The fateful day
その日の朝、ハイフォンに近い小さな漁村の桟橋に1隻のモーターボートが停泊していた。そして数名の屈強な男達がボートに次々と荷物を積み込んでいた。
よく見ると、男達はとても地元の漁師には見えなかった。あまりにも見事に鍛えられすぎていたし、その目つきは訓練を受けた兵士そのものであった。おまけに背中にはカラシニコフAK-47ライフルを背負っていた。
「導師。出撃の準備が整いました」
荷物の積み込みをやっていた男達の中でリーダー挌の1人が離れたところで見守っていた初老の男に報告した。
「よろしい。それでは始めるとしよう」
男達が導師と呼ばれた初老の男の周りに集まってきた。そして導師は彼らに説法を始めた。彼らの信仰する神の意志を伝え、聖戦に身を投じる者の心構えと説いた。そして自分達の計画がいかに尊い行いであるかを説き終えると、導師は最後に付け加えた。
「全ては神の御心とともに」
男達は導師にそれぞれ感謝の言葉を述べると、ボートに乗り込んでいった。
ホワールウィンドは再び臨検任務のために洋上に出ていた。担当海域は例によって海南島の東方市沖であった。
ヒューイットは昨夜以来、ホワールウィンドと一度も話をしなかったし、しようともしなかった。それは何か不適切な行為であるように感じていたからだ。
その頃、ホワールウィンドの担当海域上空には一足先にP-8哨戒機が到着していた。
「こいつはデカイな」
パイロットが双眼鏡で相手を覗いていた。その視線の先には1000t近い大型トロール漁船が航行していた。そこへ哨戒機の指揮官である戦術士官がやってきた。
「照会してみたが、やはり届け出は無かった。接近して確認してみよう」
P-8はエンジン出力を上げて機体を傾け、妖しげな漁船に急接近した。
漁船の乗組員達は急接近してくるアメリカ海軍の哨戒機を認めると一斉に慌しく動き出した。そして船足が哨戒機から逃げるかのように一気に上がった。
「こりゃビンゴだな」
戦術士官は通信機のマイクを手にした。
「グレイレディ、こちらエヴァ7。不審船舶を発見。高確率でクロだ」
ホワールウィンドに再び総員配置が命じられた。最大戦速まで加速して不審船に向かって行く。
「また悪党の船を沈められるんですか?」
銃を整備しながらハトラー上等兵は満面の笑みで尋ねた。彼はこの任務を楽しんでいるようで、派手な戦果を再び挙げられることを望んでいるようであった。ヒューイットはそんなハトラーを前にして嫌悪感を顔に出すのを必死で我慢していた。
「残念ながら、それは無理だ。相手は1000tクラスの大型船らしい。積荷もだいぶあるだろうな。今回は曳航していくことになるだろう」
オベロンが答えた。
「そりゃスゲェ」
ハトラーは大きな獲物を前に期待を膨らませていた。
艦橋では逃げる不審船の頭を押さえるべく作戦を練っていた。
「目標はUターンをして海南島に向かっています。中国領海に逃げ込むつもりのようです」
航海長が指摘した。UNPFSCSは国連安保理で“中国の領域外”という条件が課せられていたので、相手が海南島沿岸より12海里以内に逃げ込めば国連軍部隊はそれ以上の追跡は不可能になる。それを破れば相手を捕まえることはできても中国の拒否権発動によってUNFPSCSそのものが崩壊することになってしまう。
「ですが大丈夫です。今の速度を維持すれば奴の前に出られます」
「しかし、相手はこれまで以上にでかい船です。我が艇だけで対応できるでしょうか?」
航海長に続いて副長が懸念を述べた。
「その点は心配ない」
ヒナタが言った。
「キャンベラからオーストラリア海軍の哨戒ヘリが飛んでくるし、クイーン・オブ・ザ・ウエストも援護に向かってきてくれる」
だが副長はそれを朗報とは受け取らなかった。
「しかし、ヘリが来るといっても武装は機関銃だけでしょう?」
