縁【Dパート】
「いやあ、歌った歌った。何年ぶりだろう、カラオケなんて。」
健悟が会計を済ませた後、香代に告げた。
「よかったらまた来てよ。」
「うん、そうだね。
――ああそうだ、これ俺の名刺。」
「ありがとう。
私はバイトだから名刺は持ってないんだけど‥‥。」
そう言うと香代はカラオケボックスの名刺の裏に自分の携帯電話番号とメールアドレスを書き込み健悟に渡した。
「時間があったら、今度お茶でもしましょう。
前のお礼もちゃんとしたいし。」
「お礼だなんて‥‥あれは俺の元守護霊の活躍だから、俺は何も‥‥。」
と、そこまで言ったところで次の客が入ってきた。
「あ、じゃあ、俺、もう行くわ。またね。」
健悟は昂る鼓動を抑えつつ、爽やかなイメージを作って店を立ち去った。
「ようよう、健悟ぉ。どうなんだよ、五十七歳の香代はぁ?
ときめいちまったかぁ? 今夜のオカズかぁ? なあなあ?」
アパートへの帰り道、下衆な勘繰りを入れてくる真雨。
「そーゆーんじゃねぇよ。」
健悟は少し頬を紅潮させながら、ぶっきらぼうに答えた。
「ま、とにかく縁は少し太くなったし、ここから先は健悟の頑張り次第さね。」
「マリア、お前、まさか彼女があの店でバイトをしてる事を知ってて‥‥?」
「そこはご想像に任せるよ。
――とにかく、いい想い出が出来た。今日ンところはそれでいいだろ?」
夕陽を逆光にして振り向くマリア。
「――だな。」
「さて、と‥‥。
健悟、真雨、ずいぶんと世話になっちまったね。」
「世話って‥‥なにを言ってるんだ、マリア?」
「私は一っ所に長居出来ないタチでね。
旅に出ようと思ってるんさね。」
「旅って‥‥姐御、急過ぎんだろ。何も今日行かなくても!」
真雨がマリアの手を掴んだ。
「なぁに、お前さんたちと縁が切れたって訳じゃあないんだ。
そのうち、またどこかで逢えるさね。」
真雨はその言葉に掴んた手を放す。
「マリア‥‥今までありがとうな。
この落ちこぼ霊をフォローしてくれて助かったよ。」
「おい健悟、その『落ちこぼ霊』っての、そろそろ止めねぇか?
アタシはもうレベル5にまで上がったんだかんな!」
「んじゃ、あばず霊でどうだ?」
「悪化してんじゃねぇか!」
「ツンデ霊?」
「いや、デレてねーしっ!」
「ふふっ。」
健悟と真雨のやり取りを見ていたマリアは思わず頬肉が持ち上がった。
「じゃあ、私は行くよ、お二人さん。」
「ああ、またな、マリア。」
「姐御ぉ‥‥。」
真雨の目から雨が零れた。
「出でよ、宗希!」
カプセルを地面に叩きつけ、使役の狼を呼び出すマリア。
「アオ――ン!」
白い煙の中から現れる宗希。
その背に颯爽と乗るマリア。
そして彼女は片腕を上げると、振り向く事なく夕陽に向かって去って行った。
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