First mission
翌日、朝早くにシンプソン少尉率いる乗り組み隊はホワールウィンドが停泊している桟橋に集合した。荷物とともにホワールウィンドに乗り込むと、式典や訓示もなく静かに出港した。
港に泊まる多くの軍艦では出航の準備をしている筈である。UNPFSCSは各国海軍軍人に社交の場を提供するためにあるのではない。無論、艦魂たちの親睦の場でもない。
小型船舶であるホワールウィンドは2、3日すれば戻る事になるであろうが、多くの軍艦はより長く洋上に留まる事であろう。であるから、次にあの溜まり場に言った時には、集まるメンバーの顔ぶれはだいぶ変わっているはずである。ホワールウィンドは特等席の艦橋の上に座って離れていくハイフォンの港を眺めていた。
その下では艇長のヒナタ大尉が指揮を執って操舵をしていた。平時に比べればだいぶ減っているとはいえ、多くの大型艦船が行き交う港の中である。小さなホワールウィンドにっとては大変な危険な場所だ。大型艦艇とぶつかればたちまち沈んでしまう。それ故に艦橋は緊張感に包まれているのだ。
やがて港から一定の距離離れた。
「艦長、安全な海域に到達しました」
航海長の中尉が報告した。
「よろしい。航海長、操艦を命じる。残りの士官と上級先任兵曹長は士官室に集合、ブリーフィングを行なう」
ヒナタが指示を出すと、艦橋の雰囲気は和らいだものとなった。とりあえず最初の難関は突破したのである。
士官室に集まったのは航海長を除くホワールウィンドの士官全員―といっても小型艦艇なので数人しかいないが―と下士官を束ねるマスターチーフことプラムニー上級先任兵曹長であった。
全員が集合したのを確認するとヒナタは机の上に海図を広げ、任務の説明を始めた。
「今回の任務も先日と変わりない。洋上臨検任務だ。我々はトンキン湾を突っ切って、海南島の東方市沖に設けられた海域で哨戒を行なう」
海南島は一応のところは中国北京政府の統治が及んでいることになっているが、対岸の中国大陸部は反乱軍によって制圧されていて、その干渉を受けて行政組織は事実上崩壊している。そのために反乱軍への禁輸品密輸や海賊の拠点となっているのだ。
東方市は海南島西部にある街で内乱以前は化学工業都市として栄えたが、今は荒廃してベトナム北部の港湾に向かう船舶を狙う海賊船の拠点になっているとされている。
計画では3時間かけて100kmを航行し、東方の沖合でフィリピンから発進したP-8哨戒機と協同で海上阻止行動を行なう。
海軍の士官たちがブリーフィングを行なっている頃、海兵隊たちは兵員室で武器の点検をしていた。それぞれの兵士が携行する武器は昨日の射撃訓練時のものと同じであるが、それに重火器としてSMAW携帯ロケットランチャーが加わった。SMAWとは肩撃ち式多目的攻撃武器の略で、最新の戦車を破壊すべく高度化する対戦車火器から分化して敵トーチカなどに対して手軽に使用できる携帯火砲として開発されたものである。
点検を進めながらオベロンが切り出した。
「臨検チームだが、俺とシンプソン少尉、トムスキー二等軍曹、メスカ上等兵、ハトラー上等兵で編成する。ラムジー二等軍曹は残りのメンバーを指揮して船から援護してくれ」
ヒューイットは臨検隊から見事に外されていた。
「ヒューイット、病み上がりをいきなり突入させるわけにいかんからな。今日はお留守番だ」
「そうですね。ご配慮感謝します」
「よろしい。それではそのように進めよう」
賢明にも下士官に進行を任せた少尉は最後だけは自分で締めくくった。
ヒューイットは手早く点検を終えると、立ち上がった。
「ちょっと外の空気を吸ってきていいですか?」
「いいぞ。ですよね?」
許可を出したのはやはりオベロンで、シンプソンは同意を求められたのに無言で頷いただけであった。
甲板に出たヒューイットは艦魂の姿を探した。そして最初に彼女を見かけた場所、すなわち小さな艦橋の上に彼女を見つけた。向こうもこちらに気づいたようであった。
ヒューイットは周りの水兵がこちらを見てないか注意をしながら―もう憐れみの視線を向けられるのは真っ平だ―ホワールウィンドについて来るようにハンドサインで伝えた。ホワールウィンドも無言で頷いた。
小さな船なので人の目を気にすることなく話をすることができる場所を見つけるのは難しいとヒューイットは思っていたが、すんなりと巧い具合に周りから死角になる場所を見つけた。ヒューイットがそこに腰を降ろすと、隣にホワールウィンドが立った。
