生きていく事【Aパート】
この作品は『時代に取り残された』と感じている全ての方々に捧げます。
「じゃあ、飯綱さん、早速だけど明日の朝の四時に会社の駐車場に来て。」
誠商事の社長、仲田が面接の後に健悟にそう伝えた。
「午前四時、ですか?」
健悟は面食らった。
「鉄筋は大体都内、神奈川、千葉に運ぶんだよ。
四時くらいに出て現場から三キロくらい離れた所で待機して、彼らの仕事が始まるタイミングで搬入。
荷下ろしが終わって合積みの‥‥ああ、合積みってのは別の現場の荷物の事ね。
合積みの現場の荷下ろしが終わったら次の日の荷物を積む。これが宵積み。
宵積みが終わって駐車場に戻ったらその日の仕事は終わり。」
ざっくりとした一日の流れを聞いてもあまりピンと来ていない健悟。
「二週間、見習い期間として木藤さんについて行って勉強だね。
まあ、見習い期間中は日給で三千円だけど、一本立ちしたら稼げるようになるから。」
要は面接で合格という事なのだろう。
● ● ●
面接の帰り、地元の作業服専門店に寄り、作業服、安全靴、ヘルメット、革手袋など最低限一式の買い物をする健悟。
「はあ‥‥手痛い出費だな、おい。」
真雨がため息混じりに七千二十円の出費を嘆く。
「(仕方ねぇよ、これも食ってく為の先行投資だ。)」
「どんな生き物も生きていくってのは大変なものさね。」
一緒について来ていたマリアが悟ったような口ぶりで語る。
「姐御までついて来る事はなかったのに。」
「守護霊不在の人間の匂いに誘われて、どんな悪霊や魑魅魍魎が出て来るか興味があったもんでね。」
「そんなんが来たってアタシが何とかするって。」
「そういう台詞、レベル二桁になってから吐かないと説得力ってもんがないさね。」
「うぐ‥‥。」
マリアにやり込められる真雨。
敵対していなければ、守護霊の世界も野犬や鶏と同様、力の強さやレベル差が絶対的なものらしい。
アニメーションの世界でも原画マンは自分より上手い原画マンには絶対に逆らえないというものがあるらしい。なので、この辺りは一切衆生、不変的なものなのかもしれない。
買い物を済ませた健悟は、
「俺、ちょっと誠商事の駐車場を見てくるよ。
明日の集合時間に迷って遅刻、なんて事になったら目も当てらんねぇし。」
と、会社から少し離れた所にある駐車場を確認する事にした。
「健悟にしちゃあ殊勝な心掛けじゃねぇか。」
「毒を食らわば皿まで。私も付き合ってやるさね。」
「んじゃ、行くか。」
そう言うと健悟は自転車に跨り、真雨は後ろの荷台に腰掛けた。
マリアはというと、
「出でよ、宗希!」
使役している金色の狼の姿をした霊獣をカプセルから呼び出した。
その体躯は通常の狼よりもかなり大きく上回っている。
「よし!」
マリアはそう言うと、それに勢いよく跨った。
● ● ●
仲田にもらった地図を頼りに駐車場に辿り着く健悟。
「ここかぁ。
――って、どうした、真雨?」
「‥‥なんか、やっべぇのがいるぞ。」
真雨がその大きな釣り目を鋭くして警告する。
「あれは相当ヤバいね。
――でもま、あのトラックに乗りさえしなけりゃ問題はないだろうさね。」
マリアは一番奥に停車している赤紫色の7tユニックを指さした。
「ちなみに、どのくらいヤバいんだ?」
健悟は興味本位で二人に尋ねた。
「乗ったら、どんなベテランドライバーも事故り確定ってくれぇだ。」
「トラック自身が引退したがっているんさね。
道具は九十九年から百年経つと精霊を宿して付喪神となるものが出てくる。
寿命の短い電化製品や車などはもっと早くそれになる訳だが‥‥あれはもう自分の意思を持っているんだよ。」
「‥‥まあ、触らぬ神に祟りなしって事か。あれには触れないようにしないとな。」
健悟は二人の忠告を素直に聞き入れた。
● ● ●
その後、掛かり付けの神療内科に寄り定期検診を受け、ついでにマリアの事情を話し、毎月返済しているローンを支払って帰宅した。
● ● ●
翌朝四時十分前。
「おはようございます。
今日からお世話になる飯綱です。宜しくお願いします。」
木藤に頭を下げる健悟。
短髪にがっちりした体躯の木藤も小さく頭を下げる。
「木藤です。齢はそんなに変わらないからあまり硬くならないで。
今日から二週間は俺のトラックで一緒に行くけど、その後はあのトラックを使ってもらうから。」
そう言って木藤は赤紫色の7tユニックを指さした。
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