別離【Cパート】
「あの守護霊ハンターの一件から一年ですかぁ、早いもんですね。」
健悟は診察室で瑞希にしみじみと語った。
「そうですね。
――それはそれとして、いよいよ決心されたのですね、飯綱さん。」
「はい、お金も貯まりましたので。」
「健悟‥‥。」
健悟の隣りでは珍しく真雨がしゅんとしている。
「では早速、守護霊チェンジの準備を――」
瑞希がおもむろに席を立つ。
「いえ、真雨を元の守護霊に戻してあげてください。」
「えっ?」
驚く瑞希と真雨。
「いいのかよ、マジで? このアタシで?」
「ああ。お前だからいいんだ。
――なぁに、この先、百年も二百年も生きる訳じゃねぇんだ。
今更、守護霊をチェンジして幸福になれたって泡沫の夢みたいなもんだ。
だったら、お前と一緒に最後まで不幸を乗り越えていきたいって思ったんだ。」
五十八歳の顔に刻まれた年輪を気にせず微笑む健悟。
「健悟‥‥。
アタシだってレベルが14まで上がったんだ。
悪縁だって、ちゃんと切ってやっからよ、ドーンと任せろ!」
真雨も微笑みを返す。
「それでは、守護霊復帰の儀式を始めます。
守護霊に戻ったらもう会話は出来ないし、姿も見えなくなります。
例えこの病院であっても。」
瑞希が二人に告げる。
「健悟、またぼっち生活だな。」
「うっせ。そっちだって、ぼっちじゃねぇか。」
「アタシはいつでも健悟を見ていっから、ぼっちじゃねぇよ。」
「そうか。
――頼りにしてるぜ、守護霊様。」
「ああ。
――だけど、テメェでも頑張んだぞ?
アタシは悪縁の選択糸を切るっきゃ出来ねぇんだかんな。」
徐々に透明になっていく真雨。それに伴い声も聴き取りにくくなっていく。
「真雨の声が、聴こえなくなっていく‥‥。」
健悟の目から涙がこぼれる。
「元々、守護霊と話せてた事が異常なんだ。
普通に戻るだけだよ、これっからは。」
真雨の大きな目からも涙がこぼれる。
「真雨、また逢えるかな?」
「ああ、あと一回だけな‥‥。」
いつしか二人は抱き合い、そして健悟の中に徐々に融合していった。
● ● ●
月日は瞬く間に流れ、それから二十二年が経った。
健悟は大腸がんで八十歳で永眠した。
葬儀の喪主は妻の香代が務めた。
二人の間には子こそ出来なかったが、香代の孫たちに囲まれ、晩年は人並の生活を送れたという。
葬儀の場には、藤瓦と彼の妻となったケイの姿もあった。
人間には見えないだろうが、雀落マリアと愛狼の宗希の姿もあった。
守護霊復帰の儀式以降は見られなくなった神療内科の瑞希と山田の姿はそこになかったが、供花が鷹端瑞希神療内科の名義で届いていた。
「ああ、俺、死んだんだな‥‥。」
白い靄に包まれた空間の中に立つ健悟。
枯れ細っていた手や腕は二十歳くらいの太さに戻っている。
「お疲れ様、健悟。」
背後からの懐かしい声にサッと振り向く健悟。
「真雨!」
「よく頑張ったな、今日まで。
健悟の与えられてたスペックから考えりゃ、二百%の出来だ。」
「そうか。」
「四十九日までこの世界に残れるが、どうするよ?」
「そこまで残ったら未練が強くなって地縛霊になりそうだ。
回収業社の超巨大ルンバはゴメンだからな、とっととあの世に行くさ。」
「意外な答えだな。
恋女房とそんなあっさり離れるなんてよ。」
真雨は目を丸くして言葉を発した。
「まあ、香代の事が気にならない訳でもないが‥‥。」
そう言って一拍、両目を閉じる。
「あいつは聡明だからな。
きっと俺の死を乗り越えてくれるはずだ。」
そして笑顔に切り替え、
「だから、もう行くよ。」
「そうか。
――なら、ここでお別離だ。
そしてこれが、アタシが健悟にしてやれる最後の仕事になる。」
意を決したかのように告げる真雨。
「最後の‥‥仕事?」
「ああ、健悟とアタシの縁を断ち切るんだ。」
そう言うと真雨は高枝切り鋏を出現させた。
「今度は永遠の別離になるんだな。」
「そうだ。
アタシはまた他ン人間の守護霊をやる事になるだろうよ。
で、健悟、お前はなかなかひっでぇ人生だったからなぁ、相当な期間、天国で休めるはずだ。」
「ひどい人生の方が天国に長くいられるのか?」
「まあ、それは行ってからのお愉しみってヤツにしとけ。
――じゃあ、切るかんな。」
「ああ。
――真雨、最後に一言だけ言わせてくれ。」
「ん? 何だ?」
「最後までありがとう。」
若々しい健悟は爽やかに笑った。
「こっちこそ、ありがとうだ。」
真雨も愛くるしい笑顔で笑った。
ヂョキン!
完
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