UNPFSCS任務時のミサイルの搭載、使用はオーストラリア海軍に限らず参加各国軍いずれにおいても認められていなかった。
するとレーダーを監視していた水兵が叫んだ。
「レーダーに感。目標と思われる」
副長がレーダーの前に立ち、水兵が見つけた目標を確認する。
「2字方向です」
ヒナタはその方向に双眼鏡を向けて覗いた。水平線近くに船らしきものが見えた。
「哨戒機に確認しろ。あれが目標か?」
すぐに返事が返ってきた。
「間違いありません」
「総員戦闘配備!」
戦闘態勢への突入を示すブザーが鳴り響いた。
水兵と海兵隊員たちが次々と配置についた。25ミリ機関砲に、12.7ミリ機関銃に、40ミリ擲弾に次々と水兵が取り付き、海兵隊員は自らの銃を構える。
スピーカーからは通訳がベトナム語や中国語などで停戦を命じる声が流されるが、相手の船は船足をちっとも緩めようとしない。
<グレイレディ、こちらセプター6。援護する>
やがて空にはキャンベラから飛んできたらしいシーホーク哨戒ヘリコプターの姿も現した。シーホークの機体横のドアは開け放たれ、そこには7.62ミリ機関銃MAGの銃座が設置されていた。かくして哨戒機、哨戒ヘリコプター、そしてホワールウィンドによる三重の包囲網が完成した。
「粘りますね」
艦橋から逃走する不審船を眺めてプラムニーがぼやいた。
「まったくだ」
ヒナタ艇長が同意した。このままでは埒があかない。次の段階に移ることにした。
「威嚇射撃だ。上空の哨戒機にも伝えろ」
<エヴァ7、セプター6、こちらグレイレディ。これより目標に威嚇射撃を開始する。援護されたし>
「グレイレディ、こちらセプター6。了解、援護する」
通信マイクの送信ボタンから指を外したオーストラリア海軍のヘリ操縦士のベン・オリスカニー少佐は、コパイのフランク・レスリー少尉と目を合わせた。
「これから援護の為に降下するぞ。ちびるなよ、坊や」
「これでも2年目なんですから。いつまでもヒヨッコ扱いしないでくださいよ」
オリスカニーはレスリーの抗議に笑顔で答えた。それから後ろに顔を向けた。
「タリー、準備はいいか?」
ドアに設置された銃座に座り、下に銃口を向けている機付長のボブ・タリー曹長は初弾を薬室に装填すると、オリスカニーに親指を立てて見せた。
「よし行くぞ!」
オリスカニーはシーホークを一気に降下させた。
「タリー。携行対空ミサイルは無いか?」
機長は機付長に注意を促した。アメリカのスティンガーに代表される歩兵携帯型の小型対空ミサイルは、今やテロリストの使うものの中で最も危険な武器の1つに数えられている。
「大丈夫、見当たらない」
そうこうしている内にホワールウィンドが警告射撃を開始した。ホワールウィンドは不審船と併走して前甲板の25ミリ機関砲を不審船の針路上に放つ。
ホワールウィンドは定位置である艦橋の上に座ってその様子を眺めていた。相手も同じように船橋の上に立っている。相手の船はこちらを見ると首を横に振った。
畜生、始めやがったか。アホどもめ。
ホワールウィンドが威嚇射撃を始めると同時に船内から次々と乗組員が出てくるのが上空のヘリから見えた。
「なんだ?早々と降伏か?」
レスリー少尉が状況を確認しようと目を凝らした。そして、動き回る乗組員の手にしている物を見て表情が変わった。
「大変だ」
「あぁ、見えた」
銃座のタリーがそう応じた。
「カラシニコフみたいだ。機長、ホワールウィンドに警告を…」
タリーはそこまで言って、そのまま絶句してしまった。それは小火器を持った敵が船首に備えられた“何か”の上に被せられたシートを取り去るのを見たからだ。そして、その下に隠れていた物の正体を知って言葉を失ったのだ。
「ベン!警告を!奴ら、57ミリ砲を装備してやがる!」
不審船の船首に備えられた57ミリ連装機関砲銃座が併走するホワールウィンドに向けられたのは、タリーが叫ぶとほぼ同時であった。
というわけでクライマックスの戦闘に突入です