迫りくる危機【Aパート】
この作品は『時代に取り残された』と感じている全ての方々に捧げます。
「残糸、断ち切る!」
真雨は健悟に憑りつこうとするモグラの悪霊を今日も倒した。
建設現場には元々その土地に住んでいたモグラやオケラなどが悪霊化している場合が多いが、土地を騙し取られた自殺者や太古の昔に住んでいた住人が地縛霊となっている事もあれば、かつて建っていた家屋敷自体が怨霊となる場合もある。
それだけ地鎮祭を軽んじる時代になったという事だろう。
もっとも、これらは総じてレベルが低く、真雨にとっては絶好の経験値稼ぎの狩場となっていた。
「お疲れ様さん。どうだ、レベル二桁の断ち切り道具の使い勝手は?」
「ああ、なかなか使い易いな。低俗霊の残糸なら一発だ。ちょろいちょろい。」
真雨はプラモデル作成用のニッパーをチョキチョキさせながらニカッと笑う。
「そっちこそ仕事は慣れたか?」
「半年もやってりゃあな。
‥‥まあ、最初の一ヶ月は失敗続きだったけど。」
「民家の雨どい、ぶっ壊した事もあったっけな、けけけ。」
「笑うなよ、あの頃はあれで一杯一杯だったんだからな。
――おっと、そろそろ次の現場に行かねぇと。」
健悟はそう言うと、現場の自販機で買ったホットのお茶のペットボトルをゴミ箱に捨てた。
現場の自販機は相場よりも単価が安く設定されている事が多く、コンビニよりも重宝していた。
● ● ●
「健悟、明日はあの神療内科に行く日だろ?」
まだ真新しい白い7tユニックの助手席で真雨が問い掛けてきた。
「ああ、通院日は休みにしてもらえる契約にしてくれたからな。そこだけは助かるよ、ホント。」
鉄筋ドライバーの休日は日曜日と祝日だけだ。
これは工事現場の休みに合わせた事情から来るもので、週休二日制度とは縁遠い業界と言えた。
■健悟の一日(基本的な平日)
①・午前三時起床、着替えて朝食を済ます。
②・午前四時、トラックで出勤操作を行い現場へ向かう。
③・午前七時、現場から三キロ以上の地点で路肩駐車。スマートフォンの目覚ましを掛けて仮眠。
④・配達時間四十分前に現場監督の携帯電話に確認の連絡を入れる。
⑤・配達時間ジャストから五分過ぎくらいに現場へ到着。(到着が早いと叱られる。)
⑥・荷下ろし
⑦・配達完了のサインを現場監督からもらって次の現場へ。
⑧・途中のコンビニで昼食を買い、車中で食べる。
⑨・合積み作業は③~⑦と同じ。
⑩・鉄筋工場のビーバー物流へ向かう。
※現在は月給制になったので、明細を受け取る日だけは先に会社に立ち寄る。
⑪・宵積み(鉄筋が出来上がるまで待機させられる事も。)
⑫・会社の駐車場に戻り退勤操作を行い業務終了。(十九時半~二十一時くらい。)
⑬・途中のコンビニで晩ごはんと朝食を買って帰宅。
⑭・洗濯、食事。
⑮・入浴後、睡眠。
神療内科に行く日は前日の宵積みと翌日の配達がない。
たったそれだけの違いだが、アラ還の肉体にはとてもありがたかった。
● ● ●
翌日、九時二十五分。
「九時半に予約を入れていた飯綱です。」
健悟は受付の山田に診察券を渡した。
通常の病院なら国民健康保険被保険者証も提示するところだが、この病院には無用の産物だった。
「ああ、飯綱さんと今際乃さん、お待ちしてたんですよ。」
山田の言葉にきょとんとする二人は顔を見合わせた。
「あの、お待ちしていたとは?」
「まさか、またアタシに何かやらせるって魂胆じゃねぇよなぁ?」
山田に問い掛ける二人。
「先生からは、お二人が来たらすぐに通してと伝えられているだけなので、私も事情は‥‥。
――まあ、とにかく奥の診察室へどうぞ。」
山田の言葉に再び顔を見合わせる健悟と真雨。
「よーし、行ってやろうじゃねぇか。」
指をポキポキと鳴らしながら真雨がやる気に満ちた目を輝かせた。
「――だな。行けばわかるさ。」
とにかく行ってみない事には話が見えないと思った健悟は真雨に同意した。
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