セカンドオピニオン【Aパート】
この作品は『時代に取り残された』と感じている全ての方々に捧げます。
「えっ、四城さんが事故ったんですか!?」
五月三日の夜、出勤した健悟がタイムカードを押した後、プロップの制作進行のデスク、猪村努から中国便担当の一人、四城が会社の車の一台を大破させた事を知らされた。
「そうなんだよ。生命には別状はなかったんだけどさぁ。」
「それは不幸中の幸いでしたね。」
健悟は妙な胸騒ぎを抑えつつ、猪村の次の言葉を待った。
「でもさぁ、外回りの車一台オシャカにした上に手足の骨も折って、本人、すごいショックを受けててね。退社するって言ってんだよ。」
「‥‥はあ。」
「そこで相談なんだけどさぁ、今夜っから中国便スタッフに代わってくれない?
せっかく慣れてきたとこで悪いんだけど、ドライバーに専用の車、回す余裕がなくなっちゃったし。」
猪村の話を聞き終わると、健悟は左隣りにいる真雨の顔をチラ見した。
「悪縁はどこまで行ったって悪縁。何をどうしようと変わりゃしねぇよ。
健悟の好きなようにすれば?」
真雨はシラけたような顔つきで答える。
それはそうだ、これは相談ではない。選択肢が提示されていないのだから。
(どの道、こっちは仕事を選べる状況じゃねぇか‥‥。)
健悟は心の中でため息を一つ。
「そういう状況でしたら了解です。お願いします。」
「うん、わからない事があったら車藤さんに訊いて。」
● ● ●
「中国便なんですけどぉ、夜の七時から朝の六時までが夜班なんですよぉ。」
車藤哲郎はにこやかな顔で説明をした。
「今までよりも三時間多く働く訳ですね。」
健悟は内心、月のバイト代が増える事を喜んだ。
「ええ、まあ、そうなんですけどぉ‥‥労基に違反するんで、タイムカードは従来通り九時と朝の五時に打って頂きたいんですよねぇ。」
車藤は後頭部を掻きながら言いにくそうに説明した。
要は労働時間は増えるが給料は微塵も増えないという事だ。
「‥‥バイト代、上がらないんですよね?」
健悟は恐る恐る訊いてみた。
「ええ、まあ‥‥。」
気まずい空気が流れた。
「でも、仕事はそんなにハードじゃないんですよね?」
「いや、結構やる事、多いんですよねぇ‥‥。
特に深夜帯は基本ワンオペなんで。」
車藤の返答に、『条件を呑む』か『会社を辞める』か以外の選択肢が出てこない自分のツキの無さを健悟は恨めしく思った。
「労基の指導が前はこんなに厳しくなかったんですけどねぇ。」
いやいやいや、そこは改善していく部分でしょ?
悪化させてどうすんの?
● ● ●
(なんだよ、その仕事の大変さは‥‥。)
ひと通り中国便の仕事を車藤に教えてもらった健悟は辟易していた。
とてもではないが、ドライバーとして引き受けていた時給単価では割に合わない。
「まあ、会社のラインがV編抱えてなければ、忙しいのは大抵、朝の三時までですから。
そこから先の時間は昼班の中国便スタッフへの連絡業務だと思ってこなしてください。」
「‥‥はい。」
「今夜は業務の実例を自分が見せるんで、よく覚えてください。」
始終にこやかさを崩さない車藤。
その白髪交じりの頭髪から察するに健悟と齢はさほど変わらないだろう。
● ● ●
朝、中村橋駅前のスーパーマーケット、SEIYOで小麦粉と卵を買う健悟。
具ナシのお好み焼きや水団で食費を切り詰める彼にとって、小麦粉はライフラインであり、幸せを呼ぶ白い粉だった。
買い物を済ませ、中村橋駅から池袋行きの西武池袋線に乗る健悟。
「間もなく練馬に到着します。
快速をご利用の方はこの駅でお乗り換えください。」
快速に乗り換えれば次は終点の池袋だ。
だが、疲労困憊していた健悟に満員電車に乗る気力はなかった。
結局そのまま乗り続け、空いた席に腰かけた。
「健悟、やっていけそうか?」
客が少なくなったのを見計らい真雨が話し掛けてきた。
「(やっていけるも何も、やっていくしかねぇだろ?
もう、就活はやりたかねぇし‥‥。)」
目を瞑ったまま健悟が小声で答える。
「だいぶお疲れのようですね。」
ぐでっている健悟に狐目の営業職風の男性が声を掛けてきた。
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




