子を手渡した。
(なんか宗教の勧誘みたいだな‥‥。)
と思うものの健悟は、
「ありがとうございます。家でじっくり検討してみます。」
と答え、一礼して玄関へと向かった。
● ● ●
「なあ、本気でアタシをチェンジする気なのかよ?」
アパートへの帰途、真雨が真剣な眼差しで尋ねてきた。
「まあな。
――考えてもみろ、このままじゃ俺もお前も共倒れだ。
だったら、せめて俺だけでも救われた方が、元守護霊のメンツも立つってもんだろ?」
「あに勝手な理屈こねてんだ、このヤロー!
結局、テメェが救われたいだけじゃねぇか!」
真雨がキレる。
「なんてな。キレるなキレるな、半分は冗談だ。」
「半分はマジって事じゃねぇか!?
キレる価値は充分過ぎる程あるってもんだ!」
言い争いながらアパートへの曲がり角に差し掛かった時だった。
「おや、珍しい‥‥。人間と分離した守護霊とは。」
二人の前に姿を現したのは、みすぼらしい恰好をした老女だった。
ノイズ混じりのように見える事から察して、どう鑑みても人間ではなかった。
「健悟、コイツ、地縛霊だ!」
真雨はそう言うと、唯一の武器と言える鼻毛切り鋏を出現させ身構えた。
「ジバクレイ?
――じゃあ、何で俺にもあの婆さんが見えんだよ?」
「アタシが知るかってんだ!
どうしても知りたかったら、あの女医にでも訊いてみんだな!
カネ、いくらボッタくられるか、わかりゃしねぇけど。
――とにかくだ、テメェの身体ン中に入れんじゃねぇぞ!」
「そんな事、言われたって!?」
「入れられたら、そいつが守護霊の座に居座る事になる!」
「へっ?
そいつぁ、願ったり叶ったりじゃねぇか。」
「このバホマトン!
地縛霊が守護霊の代わりなんか出来る訳ゃねぇだろがっ!
ただ悪霊に憑りつかれた人間の出来上がりだ!」
「じゃあ、どうする!? 逃げるか?」
「運動音痴の五十七歳が逃げ切れる程、甘かねぇだろうよ。
――だから、ここはアタシが捻じ伏せるっ!」
そう言うと、真雨は老女姿の地縛霊に猛然と向かって行った。
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