「夢じゃなかったか…」
ヒューイットはホワールウィンドの姿を見上げて溜息をついた。
「ざまぁ見ろ」
ホワールウィンドはヒューイットを見下ろしてニヤリと笑った。
「で、なんの用だ?」
「で、結局のところ、お前らは何者なんだ?」
昨日のやり取りを繰り返すような問いにホワールウィンドは顔を顰めた。
「昨日、説明した通りさ。それ以上はあたいらも知らねぇさ。昨日は信じるって言ったじゃないか」
「そりゃ目の前に居れば信じちまうがな。寝床に入って冷静に考えると、理性が否定をしようとする」
それを聞いてホワールウィンドが首を横に振った。
「まさか毎朝、同じやり取りを繰り返すつもりじゃないだろうな?」
「かもしれんな」
「ざけんじゃねぇ。だいたい見えるのに、これまで気づかなかったって言うのかい?昨日、初めて船に乗ったわけでもあるまいし」
「今まで見たことなんてない。今回が初めてだよ」
それを聞いたホワールウィンドは目を細めて真剣な表情になった。
「それ、本当か?」
「あぁ。これまでの航海で艦魂なんて見たことないね。まったく復帰最初の任務がこんな有様か」
ホワールウィンドはヒューイットの発した一言が気になった。
「復帰?」
聞かれたヒューイットはしばらく間を置いてから、目の前に広がる海を見つめながら一度深呼吸をして語り始めた。
「2年前に日本と韓国の間で戦争があっただろう。俺はあれに参加した。アメリカ軍の第一陣としてな。海兵隊の偵察チームに所属していて、韓国軍の占領した地域に侵入して情報を収集するんだ。そしたら韓国軍に見つかって、手榴弾が飛んできた」
ヒューイットはシャツを捲り、腹に今も残る傷跡を見せた。
「全身に傷を負って、すぐに後送されて病院に入院した。治療に1年かかった」
「それが原因かもな」
ホワールウィンドが指摘した。ヒューイットはその意味が分からず怪訝な顔をした。
「あたいらが見えるようになった原因だよ。その、ショックってヤツのせいじゃないか?」
「そんなものなのか?」
ヒューイットの問いにホワールウィンドはまた首を横に振った。
「知らねぇよ。だが、原因があるとすればそれじゃねぇか?」
「かもな。それで結局、部隊に戻れるようになるまで2年かかった」
それを聞いたホワールウィンドがまた頭の上に疑問符を浮かべていた。
「分からねぇなぁ」
ホワールウィンドの想定外の言葉にヒューイットは顔を上げて彼女を見つめた。
「そんな重傷なら堂々と除隊できるだろ?なんで復帰してんだ」
「そういうことか」
言葉の意味を納得してヒューイットは視線を海に戻した。
「別にどうってことはない。ただ仲間が戦っているというのに、1人だけ抜けるってのがどうもいけない気がしてな」
ホワールウィンドはその言葉に納得しかねているようであった。
「やっぱわからねぇな。人間はみんなそう考えるのかい?」
「さぁな。少なくとも俺の嫁は違う考えだったよ」
それを聞いてホワールウィンドは顔色を変えた。興味津々といった様子でヒューイットの顔を覗き込んでいる。
「結婚してたのか?」
「あぁ、結婚したよ。子どももいる。正確には“していた”だけどな」
ヒューイットは溜息をついた。
「海兵隊に復帰すると言ったら猛反対された挙句、三行半をつきつけられたよ」
それを聞いてホワールウィンドは大声をあげて笑った。
「はっはっはっ!ざまぁみやがれ。あんたの奥さん、失礼、“元”奥さんの言うとおりだ。あんたはおかしいよ!」
ヒューイットは自分と戦友との間に築かれた友情がバカにされたような気がして腹がたった。
「そんな言い方が無いだろ?あんたに何が分かるっていうんだ」
ホワールウィンドは笑うのを止め、ヒューイットと同じように目の前に広がる海に目を向けた。
「あぁ分からねぇなぁ。鉄火場から抜け出せるチャンスがあったのに、自分でそれを棒に振るなんてな。あたいらはどんなに望んでも手に入れられない権利だ。敵前逃亡だってできやしねぇ」
それを聞いてヒューイットはハッとなった。彼女らは自分とはまるで違う境遇を生きているのだ。
「どうして好き好んで、自分の命を危険に晒すんだい。あたしに言わせりゃあね、自分で鉄火場に突っ込んでいくなんて、キチガイ沙汰だよ」
ヒューイットには返す言葉が無かった。沈黙が続き、2人の間には良からぬ空気が流れる。それを断ち切ったのはスピーカーから流れるヒナタ艇長の声だった。
<総員戦闘配備!配置につけ!>